◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆

ナユタ

◆始まり◆

*0* 転生片道切符。


 病室で息を引き取ったとき、お父さんとお母さんは私に抱きついて『酒屋の娘が飲酒できる歳になる前に死ぬなんて!』と泣き叫び、妹は『将来一緒にお店の一角で角打ちしようって言ったのに!!』と泣き叫んだ。


 角打ちというのは酒屋さんの一角に短いカウンター席を設けて、そこでちょっとだけお酒とオツマミを出してお客さんに飲んでもらう場所で……妹はいつも将来そこで出すオツマミや、お酒の話を私としていた。


 十四歳で病気を発症してから四年で駄目になるなんて、若さが仇になっちゃったな。誰も私を親不孝とも、嘘吐きとも詰らないから。私にはそのことがずっとずっと辛くて申し訳なかった。


 もう身体と切り離されてしまったのだから涙なんて零れないのに、唇を噛みしめて一人で皆が帰った病室でうずくまって泣いていると、どこからか「これ、これ、泣くでないよ」と優しい老人の声がする。


 五年前に亡くなった祖父が迎えに来てくれたのかと思って顔を上げた瞬間、私はそれまでの病室の景色から一転、目の前に夕焼けが見える開けた場所に立っていた。その景色は私も良く知っている、だけどもう何年も行けていなかったうちの近所の神社だった。


 思わず階段に立ちすくんで夕日を見ていたら、背後からポンポンと肩を叩かれて振り返る。するとそこには初めて見たはずなのに、どこか懐かしい気配をまとったお爺さんが立っていて、私に向かって「お前さんの家族に頼まれとったのに、力及ばずすまんのぅ」と哀しげに口にした。


 その瞬間このお爺さんの正体が分かった気がして、なおかつ自分が今立っているのが鳥居のど真ん中だということに気付き、慌てて端に寄ろうとしたところで「死ねばみな仏というじゃろう」と笑われてしまう。 


「いいえお爺ちゃ……じゃなくて神様。この歳まで家族と一緒にいられたのは、神様が頑張ってくれたおかげです。今までありがとうございました。私の家族もきっとそう思ってます」


「そこまで言うてしもうたなら、お爺ちゃんで構わんよ。それよりも聞き分けが良すぎて爺ちゃん困っちゃうのぅ。せめて今世に引き留めることができんかった代わりに、上の神様に泣きついてあんたの“転生特典”もらってきたんじゃよ」


 現実味があまりにないせいか、口をついて出たのは「転生特典……って、福引き引換券みたいなものですか?」という、何だか間抜けな質問だったけれど……。


「そんなもんじゃのぅ。どこまで反映されるか分からんが、あんたの家は長年儂にお神酒を持ってきてくれとったからな。一応ものは試しじゃて。急に言われても困るじゃろうが、これにある項目に書き込んでみてくれるかのぅ。時間があまりないから、できるだけ吟味して、でも急いで記入せい」


 そう言った神様から回覧板のようなボードを差し出されて、書き込むように促される。未だに半分ほど状況が飲み込めていないものの、書かれた内容を確認してみると、職業欄や性別、年齢など、意外と普通な項目だ。


 もっと奇抜なものかと思っていたので、ちょっと安心しながら埋めていったのだけど……最後の項目に生まれ変わるなら【異世界】or【現世】という謎の二択があって、初めて鉛筆を止めてしまう。一瞬【現世】と書こうとしたものの、今すぐ書き込むにはさっきの息を引き取った瞬間が生々しすぎて。


 それにもしも運良くすぐに【現世】に転生できても、妹がよく病室に持ってきてくれた漫画や小説のように、前世の記憶が戻ったりしたら、新しい家族と自分の家族を比べてしまいそうで怖い。


 そこで妹がよく病室のベッドの隣に座って、携帯ゲーム機の画面が見えるようにして遊んでくれたゲームの影響で、何となく【異世界】と記入してみた。そこでふと、そういうお話によくあることに思い至って口を開く。


「すみませんお爺ちゃん。見た目はこのままで、多少異世界でも浮かないように海外版っぽくってできますか?」


「遠慮せんでも、まったく別人のようにもできるぞい。美人にも可愛らしくも体つきも性別も、今なら自由自在じゃ」


「いえ、両親や妹の顔立ちを憶えておきたいので。それから生まれ変わるんじゃなくてこう――……私をここからその世界へスライドさせるみたいなことってできますか? 記憶も持って行きたいんです。今の家族以外、嫌、なんです……新しい親姉妹なんていりません」


「ほう……なるほどのぅ。お主のところは仲が良かったものなぁ。相分かった、その願い叶えてしんぜよう」


 一番の心配事が減ってホッとしていると、そこから下の項目が文字化けのように変化して、また読めるようになったと思ったら、さっきまでとは微妙に内容が異なっているようだ。世界観の仕様が変わると項目も書き換えられるものらしい。


 どんな職業に就きたいかという項目には、闘病途中の食事制限が辛かったので食関連と記入した。すると選べる項目に【魔法】が追加されたものの、そこには何故か調味料関連のものしかなくて首をひねってしまう。


 お爺ちゃんに訊ねると「まんまじゃろうなぁ。砂糖醤油味噌のようなもんじゃ。世界が違うと味覚も食文化も違うしのぅ」と教えてくれたので、なるほどと納得する。取り敢えず最初に選べる調味料の数は三つまでらしい。


 それ以降の取得には“熟練度”がいると書かれてあるけど……調味料の熟練度って何なんだろう? お爺ちゃん神様の言葉が本当なら、どこの世界観に飛ばされたとしても平気なように、調味料はしっかり吟味しないといけなさそうだ。


 そこで妹が持ってきてくれた料理雑誌の知識で、海外では岩塩を使う地域も多いとあったことを思い出す。岩塩って結晶は綺麗なんだけど、旨味よりも塩辛さが強いとあったっけ。なので、一つ目は塩と記入。


 次に学校の歴史の授業で、砂糖が高級品だった時代に生まれなくて良かったと心底思った記憶を頼りに、二つ目は砂糖と記入。


 最後はこれも大航海時代の聞きかじり知識でしかないけれど、金と同格の価値があったとかいうあれ。ということで、三つ目は換金も視野に入れて胡椒と記入。


 全ての項目を埋め終えて最終チェックのためにお爺ちゃんに手渡すと、お爺ちゃんはその下にさらに【言語習得】と【採取補助、鉄の胃袋】と書き込んでくれた。前者は非常に助かるけれど、後者はまだ何だか分からない。


 でもお爺ちゃんに似たこの神様なら、きっと心配しないで良いだろう。


「さて、見た目を弄る必要と新しい家族の選択がなかったからの、余った加護得点でちょっと特典をつけておいたぞぃ。それでは、現世では力及ばずすまんかったが来世では……いやさ、来世でも、幸多き人生をな」


 そう言って目尻に笑い皺を刻んだお爺ちゃんが、だんだんと遠退き始めた。慌てて手を伸ばしたところで私の指先がお爺ちゃんの着物に届くことはなくて。だからせめて「お爺ちゃん、お願いです! 家族を、皆を守って!」と叫んだ。


 吸い込まれるように穴に落ちていくような感覚の中で、私は遠く「相分かった」と。優しい祖父の声を聞いた気がした。

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