第23話 天井
僕のギアローダーはなかなか決まらなかった。
他の同期はさくさく決定が下されるのに、僕だけあれこれ試させられている。毎回違うやつに乗せられてとても疲れる。
噂では地下の生産工場跡にたくさんのギアローダーが眠っていて残機には余裕があるのだと言われている。実際は分からない。どっちにしろ既に生産不可能になっている僕らはリソースを削り続けるしかなく、ギアローダーが尽きたとき人類は絶滅するのだ。そう思えば出来うる限り効率よく運用したいわけで、どの兵士をどのローダーに乗せてどれほど戦場へ送るかは首脳部がもっとも頭を悩ませていることなのだろう。たぶん。
それにしたって片っ端から試させるか、普通。ギアローダーの基本は人型二足歩行だが、その見た目も内部も操作もモノで全然違っていたりして、僕は混乱しきりだった。もうどれがいいとかも分からない。
そして、皆からずいぶん遅れて決まった僕のローダーが、今目の前にあるこれだ。名前は
平均的なローダーはだいたい体高三メートル。もっと馬鹿でかい機体もあるし、広義では人に装着するパワードスーツみたいなものもギアローダーなので一概には言えないけれど、ともかく三メートルだ。なのにこのチグリスは二メートルちょっとしかない。僕はギアローダーでもチビなのか。
しかも、白い。ピカピカ輝く真っ白い塗装だ。なんかもういっそ可愛くて、泣けてきそうだ。ともかく今日からこいつが僕の機体でこいつで訓練する。
と思ったら、現実はもうちょっと塩辛くできていた。
ギアローダーの初期訓練を担当する教官が最悪だったのだ。
諸事情で出遅れた僕は今日がこの教官の初授業である。けれども事前情報をくれるような親切なお友達もいやしない。完全に不意打ちを食らった。
始まりは、並んでいるところを突然ぶん殴られて「敬礼の腕が低い」。このぐらいの理不尽は珍しくもない。努めて気にせず大人しく腕の形を直した。のだが、教官は僕の腕を掴んで無理に上げる。変に捻りあげられて肩に痛みが走った。
「なんだその顔は」
罵声とともに叩きつけられた拳はさっきよりも強烈で、小柄な僕の体は吹っ飛ばされる。倒れた僕の視界一杯に青い空が広がった。痛い。
「誰が倒れていいと言った。立て」
くらくらする頭を叱咤して起き上がる。元通り列に並んだところで教官の仄暗い眼に射竦められ、僕の背筋はゾッとした。
これはヤバい。
だいたいの教官は威圧的で理不尽で恐いものだ。僕らを無条件に従わせるためだから当たり前だ。だからその恐怖は無差別に振り撒かれるのが常なのだが。この人は違う。僕は今完全に目を付けられている。
「敬礼!」
やっぱり続くのかクソ。反射で敬礼しながら思う。もうこれが精一杯の敬礼だ。これで勘弁してくれ。教官は頭の先から爪先までをじろりと眺め回す。
「まったくなってない」
修正の嵐だった。小突かれたり殴られたりする痛みより、ただ教官に対する恐怖で内臓がねじ切れそうだ。この間ひたすら沈黙のまま待たされている周囲から哀れみとも倦怠ともつかない視線が突き刺さるけれど、僕にはどうしようもない。耐えて早く解放されるのを願うだけだ。
どれだけ続くのかと僕の意識が擦り切れそうになる頃、ようやく教官は訓練開始を告げた。ひとまずは助かるかと思えば、僕に下された指示は一人だけそのまま敬礼姿勢を維持だった。嘘だろ。などと言えばどんな目に遭うか分からない。午後の訓練時間ずっと炎天下のもと不動の挙手敬礼で立たされ続けた。
腕は重く、足が痺れてくる。しかし少しでも動いたり崩れたりしようものなら怒号か拳骨が飛んでくる。一体何度殴り飛ばされたか分からない。倒れて、立たされて、また一から修正されて、繰り返す。とりあえず僕はこの敬礼というやつが大嫌いになった。
とうとう僕の直立が中止することなく、待ち焦がれた終業の鐘がなる。感覚もなにもなくなった体を引きずって集合。そして「一人残れ」と言い渡されるが、もう絶望も感じない。ただ周りから「自分じゃなくて良かった」という目で見られているのは分かった。
教官と一対一で残されたグラウンド、なにをどうしたらこの人は僕を許してくれるんだろう。どうしたところで無理だろう。だってここまでやる意味も必要も絶対にない。どう考えてもない。
指導という名の苛めはネチネチとした理不尽な指摘と体罰で、でも幸いなことに僕の記憶はここらで吹っ飛んだ。気づけばずたぼろになって自室の扉の前にいた。どうにか僕は帰ってこられたらしい。
部屋に飛び込んで、つんのめるように隅へ
「アオイ・カゼ!」
いつになく強い口調で名前を呼ばれ、びっくりして顔をあげる。近くに少女の戸惑う顔があった。そうだ、部屋には皇女様がいるんだった。
「さっきからブザーが鳴っている」
言われてようやく気づく。来客のブザーだ。僕の頭に恐ろしい教官の顔が浮かぶ。部屋まで追い掛けてきたのかもしれない。僕は強く首を振った。
「しかし。恐らくアル・ミヤモリだぞ」
アルか。でも僕は誰にも会いたくない。やっぱり首を振った。
皇女様は少し困ったように扉を見たが、それ以上はなにも言わなかった。ほどなくうるさかったブザーも止んだ。
「なにか、あったのか?」
躊躇いがちな問いかけを僕は無視した。なにも思い出したくない。放っておいてほしい。皇女様の顔が見えないよう、さらに丸まる。
どれだけの時間が過ぎただろう。突然だった。突然、皇女様が怒った。
なにがどうしてそうなったのか、驚いて顔を上げた僕は、とにかく怒っている皇女様を見た。
「いくらなんでも、やり過ぎだ」
「え……え?」
精神的に参っている僕は、ただ唖然と怒った皇女様を見つめる。皇女殿下は爛々と怒りに染まる瞳で僕を見つめ返した。
「お前はよく耐えた。しかし、さすがに見過ごせない」
まさかあの教官に怒っているのか。さっきまでなにも知らない風だったのに、なぜどうやって知ったというんだ。
「私が一言物申してこよう」
呆然とする僕の前で力強く宣言し、なぜかロフトを一息に登る。そして。ベッドの上の天井に皇女様が手を触れた途端、しゅぱっと口が開く。皇女様は穴へするりと吸い込まれた。
「……な、ん、え……?」
皇女様は、するりと消えた。
「なんじゃそりゃあああああああ!」
教官とかしごきとか、どうでもよくなったわ。
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