大量破壊の殺戮兵器

第54話 綱渡り

 僕の兵学校での日々は、危ういながらもなんとかギリギリ持ちこたえつつ過ぎていた。

 別にチグリスのことは嫌いじゃない。でもやっぱり乗った後は破綻具合がひどくて、僕はいつも鉈で割られたみたいにバラバラになった。

 それでもなんとかぶっ壊れてしまわないのは確かに皇女様の存在が大きくて、でも本人にそんな事を言ったらドヤられるから秘密だ。

 もしこの先僕が僕でなくなる時がきても、皇女殿下だけは傷付けない。泣かせない。と思うけど、自分でなくなった後のことなど保証できるはずもなく、そっと自分の中だけの決意に留めている。

 心か体か頭か。どれかが欠片でも残れば、そいつが皇女様のことは守るだろう。


 この日、僕はまた遠足の動員を言い渡されて、憂鬱な顔で部屋へ戻った。

 遠足はかなりしんどい。長期間チグリスに乗っていないといけないし、そうするともともと自分はチグリスだったという錯覚に陥って、そこから抜け出すのはいつもとても難しい。しかも暫く皇女様にも会えない。いいことはひとつもない。

「どうした、浮かない顔をして。足の小指でもぶつけたか?」

 顔を見るなり皇女様が言う。しっかし、殿下ね。軍用ブーツを履きながら小指をぶつけられるほど僕は器用じゃないよ。

「大丈夫。また遠足なだけだから」

 苦笑して軽い口調で答えてみせたけれど、皇女様の顔はとても気遣わしげになる。うーん、心配させてしまっているなぁ。

 もっとも、皇女殿下でさえ僕が壊れていることをちゃんと理解してくれていなくて、ただ僕が戦闘やスカイデーモンを恐がっているのだと思われている。正直、チグリスにとってスカイデーモンはさしたる恐怖でもなく、むしろチグリス自身の方がよほど恐怖なのだが、どうにも説明できないし、誰にも理解されない。

「多いな、動員が」

 そう言う皇女様の顔は曇っている。ここ数ヵ月での僕の動員回数が多すぎる、という懸念だろう。実際、同期に興味のない僕には彼らと比べて多いかどうかはよく分からない。ただ、チグリスは強力かつ極めて有用な兵器であり、軍にチグリスが便利に使われている、という感覚はあった。

「大丈夫」

 そう僕は繰り返す。

「今回はアルも一緒だから」

 アルが皇女様の代わりになるわけもないが、でもあいつが一緒なら僕を人間に引き留めてくれるだろう。この間試してみたあいつの膝枕、かなり皇女様みあったし。

 皇女様のお顔がさらに暗くなる。……ヤバい。アルの膝枕を試したのがバレたのか。こっそりやったのに。

「アル・ミヤモリの出たがりも、かなり危ういと私は思うが」

 ……バレてない? よし、バレてない。

「うん。まぁ。でも、アルは今回もとても喜んでる」

 アルの動員は、僕と逆で珍しい。たぶん本人にとっては不本意だろうが、あいつは上官たちから愛されている。それゆえあまり戦場へ出させてもらえないのだ、と僕は思う。

「それに、アル一人ぐらい僕が守るよ」

 一応貴重な友達だし。それぐらいの約束なら僕はできる。

 けれど皇女様は小さなため息をついて僕に微笑みを向けた。

「気持ちは有り難いが。なにを以っても己れを守れ、アオイ・カゼ」

 戦場で自分を守るものは自分だけ。守れるのも自分だけ。チグリスが無敵すぎて、僕はちょっと傲慢になっているかもしれない。皇女様にたしなめられて、やっと気づく。

「うん。気を付ける」

 どんなに強くても油断してたら死ぬ。あと運が悪いと死ぬ。

「見てて思うけど、アルは強いよ。運もいいし」

 多少性格に難があることを除けばパーフェクトな男、それがアルだ。という風にアルを持ち上げつつ、僕は皇女殿下の反応を窺う。もし殿下が僕よりアルの方が好きだったらどうしよう。いや、どうしようもないんだけど。その時は黙ってぶっ壊れるべきだろうか。

「そうか、お前から見てもアル・ミヤモリは強いのか」

「チグリスの方が強いけどね」

「まぁそうだろうな」

 つい黙っていられなかった。頷く皇女様の表情は激しく無で、そこから好悪は読み取れない。どっちだ。

「お前もアル・ミヤモリも大丈夫だとは思うが。努々ゆめゆめ油断なく勝手に頑張ってこい」

 もし殿下がアルを好きでも、僕より滅茶苦茶好きってことはない、と思う。だいたい同じぐらいか、ちょっとアルの方が好きぐらい?

「それで、出発はいつだ? すぐか?」

「あ、ちょっと先。まだ予定だから」

 そうか、と皇女様は頷き宙へ目をやる。

「ならば、まぁ間に合うか」

 一人言のようなそれが気になって僕は尋ねる。

「なにが?」

 皇女殿下がいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ちょっと思い付いたことがあって、な」

 ロクでもないこと考えてそうだけど可愛いからいいか。

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