第39話 赤髪のナイト
あまりの空腹(一日食べないだけだが)あまりの疲労(一日歩いていただけだが)により気絶状態のあたし、見慣れない景色に戸惑っていた。そしてやっと意識を回復して瞳を開けると、見知らない大柄な男があたしを見ていた。
「ここはどこ……あたしはだれ?」
「お……お、気がついたか?」
男の年齢は二十代後半くらい? 二メートルはありそな大きな体。エッジが効いた短めの燃えるような赤い髪と、あたしを見つめるルビーのような瞳。服装は金色の鎧に身を包み、大きな盾を背負っている。鎧にはアニメで見た、魔法文字によく似た模様が描かれている。男の顔にはいくつかの傷があり、その風貌は歴戦の強者のように感じられた。
「その鎧の模様はアニメで見た対魔法用の術式かな……ジョブはナイトだよね。やっぱりここは異世界!? やっぱり……」
あたしの独り言に赤髪の大男が聞き直す。
「うん? やっぱりどうしたんだ?」
赤髪の男の問いにあたしは首を振った。
「なんでもないよ。ただ、やっぱりあたしは……異世界に来たんだ」
身体を起すとあたしの寝ていた場所には毛布が敷かれていた。
「来た? おかしな言い方だな。まるで他人の意識で飛ばされたみたいだ」
男の言葉はほぼ真実を示しているが、今は説明するのがめんどう。それだけ疲れていた。そんなあたしをくるむのは、いつも使っている毛布より、薄く匂いも良くは無かったけど、眠る場所をくれるものだった。
そして目の前のたき火が暖かさと明るさをくれている。
まわりをたき火の周辺から、数メートル先は何も見えない。
日が差し込まないこの森だが、この暗さはどうやら夜が訪れたようだった。
パチパチ、パチン、たき火がハジけた。
「たき火がこんなに暖かいなんて知らなかった……」
寝ぼけながら起き上がった、あたしはふらついた。
「重い……」
あたしの身体は、背中に抱えた巨剣の重さでバランスを崩す。
「おっと、きをつけろよ」
倒れそうなあたしを赤髪の男が支えてくれ、毛布に座らせて男は状況を話してくれた。
「道ばたでおまえが倒れていた。意識が無かったのでキャンプを張ったところだ」
なんて親切な。現代の都会では行き倒れ決定なのに。異世界は親切ではないか。
「わざわざ火まで起こしてくれて、あたしの為にキャンプまで張ってくれたの?」
「そうだ」頷く男にあたしは心から礼を言う。
「ありがとうね、助かりました」
赤い髪の男は照れながら頭を掻いた。
「そんなに感謝されると事実が言いづらいな……じつは……食べちゃおうかと思った」
男の言葉が分からずにキョトンとして、意図を問いてみた。
「……食べるって何を?」
嬉しそうに答える赤髪の大男。
「若い娘のお肉は柔らかくてジューシーで、特別に美味しいんだな」
ニヤリと笑いながら、男はたき火に枝をたくさんくべて火力をアップする。
「おまえはなかなか美味そうだ。強火で表面はカラッと、中はじっくり弱火で蒸し焼き~♪」
たき火に照らされた嬉しそうな男の顔。それを見たあたしは眠気もすっ飛んだ。
(マズイ……このままでは食われてしまう! それなら……食われ前に食うのだ詩織!)
あたしの秘めたる覚悟を知らずに、目の前の男は話題を変えた。
「ところでおまえ、なんで一人でこんな所に……」
男の質問が終わる前に、あたしは必死の形相で男に飛びかかった。
「食われる前に、食ってやる!」
ガルル、あたしは唸り声をあげバッと男の懐に飛び込み、その首を両手でグイグイと絞める。
空腹と食べられちゃいそうな危機を感じて、あたしの凶暴性はレベルマックス。
「うぁああ~~。待て待て! 冗談だ冗談!」
男の言葉など無視し、口を大きく開いたあたしは、ガブリと男の首に噛みつく。
「イテテ、やめてくれ~~。食わないでくれ。だから冗談だったんだ。人間を食べたりしないよ。お詫びに何かご馳走するから許してくれ」
しかしあたしの怒りと空腹はそう簡単には収まらない。
「騙されないわ! 絶対食ってやる!」
赤髪の男はたき火の方を指した。
「ほら、あそこにある肉を好きなだけ食べていいから」
串に刺された大きな肉の塊が、ジュウジュウと音を立てて焼けていた。
「肉……肉!」
食欲の権化となったあたしに、押し倒された男は必死に指をさす。
「そ、そうだ。昨日倒したサラマンダーの貴重な肉だ。ちょっと脂身が多いが、たき火で時間をかけて焼くと余分な油が落ちて美味しいんだ」
「肉……美味しい肉……腹減った……食う!」
美味しく焼けているお肉を見て、益々凶暴になったあたしが男へ要求を伝えた。
「食べさせろ!…お願いします!」
あたしは男の首から手を放して、土下座ポーズでお願いした。
お願いされた赤髪の男は、呆気にとられてお手上げポーズで「分った」と頷いた。
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