第47話 天空のレンズ

……深夜に再び目を覚ました……


 身体を洗っていないあたしは、あまりの気持ち悪さで起きてしまった。

 ダゴンは毛布にくるまって眠っている。

 ダゴンが眠っているということは、さしあたって危険は無さそうだ。


 静かに身体を起し立ち上がる。

 たき火が照らす森は静かで動くものはいない。

 さっきのダゴンが言った「コボルトよりは臭わない」を思い出し自分の匂いを嗅いでみる。


「うぅぅ、発酵食品のような臭いがする……身体中がベタベタして気持ち悪い」

 汗だらけで青あざだらけで泥だらけ「こんな中学女子は他にいるのか?」疑問が湧いてきた。


「身体洗いたい……あれ? この音」


 さらさらと遠くの方から、微かな音が聞こえて来る。

 耳を澄まし、微かな音に向かってあたしは歩き始めた。


 深夜の森は、ジーンと耳鳴りがする程の静けさ。

 サクサク、長く延びた草を踏んで進んでいくと、微かな音はだんだん大きくなる。


 微かだった音は、大きな流れとなってあたしの目の前に現れた。

 目の前には、透明な水をたたえた泉があった。


 水しぶきを上げて落差をつけて流れ込む滝の音が、あたしに聞こえた微かな音の正体だった。


「やった! ここで身体を洗おう」


 喜んだあたしは紅い鎧を脱ぎはじめた。

 紅い皮と布で出来た鎧は、不思議な事に汚れたり傷がついたり臭いがついたりしなかった。

 なので汚れているのはあたしの身体だけだったりする……。


 着ていた物を全て脱ぎ終わったあたしは、つま先を泉へと静かに入れてみる。

 水の温度は少し冷たかったけど、少しずつ足から泉へと入っていく、


 泉のあるこの場所は、いつも上にあった深い木々は無い。

 あたしが見上げると、そこに空が見えた。


「あれ?あれは地面なの?」


 空の先には、逆転したようにもう一つ地面がありそこに開いた大きな穴が開いている。

 穴には大きなレンズがはめ込まれ、そこから光が漏れている。

「なんて不思議な光景なの……この上には別の地上があるのかな」


 太陽の光だと今まで思っていたが、天空のレンズが射す光だったとは。

 レンズから放たれる虹色の微かな光が、泉の滝に反射してキラキラと輝いている。


「何か光っている……近くまで行ってみよう」

 バチャバチャ、あたしは滝まで泳ぎ出す。


 滝つぼに近づくと、落下する水の粒が、虹になってあたしに降り注ぐ。

 何色もの水の粒を浴びながら、あたしは身体を洗い髪の毛を濯いだ。


「ひんやりして気持ちいい。あたし自然の泉で水浴びなんて初めて」


 身体を洗い終わったあたしは、滝つぼから泉の中央へ向かう。

 力を抜いて仰向けになり、身体を水に浮かせて漂う。


 あたしは右手を天空のレンズに向けて上げてみた。


 あたしの右手につけた、虹色の指輪がレンズからの光で輝き始める。

 左手も空へとかざす、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……輝く指輪。


「奇麗……」

 空の大きなレンズが照らす水面、レンズからの光で輝く指輪の七色の光。

 不思議で美しい光景に、あたしは飽きもせずに空を見上げ続けた。


 チャポン、チャポン、空に向かって差し伸べた手からしたたる水。

 それが泉に落ちて、波紋と小さな音を立てる。


 目を閉じ、フワフワと漂うあたしは現代の事を思い出した。

 何故か楽しかった事より、泣いたり怒った事が思い浮かぶ。

 お母さん、友達、怒った顔が懐かしい。


「なんでこんな時に、楽しい事は思い出さないのかなあ……変なあたし」

 自分の世界の事を思いだしたら自然に涙が流れた。


「へんなの悲しくなんてないのに、涙がとまらない」


 レンズから漏れる微かな光の中、あたしは歌を口ずさむ。

 それは先週見たアニメの主題歌のエンディングだった。

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