第46話 友人
一人きりの部屋は静かだった。ついさっきまで煩いアルが一緒だったから、その静けさは一段と際立った。
別に僕は一人が嫌いじゃない。どっちかと言えば好きだ。と思うのだけれど、ちょっと違っていて。そもそも多兄弟のなかに生まれたし、狭い部屋に家族で住んでたし、壁の向こうにはお隣家族みないな共同住宅に育った僕は、ほとんど一人になったことなどない。つまり僕の一人が好きっていうのは、一人に憧れてたっていう意味だ。だから一人になると最初はわくわくするのだが、しばらく経つとどうにも人恋しくなってくる。
壁を背に床に座り込んで、特にすることもなかった。本があれば読めたが、遠足前に借りていた本は入院中に返却期限を過ぎてしまっていて、期限内に返せなかった僕は現在一ヶ月借り出し禁止のペナルティ中だ。
ぼーっと考え事するのは得意。でも今は気を抜くと思い出したくはないこと、戦場のこととか昼間のクラスのこととかばかりが浮かんできてしんどい。かといって、便りひとつない家族のことを考えるのも切ない。しょうがないから皇女様のことでも考えるか、なんて思った自分の思考は存外気持ち悪い男なんじゃないかという気もする。うん、僕はどうすればいいんだ。
いっそ寝るか、と思う。けど、うまく寝られるだろうか。さっさと寝袋へ入ってみたところで嫌なことばかり考えるだけ、の気もする。そして寝袋で皇女様のことを考えたらそれこそヤバいだろうな。なにがヤバいかは聞くな。
最後に僕に残されたのは、悲しいかな「アルのことでも考える」だった。できればそれだけはしたくなかった。なんて、アホなことを考えていたら唐突に部屋のブザーが鳴り響いて僕は飛び上がる。
誰だよ一体。でもまあ、僕の部屋へ来るやつなんて一人しかいない。扉を開ければ案の定アルだった。これが噂をすれば影というやつだ。
アルは勝手に部屋を覗きこむ。
「皇女殿下様、いる?」
なんだお前。殿下狙いか。
「いないよ」
「留守?」
「じゃなくて。もういない」
目を
「……アオイ、無理矢理に襲ったのか」
なんでそうなる。
「用がないなら帰れよ」
さっきまで散々横で勝手にしゃべっていたんだから、もう話すこともないはずだ。しかしアルは強引に部屋へ入ってきた。
「用があるから来たに決まってるだろ」
アルは抱えていたノートの束を机に置いた。
「ほら。授業のノート。借りてきてやったから、死ぬ気で写せ」
「……え。誰に?」
「えっと。チカとやっちゃんとキエ」
知らんけど全部女子だな。女子寮入れないはずなのに、どうやってだ、こいつ。
「みんな返すのいつでもいいっつってたけど、 早めな」
「……なんか、その。ありがとう」
アルはにかっと笑った。そして当たり前のように僕の椅子へ腰掛ける。……なんで居座る感じになってるんだ。用は済んだんじゃないのか。
「しっかし。ほんと皇女殿下様、なにしたん?」
そう聞かれても、僕には答えようがない。なぜいなくなったのか、よくは分からないんだから。
「心当たりもないのか?」
それは、どうだろう。なにもない、とは言えない気もする。うるさく正体を聞いたから、嫌になったのかもしれない。分からない。
答えられないでいる僕を見てアルはため息をつく。
「ともかくさ、もう一度ちゃんと皇女殿下様と話した方がいいぞ、アオイ。そんな具合悪くして、寝てないだろ」
え。いや。
「別に殿下がいなくなったからこんなんになってるわけじゃないよ」
今度はアルが「え?」となる。
「違うのか? え、じゃあなんで?」
有り体に言ってしまえば、僕の不調は遠足の後遺症であって、別に皇女様がいなくなったからではない。が、説明するのが面倒くさい。
「……なんでアルは早く遠足に行きたいの?」
アルの疑問に答えず話を逸らすと、アルはやや首を傾いだものの思うところがあったのか、考える顔になる。
「なんでって。なんていうか。俺が軍へ入ったのはそのためだから。アオイが勉強できないとイライラしてんのと同じだよ」
中身は逆だけど、とアルは続けた。
「他の無駄なことばっかしてないで、俺はさっさと戦場へ出たい」
アルは笑ってそう言った。戦場へ出たい。それは僕にはよく分からない。
「……アル、お父さんが軍人なんだっけ?」
「ああ、うん。父親は軍人だった。あ、いや。うちは母親も軍人だった。二人ともこの基地の兵士で、出会って結婚して、俺は
だからここが家だったと言うアルの言葉は全部が過去形で、僕は下手なことを聞けずに言葉を探す。
「アルは、兄弟は?」
「俺は一人っ子。けど、親が戦死した後は施設で兄貴分も弟分もたくさんいるから、そんな一人っ子でもない」
アルの人当たりのよさは、そういうところに理由があるんだろう。と、なんとなく僕は思う。
「まぁそれはさておき。俺はここで生まれ育ったからさ、その頃に皇女殿下様にも会って、一度だけ遊んだこともあるんだ。……小さかったからエマは覚えてないだろうけど」
いや。きっと殿下はアルのことを知っていたし、覚えていただろう。
「だから、俺が知ってる皇女殿下様のこと、お前に教えてやるよ」
そうアルは言った。
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