第49話 本気

 で、どうやって。というのが問題だ。

 なんの奇跡か、全会一致の満場採決一斉賛成で皇女殿下に会いに行くことが決まり、全身全霊全力の協力体制が敷かれたわけだが、だからどうやって、だ。

 基本的に学兵に皇女殿下との接点などない。ほぼその姿を拝むことがないというより存在さえ希薄。せいぜい入学式の時と、過去一度あったご天覧の時ぐらいだ。ぼーっとしていても皇女様には近づけない。かといって、教官に皇女殿下のことを聞いてみても梨の礫でなにも教えてくれやしない。

 皇女様はこの基地のどこにいるんだろう。アルに心当たりがないか聞いてみたが、やっぱり分からないらしい。

「まーでも、本部棟のどっかだろ」

 本部棟といってもかなり広い。棟自体は立ち入りできるけれども、その中の部屋へは当然入れない。虱潰しに探すことも難しい。まったく使えない情報だ。

 では、監視カメラはどうだろう。

 カメラの向こう側に皇女様がいる。彼女は映像を自由に覗けるのだから、カメラ越しに呼び掛けたら見てくれるのではないか。

 部屋の監視カメラにアピールしてみた。でも、なんていうか虚しい。皇女様が見てくれてるのかさっぱり分からない。見てないのか、見て無視されてるのかも分からない。もし皇女様が僕に会いたがっていないなら、この方法は無意味だ。ただ反応があるまでひたすら待つなんて悠長な時間は僕にない。

 僕は必死に考える。思考も皇女様に会うために覚醒してフル稼働している。あれだけ怠惰だった体でさえも、皇女様に会いたい一心でいざとなれば走り回って探す用意ができている。なにか方法があるはずだ。

 皇女様は僕の部屋の備品だった。だったらそれを種に捩じ込めばいいのではないかと思い付く。

 皇女様が部屋からいなくなったというのは、つまり部屋の備品の紛失である。場合によっては盗難だって疑える。そう言って寮監を煩わせれば、まさか無視はできないはずだ。

 寮監室へ走るべく、生活のしおりを手に取った僕は、しかし凍りつく。なんてことだ、これは最初に僕が受け取ったしおりじゃない。いろいろ必要箇所に印をつけたり書き込んだりしたはずのそれが、まっさらな新品に掏り替わっている。

 慌てて備品一覧のページを確かめれば、当然そこに「殿下」の文字はない。

 やられた。たぶん殿下の仕業だろうが、しおりを掏り替えるなんて徹底している。

 そして僕は消沈する。これを入れ替えたということは、皇女様は本当にこの部屋の備品であることを辞めたのだ。もう二度と戻ってくることはない、ということなのだろう。

 彼女はもう僕に会うつもりがない。そうかもしれない。でも僕は会いたい。だから皇女様がどう思っていようが会いに行く。あんな訳の分からないさよならは嫌だ。人の部屋で備品ごっこなんかしておいて、適当に終わらせられるだなんて思うなよ。

 とはいえ、じゃあどうするか。とりあえず部屋を飛び出してがむしゃらに探したくなる気持ちを押さえる。せめて皇女殿下がどこにいるか分からないと。探す方法はないものか。

 ある。あるじゃないか。チグリス。あいつの有能な探知機能を使えば、この基地内部ぐらい軽く調べることができる。そう、チグリスの本気はそれこそだ。それはまさにこの間のテストの時、僕が自分で確かめたことである。

 僕は皇女様に会うためなら、できることは何でもするし、使えるものは何でも使う。


 学兵がギアローダーへ自由に乗ったりはできない。訓練の名目で申請するか、技術上官に頼むかするしかないが、そんな煩雑な手間をかけずに僕は次のローダー訓練を待った。

 そして訓練の日、僕のコンディションはすこぶるいい。この日を待つ間、僕は久しぶりにしっかり睡眠をとり、おいしくご飯を食べられた。気持ちも焦るというよりは、とにかくうきうき楽しみでならない感じだ。やっぱり人間ちゃんとひとつにまとまっていないと駄目なんだろう。ひとつの目的に向かって邁進している今、かなり僕は無敵だと思う。

