第41話 検閲
机の上に封筒がある。白い封筒だ。僕はそっと取り上げる。すでに何度目かの動作だ。恐る恐る口を開いて中を覗く。
現金が入ってる!
口を閉じて机へ戻す。
机の上に封筒がある。上質な封筒だ。僕はそっと取り――
「さっきからなにをしておる」
急に声をかけられて僕は顔を跳ね上げた。皇女様が横に立って覗いていた。
「神妙な顔で戻ったと思えば、ずっとそこに座って同じ事を繰り返して。とうとうおかしくなったのか?」
僕は視線をうろうろ動かす。手に取った封筒を見、天井を見、皇女様を見、壁を見る。
「いや、それが」
封筒の口を開いて覗くとやっぱり現金が入っている。これはもう間違いない。
「褒賞金を、もらった」
言葉に出して言ってみたら、やっと実感が湧いてきた。そう、僕は褒賞金をもらった。僕はお金をもらったのだ。
嬉しくて口許がにまにまする。
「褒賞金? 一体なんのだ?」
対する皇女様は訝しげな声だ。まぁでも、僕もこんなお金が貰えるだなんて思っていなかったから、とても驚いている。
「この間の遠足のだって」
終業後に教官に呼び出されて出頭した僕は、そのまま学兵長のところへ連れていかれ、この封筒を手渡された。そのとき学兵長は確かに「褒賞金」だと言った。
「この間の? アオイ・カゼ、一体なにをした」
僕の気分が舞い上がっていくのに反して、皇女様の声はどこか強ばっていく。
「学兵に褒賞金が出るなど、私は聞いたことがないぞ」
確かに本来無給の一般学兵に褒賞金があるというのは、僕も聞いたことがない。でも、事実もらったのだ。
「なにをしたって。別に、陣地で敵と交戦して、僕も戦っただけだけど」
封筒を手渡す学兵長がさらになにか言っていたけど、僕は目の前の現金が気になってあんまりちゃんと聞かなかった。
「そこ! 聞け! ちゃんと! 重要なことだぞ」
なんだか皇女様の目が怖い。
「思い出せ!」
「え。んー。なんか、戦闘でなにかがなんとかだから、なんとかかんとか?」
「このポンコツ!」
そう叫んだ皇女様は、なぜか一目散に壁へ向かう。ただの部屋の壁へ、だ。何をしたいんだ。
皇女殿下がなんの変哲もないところにお手を触れる。すると。
「え?」
ぶわんと空気が震えるような音がして、壁に画像が浮かび上がる。
「ええ?」
慌てて僕も覗きに行けば、なんと不鮮明ながら基地のどこかの映像が映っている。しかも殿下が横に現れた映像の操作パネルをくりくり操作すると、映像はキリキリ移り変わり、あまつさえ巻き戻されていく。
これ、もしかして。もしかしなくても監視カメラ映像。……皇女殿下、一体。
「学兵長室だな!?」
やたら基地内の出来事に詳しいからおかしいなぁと思ってはいたが。基地には至るところに監視カメラがあって、つまりマジでどこでも覗ける目を持っていた、ということか。
というか、カメラはトイレやシャワー室にまである。今まで努めて気にしないようにしてたけど、それさえも殿下は覗けるのだと思うと、うん。
お目当ての画像を見つけたらしい皇女様は、しかし鋭く舌打ちする。ちょっと殿下、はしたない。
「いまいち音の拾いが悪い! 肝心のところが聞き取れん!」
これで盗み聞きまでしてたら、僕は本格的にドン引きますよ、殿下。
「仕方ない、ほら、ちゃんと思い出せー!」
皇女殿下に襟首を掴まれて、頭をがくがく揺さぶられる。
「や、ちょっと。止めて」
「ならば思い出せ!」
そんな必死になるようなことだろうか。でも思い出さない限り皇女様の追求は止まりそうにない。
「ええと。ええと。戦闘のログとかでチグリスの殺戮数が史上最高の記録を更新したとかなんとか、そういう感じだった」
あとは、早くに襲来を発見したとか、迅速な連絡をしたとか、奮戦してよく敵を引き付けたとか、とにかく「今回の迎撃戦は稀にみる成功を収めた」とか言って喜んでた。
ようやく皇女様の手から解放される。手を離した皇女様は急に静かになって、なんだか信じられないものを見る目で僕を見つめる。
まぁ、気持ちは分かる。僕も別に数えながら敵を殺したわけじゃないし、そもそもあんまりよく覚えていないので、そう言われてもそうだったかなぁと首を傾げたい気持ちになる。だからこの褒賞金も本当に僕がもらっていいものなのか、よく分からない。が、くれるというのだから、もらっておけばいいだろう。
僕はうきうきと机へ戻り、引き出しから便箋と封筒を引っ張り出す。せっかくもらったお金だ。さっそく家族へ僕は送りたかった。
さて、なにを書こうか。まさか戦場の話などしたら、皆驚いてしまうだろうし。悩みつつなんとなく皇女様を振り返り、そして僕は思い付いた。そうだ、弟たちにこのお金でポテトチップスを作って食べろと言うのがいい。あれを食べれば、こんなに美味しいジャガイモの食べ方があったのかと、あいつらは驚くだろう。そういう驚きは、オーケーだ。
うきうきと手紙をしたため、お金の入った封筒と共に折り畳み、宛名を書いた封筒へ入れる。
「いや待て、なにをしている」
「なにって。家に送るんだよ」
見れば分かるだろう。皇女様はなにか言いたげな顔で僕を見つめ、そして絞り出すような声で言った。
「……お金を送るのであれば、現金書留の封筒を使わねばならんだろうが」
さすがにそれぐらいのこと、僕も知っている。
「でも駄目だよ。現金書留で送ったら、お金が入ってるって丸分かりになるじゃないか」
「だから安全が保証されておる」
「違うよ。
あのドケチのことだ。現金が入っていると知れば、かつて出した報奨金額の回収を容赦なくするだろう。それじゃあ意味がない。
僕は止める皇女様を無視して手紙を完成させ、そして出した。まぁなんというか、このときの僕はどうしようもなく舞い上がっていたわけだ。
手紙はばっちり軍の検閲に引っかかって帰ってきた。現金書留使用のこと、と注意書きされて。
僕は大人しく書留の封筒を書き、やっぱり手紙は入れるのを止めて送った。
落ち着いて考えれば、生のジャガイモとたくさんの油を買っておやつを作るなんて贅沢、できるはずもなかった。ただ必要なものを買うのに使ってくれればいい。
それでも一言ぐらい添えろと皇女様は言ったけど、どうせ返事はこないのだからと僕はなにも書かなかった。皇女様はそれを歯がゆそうに見つめて、でもなにも言わなかった。
そう言えば、皇女様の家族ってどこにいるんだろうか。と僕は思う。
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