迷路の面接

晴れ時々雨

第1話

それでは少々お待ちください。そう言って面接官は出ていこうとした。面接官と言っても彼は弁当屋の店主で、ここは弁当屋のバックヤードである。日中に持て余した時間でパートをしようと求人をみて、咲子はこの店にやってきた。

「お待ちになる間、彼らとセックスしていただいていても構いませんむしろ、」

一旦言葉を切り、中途半端に開いたドアの向こうへ手招きすると、二人の、それぞれ赤と青の仮面をつけた男が入ってきた。二人はレスラーのコスチュームのような派手な柄の小さいパンツを身につけただけの姿で、咲子は視覚に衝撃を受け耳をも疑った。随分間の抜けた顔をしていただろう。

セックス?この場所で聞くはずもない言葉は耳の中の異物のように内耳を転がる。

疑問点を残しておきたくない質の彼女は、異様な質問を口にした。

「セックスですか?」

それは紛失していた靴下の片方が、なぜか車の座席の下からひょっこり出てきたときのように、納まるべきところを探して空中をさまよった。

「そうですセックス」

店主は室内に入った男たちに目で何がしかを促しながら忙しなく背中で喋る。

「まだ人手が足りなくて、私が表に行かねばならんので頼んだよ」

言うが早いかドアが閉まってしまった。

採用面接の最中にこんな所へ人を置いていくくらいには人手は足りているのではと訝しんだが、雇われる身としては口を挟める訳もなく、咲子は身動ぎをしつつ押し黙った。

しんと静まり返る室内に店先の喧騒が聞こえ、この店の繁盛具合いが伺える。

二人の男は何も言い出さず、手を胸の前に組んで立ち尽くしていたが、徐ろに右の赤い仮面の男が咲子の方へ一歩踏み出したので彼女は焦って、

「私、間に合っています」

と大声で返した。

男たちは顔を見合せた。そして静かに、

「では我々が抱き合うところでもご覧になりますか」

と言った。

咲子は呆気にとられた。そんな選択もあるのか。

二人はそれ以上一歩も動かなかったが、つやつやとテカって下半身に張りついているパンツを見ると、咲子は自分へにじり寄るような雰囲気を感じ、つい答えてしまった。

「お願いします」

自分が何を言っているかわからなかった。この場合、お願いするとは目の前の男たちの、いわゆる絡みを見なければならないということで、ということはこの男たちはここで、四畳半あるかないかの狭い密室で、なんのそういった準備もないままいきなり重なる、それを見るということ。立ったままなのかまさか床でなのか一瞬で遥か彼方に思考は巡り、自分の体に触れられるよりマシだと考えた結果だが、初対面の男たちの肉々しい現場を至近距離で眺めるなど、まるで3DのAVじゃないの、しかもゲイ物の、イヤだどうしよう。

咲子は目を覆うつもりだったが、目の前に広げられた折り畳みテーブルの上へ尻を置いた二人はもう舌を絡ませあい、ひと塊の、蠢く男大理石おとこだいりせきになっていたので、パイプ椅子に硬直したまま刮目せざるを得なかった。


「毎度どうも!」

店からは店長の威勢のいい接客の声が聞こえる。

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迷路の面接 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

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