階段から響く足音 遠くからの君の声

咲春藤華

彼女に恋した理由


 これは僕達が付き合って別れて、別れた後の話。

 

 最初に僕の純粋だった初恋の話をしよう。










 中学三年生の夏の頃、歩道橋の上

 初恋の人との別れ際。


「好きです! 付き合ってください!」


 なにも捻りがない告白だ。

 告白したのは、僕の方からだった。

 前日にいろいろ告白を考えてきたけど、結局一切捻りがないのは、人生初の告白で、相手が初恋の人で、緊張で頭が真っ白のなっていたからだろう。


 僕が告白した相手は、当時同じ部活に所属していた同級生の星宮 凛(ほしみや りん)だった。

 

 彼女と初めて会ったのは小学五年生の頃で、友達が入っていた陸上クラブに入った時に出会った。

 

 一目惚れと言えるだろう。

 彼女が可愛いか可愛くないか、と聞かれたら、十人中八人は可愛いと答えるだろう容姿だった。

 そのせいか、友達に彼女のことを聞いたら、既に何人もの人に告白されているらしかった。

 

 当時、彼女と僕の身長は変わらず、同い年だと聞いた時は驚いた。僕の小学校では、そんなに背の高い子は少なかったから。

 随分と後の話になるのだが、彼女はその頃160センチはあったらしい。


 

 話を戻すが、僕が陸上クラブに入った理由は親から無理矢理連れてこられたから、と答えよう。

 正直、運動したくなかった。

 それでも、百人近い男子の中で持久走ではいつも5番内だった事が自慢ではあった。

 友達はずっと1番だったが。

  

 僕は自惚れていた。


 陸上クラブの人達はみんなと言っていいほど、僕より速かった。勿論彼女も。


 最初のうちは練習に付いていくのもきつかった。ランニングのペースが全然違う。僕は悔しくて必死になって走っていた。

 友達は軽く息を切らす程度だった。

 いつも前に先輩と友達、彼女がいた。

 

 そして、この頃にはもう諦めていた相手がいた。

 

 その相手は、先輩や友達や彼女ではなく。

 三つ下の実の弟だった。


 弟に初めて負けたのは、僕が小学2年、弟が5歳の時だった。持久走の練習をさせられていると横を弟が付いてきた。三つ下の弟が。

 自信があったのだが、ずっと付いてこられて、自信を失った。悔しいとも思わなかった。


 僕が陸上クラブに入るのなら、僕よりも速い弟も入るのは当たり前だった。

 そして、僕よりハードな練習をしている弟との差は一向に広がっていくばかりだった。


 でも、僕と似たような問題を抱えている人がいた。


 彼女だった。


 彼女には、二つ下の妹がいた。

 妹さんは彼女よりも速かったのだ。


 その事を先に知ったのは僕であるが、コミュ障である僕から女の子に声掛けることが出来る訳も無く。

 

「弟くん、速いね」


 先に話しかけてくれたのは彼女からだった。


 彼女が褒めているのは弟の事だったが嬉しかった。たが、その心の奥では彼女に褒められてずるい、という醜い嫉妬があった。


「そうだね。ちょっと羨ましいかな。でも、君の妹さんも速いね」


 そう返すと彼女は、ボブの髪を右耳に掛けながら、苦笑した。


「私も、羨ましいな」


 と言いながら。


 その姿にドキッとした。


 クラブに入って気づいた事だが、彼女はいつも笑っていた。

 練習を頑張る妹さんを見る彼女の眼は、僕のような醜い嫉妬ではなく、慈愛に満ちていた。


 この時僕は思った。

 彼女は自分より優れている兄弟がいても、嫉妬をせず心から応援出来る人なんだなと。


 


 この時僕は一目惚れだけではなく、心の底から彼女を尊敬し、恋をした。


 それが彼女に恋した理由だった。


 


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る