 ギアローダーに乗り込んで、訓練は適当に流しながら僕はさてとと気合いを入れる。基地にいる時は戦場でもないからと切っているセンサー探知機感覚器官全てを全力稼働する。そうすれば当然のように僕を逼迫ひっぱくする勢いで情報がなだれ込んでは来るが。さあお仕事だ。冴えきった頭がチグリスの頭脳も目一杯使って情報処理だ。

 本当は皇女様がやってたみたいに基地の監視カメラ映像を盗み見たかったのだが、チグリスがカメラに接続するには越えないといけない障壁が多すぎて少々面倒くさい。それなら。片っ端から基地の部屋間取りを把握して、その中で動く生命反応を調べて、詳細を確認して、皇女様に該当する命を見つけ出せばいい。少し時間はかかるけど、結局それが一番早くて確実だ。

 探索作業はルーチンワークに入った。余計な気持ちを挟むより集中して淡々とこなす方が早いだろう。チグリスがどうやって鉄の壁の向こう側を把握してるのかは知らないが。電波? 電磁? 温度? よく分かんないけどなんでもいい。

 ついでに言えば、こうして捕捉した生命体へはほぼ自動照準で高エネルギー弾を撃ち込むことも可能なわけで、そういう意味ではチグリスはかなり危険物だ。これはバレたら大変だろう。うまくログを消しておくことにしよう。

 基地はやっぱり広くて複雑な構造をしている。主に部屋らしき空間に絞って探して。そうしてとうとう僕は皇女殿下を見つけた。

 全体から見れば、ほんの小さな小さな鼓動。顔が見えるわけでもなければ声が聞こえるでもない。ただデータの向こうにある確かな熱源。あは。皇女様だ。その僅かな動きさえも追いかけて、僕はそれが皇女様だと確信する。嬉しい。けれど、こうして視ててもただのストーカーだ。僕は生身で皇女様に会って、皇女様を見て、皇女様と話したいのだ。後あわよくばぎゅっとするとかふにふにするとか膝枕とか、まぁそれは置いとくけど。

 皇女様が一人居る場所は、そこそこ広い部屋のようで、くつろいだ動きを見るに多分彼女の部屋なのだろう。皇女様の部屋を見つけた。やはり本部棟のかなり奥で、一般立入禁止区域である。それもそうか。

 場所は分かったけど、そこまでどうやって行こう。チグリスなら立入制限だろうが壁だろうがぶち破れると思うが。それをやったらそれこそお仕舞いである。完璧にバランスよく覚醒している僕は、もちろんそんな理性のぶっ飛んだ悪手など取らない。

 なんとか忍び込んでみるか。生身で突破できるような制限なのか調べてみれば、途中にいくつも権限チェックつきの門扉があり、十中八九見つかって捕まるだろうなという感じだ。

 なにか他に方法は。表が駄目なら裏はどうだ。

 裏。そう、皇女様が使っていた謎の抜け穴通路、である。もしあれが使えれば。皇女様自身が恐らく自分の部屋と僕の部屋の行き来に使っていたに違いないのだから。僕だって行けるはずだ。

 再度チグリスで、今度は基地の壁内部に隠されているであろう通路を探知する。すると、あるわあるわ、縦横無尽に張り巡らされた通路と移動のためのシャトルシステムが、びっくりするぐらい見つかった。いや、本当にこの基地……というかお城、すごいな。昔の人間てのはなにを考えていたんだろう。

 その通路でルートを検索すれば、やはり皇女様が使っていたのだろう。拍子抜けするほどあっさり見つかった。問題は、これを僕が使うためには多少なりとも基地のシステムに侵入しないといけないことだ。とはいえ少し手間だけど、やってできないことじゃない。適性率100%の僕と高性能ギアローダーのチグリスは、正直かなり組み合わせなのだ。舐めるなよ。

 僕は今晩開く皇女様までのルートを手配した。

 さあ。皇女殿下に会いに行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る