第79話 力への意思

(ねぇ、赤龍王ってモートなの? あの英雄の?)

 うるさいと先ほどから怒られているイルは、出来るだけ静かにアイネに聞いた。

「うーーん、私が知っているわけないですね。三十年前のお話ですよ」

 アイネの答えにガッカリしたイルは、モートについての話をした。


「赤龍王の名前はモートなら、かつでマスティマ女王騎士で、この世界を統一した英雄の一人」

 イルの呟きに、へぇーと答えるアイネ。

「ええ? そうなの? バアル知ってた?」

 まったく、自国の事なのに……バアルがジト目でアイネを見た。


 既にコソコソ話ではなくなり、通常会話レベルの音声にアーシラトの瞳がキラリ。

 ビク、以前アーシラトと戦い、キノコにされたイルが押し黙った。


「あれ? どうしたのイル急に黙り込んで」

 脳天気なアイネにイルが苛立つ。

「な、なんでもないわ。ただの条件反射!」


(そこうるさい)

 エール王の瞳が注意を促すと口を紡ぐ三人。


「コホン、よろしい……それで赤龍王を倒す意味と方法を教えてくれないか」

 エール王の言葉にアーシラトは答えた。

「太古の昔に世界は破滅しました、神人と六頭龍の戦いによって。今は正しい歴史は封印されていますが……二度と世界が消えるような大戦はあってはならないのです」


 エール王を見上げたアーシラトが続ける。

「私に、力への意思をお貸し下さい。モートを止めたいのです」

「ふーむ。力への意思とは成長する若い者を指しているのじゃな」

 しばし考えてからエール王が答える。


「分かった。そこにいる、アイネとイルを連れていくがいい」

 アーシラトは深く頭を下げた。

「願いお聞き入れ、ありがとうございます」


「えぇ!」王の言葉で慌てたアイネ。

「ちょっと、ちょっと。王さま本気ですか? 私はめんどくさいのは嫌……」


 ガス、クラ、クラ、衝撃を受けてふらつくアイネ。

 面倒だから行きたくないと、言いかけたその頭をグーでイルが殴った。


 イルは気絶しているアイネの髪を掴み、皆の視線から外れる建物の影まで移動する。

「あのね! 私はここの生活に飽き飽きしているの! すごいチャンスなのよ! 外の世界へ行けるのよ……国公認で費用も持ってもらえる! わかる? 今度余計な事を言って私の楽しみ邪魔したら……殺す」


 ズルズル、建物の影からアイネを引きずりながら、現れたイルは神妙な声で話し始めた。

「王様……世界は危機に瀕しております"私達"も力になりたいと思います」


「そうか……アイネも同じ考えか?」

 エール王がアイネに訊ねた。

「世界の事なんてまったく興味無いで……」

 ゴン、頭部の衝撃にアイネの言葉が止まった。

 再びグーでアイネに一発入れたイルが代わりに答えた。


「微力ながら"私達二人"協力させて頂きます」

 イルはアイネの髪を掴んで無理矢理一緒にお辞儀する。


「ふぅ」感歎ともため息とも取れる声を出したバアル。

 エール王に向い頭を下げた。


「エール王……お願いがあります」

「どうしたのじゃバアル?」

 エール王もバアルに向い訊ねる。

「俺も……二人と一緒に行きたいと思います」


「ふむ」王が少し考えてから答えた。

「そなたは儂の臣下ではないから止める理由は無いが……」

「はい、俺の目的はもっと強くなる事です、いい機会だと思いますので。再び戦い……」

「赤龍王を倒す……か。アーシラトこの者が一緒でもかまわぬか?」


 アーシラトはチラリ、現世では実の弟だったバアルを見た。


「はい、エール王。転生勇者なら問題はありません」

 バアルがわざとらしく丁寧な礼を述べた。

「エール王に感謝します。そしてアーシラト殿よろしく」

「わかりました……せいぜい足を引っ張らないようにね勇者バアル」


 エール王が全員を見渡して言った。

「出発の準備をするがよい。アーシラトには宿を準備させよう。今日はここに留まり、明日の朝に出発するがいい」

「はい。お気づかい有難うございます」

 アーシラトが頭を下げてからスックっと立ちあがった。


 そのきゃしゃな風貌からは、ゴースの魔女と呼ばれる迫力は感じられない。

 だが歩く度にサラサラと砂のように輝き飛ぶエナジィ。

 普段も防御魔方陣を組んでいて、呼吸をするように行なっていた。

 あふれる巨大な魔力。


「忙しくなってきたわ。世界を救わなくっちゃね!」

 一人だけ軽い足どりで神殿の奥に消えていくイル。

 それを見ながら、アイネは考えていた。


「なんか頭がズキズキする……記憶が無いの。なんか大事な事を決められちゃった気がする……なんで?」

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