第80話 勇者の勘
四人の影が焚き火の光で長く伸びる。
エールを出たアイネ、イル、バアルはアーシラトの誘いで「暗き血の迷宮」を訪れていた。
アーシラトの言葉では大陸の南の「封印の島」に赤龍王と戦う為に必要な物があるという。
島の地上はジャングルで木々に囲まれた、自然豊かな美しい場所だが、地下に強大な力を持つ者が封印されている為に近づく者は少ない。
特に地下に入るのは命知らずと言われるだろう。
封印された者の力が影響して、強力なモンスターやトラップが存在する危険な場所だ。
パチパチ、はじける火を見ていた四人だったが、そのうちにアイネとイルは眠ったようだった。
ほおづえをついて、火を眺めているアーシラト。
パチパチ、暗い迷宮を歩いて疲れ切った四人は、キャンプし休息する異にした。
眠った二人の寝息を聞きながら、ぼんやりとたき火の炎を見ているアーシラト。
その首筋に、冷やりとした感触があたった。
「お前の企みは……何だ?」
いつの間にか後ろに回り込んだバアルが、風を宿したレイピアをアーシラトの首筋に向けていた。
「昔から惚れっぽいのと、とことん、つくすのがあんたの癖だ。赤龍王に惚れたんだろう?」
フッ、口元を緩めながらアーシラトは笑っただけで、答えようとはしない。
バアルはアーシラトの答えを待たずに、自分の考えを口にした。
「狙いは神人の遺産だろう? アガレスが言っていた。それが、あんたになんの関係ある?」
バアルは剣を握っていない左手で、眠っている二人を指さす。
「アイネやイルが何故必要なんだ?……この二人に近づいた理由は!?」
「これ、邪魔ね」
ゆっくりと首に突きつけられた剣を、素手で握りしめるアーシラト。
「目的を理由を知ってどうするの? エール王は二人を私に与えてくれた」
アーシラトの真意を見つめるバアル。
「王は……とっくにお前の考えなどわかっているさ。俺には真意は計り知れないが……」
「フフ、アハハ……バカは転生しても変わらないね」
アーシラトが笑った。
「何を! 俺は勇者だ。この世界を守る義務がある!」
「ならばエール王に直接聞けばいいじゃない!?」
思わず握った剣に力を入れるバアル。
「貴様!」
バアルの剣を自分の首に強く押し当てたアーシラト。
「静かにしなさい。見て二人ともよく寝ている……見て、眠っている人間の子供って可愛いいものね」
視線の先には寝ているアイネと、それに寄り添って眠るイルの姿。
バアルの手を暖かい流れが濡らす。
アーシラトの首筋から流れた出た血が、剣を伝わりバアルの手に落ちる。
「何のつもりだ? 剣を首に押し当て傷つけるなど……まあ俺の姉なら、らしい行動だ」
「アハッ、まともじゃない? いつだってそう転生した今はね。だって私は人間じゃないから……この血も赤く無いかもよ?」
バアルの剣に着いた血の色は焚き火の炎で分からない。
大妖怪として巨大な力を持つ、ゴースの魔女と呼ばれる魔法使い。
ハイファンタジーの世界なので妖怪は存在しない、魔女と名乗った方がこの世界の人間にはわかりやすい、そこで本人は魔法使いを名乗っているようだ。
この異世界で魔女アーシラトは、力だけじゃなくその智謀と策略が有名で……姉は現代でも同じだった、才能はいつも暗い事に使われた。
「私はただの人さ。多少の力を有していても眠りもするし食事もする。隙はいくらでもある。おまえの翠の竜の力ならいつでも殺せるから、余計な心配はしないことね。そうね………こんなふうに少し力込めればいい」
バアルの風のフルーレをさらに強く首にあてたアーシラト。
剣を幾筋もの血が滴り落ちる。
バアルは剣を引いた。
「姉さん、いやアーシラト。俺たちは兄弟仲もあんまり良くなかった。あんたの考えはいつも分からなかった。これが企みと分かっていても、俺には他に行く道がない。結局は母の大魔王とあんたの手の上であがくしかできない……今はな」
アーシラトは首筋を指で触り、流れるた血に触れた。
「アハハ、そのとおりね。信じて無くても確信が持てなくても、今は進むだけしかできない。ただ……」
血のついた指で唇を撫でるアーシラト。
「今ここで私を殺さなかった事……先で後悔しなければいいけど? フフ、アハハ」
アーシラトには応えず、自分が座る場所へ戻ったバアル。
静かに座わり目をつぶる。
「あら、のってこないの? つまんないわねぇ~~もう少し話そうよバアル」
目を閉じたままでバアルが口を開く。
「俺がが赤龍王と戦った時に”逃げろ”と頭の中で言ったのはおまえかアーシラト?」
バアルの問いに、笑みを浮かべたアーシラト。
「さて、どうなんだろうねぇ? それにどうして私だと思うわけ?」
「勇者の勘だ」バアルの言葉でパチン、焚きの炎がはじけた。
「あんた達の手の上で踊るのは、今だけだ。俺はもっと強くなる」
バアルの決意の言葉の後は、沈黙と揺らめき炎が四人の影を照らし出していた。
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