第3話  小春日和だから

入院には、子供達が全員揃って付き添ってくれた。

小春日和の暖かな日。


冗談を言い合いながら、家族が仲良く散歩しているようにしか見えないだろうなー

この先にある精神病院に入院するための大荷物を、手分けして持っているとは考えられないくらい、穏やかな昼下がり。



病院では、精神科の医師が待っていてくださった。

診察室に全員で入る。


今までの症状を子供達の前で語るのは、とても恥ずかしいものであって。

それ以上に、子供だと思っていた我が子達が頼もしく感じる。ありがたい。



症状として


自覚が無いうちに、時間が過ぎている。職場での打ち合わせに出た記憶が一切なかったが、その間、別人のような私が職場に居るとの同僚の証言。


まったく記憶のないメールのやりとり。

思わず、相手に、このメールのやり取りは、私ではありません。と送って困惑させてしまった。


一番仕事に支障をきたすのが、仕事の段取りを全て覚えていないこと。

後にも先にも、記憶はすっぽりと抜け落ち、思い出すことはない。

それは、1秒前のことでさえ。

作業の途中で、立ちつくしてしまい迷惑至極。


また、数に対する認識が出来なくなる。10が数えられない。等々…

職場の人たちを呆れさせ、困惑させていた。


そして、日常生活でも、信号機が赤になってから渡ると誤認する脳みそ、轢かれそうになる。


時には、風邪薬を飲もうとして小瓶の錠剤と水をテーブルまで運ぶ。

次の瞬間、時がワープしていた。明らかに、薬を飲んだ後のようだが、どんなに記憶をさかのぼっても、すっぽりと抜け落ちたモノは、無である。仕方なく、再度薬を飲むべきかどうか困り果てる事、しばしば。


まだ、頭の中で、どぶねずみどもは、走り回っている。あぶら汗をかきながら、自立歩行がやっとの現実。


医師と私の会話は重ねられていく。





それでも、子供達の目には、普段となんら変わらない母親である私しか、いない。

別に鬱状態でもなく、命の危機も無く、支離滅裂な言動をするわけでもない。



長男が口を開く。

「こんな正常な会話が出来る精神病の人がいるのでしょうか?」

医師からは、

「居ます。」との返答。


改めて長男を始め、下の子供達が自分たちで面倒を見るので、入院はしません。との結論を出した。


今回の入院は、強制的なものではなく、親族からの同意が必要なものである為に入院はしなくても良いことになる。

ただし、私に異常が見られたならば、警察を呼ぶようにと。


おぃおぃ、私ってヤバイ奴なのかなぁ?



とりあえず、背負って来た荷物を持ち、来た道をまたみんなで帰る事ができることに、内心安堵した。


小春日和に、幸せを感じながら。


しばらくは、学生の娘のアパートに居候の日々が始まる。

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