第13話 来訪者
適性検査の夜、僕は部屋で真剣だった。かなり切羽つまっていた。なんせ終業
それほど厚い冊子ではないが、内容はギアローダーの種類に名前に特徴にと、とにかく多い。なんでもっと早く渡して覚える時間をくれなかった。
焦る僕のことを知ってか、皇女様はベッドで静かに一人くつろいでくれている。と思いきや、突然「あ」とか声をあげてベッドを降りてきた。
さすがに相手をする余裕はない。無視するぞと思っていると、皇女様はなぜかクローゼットを開けて入り込んでいく。
僕は驚いた。皇女殿下はクローゼットの備品(という設定?)のくせして、初めて会ったとき以来クローゼットにいたことなんかない。それが突然入っていって、扉まで閉めようとしている。ご乱心か。
「なに、どうしたわけ?」
閉まる扉を押さえて思わず聞く。皇女様はえらく真面目な顔で言った。
「ちょっと入りたくなっただけだ! いいから気にするな。私のことはいないものと思え」
そう言って扉は閉まった。なんだか分からないが、しかし殿下の
机へ戻ろうとしたとき、来訪者を知らせるブザーがうるさく鳴った。
人が来るなんて初めてだ。訝しがりつつ開けると、半笑いのアルが立っていた。
「アオイ。困りごとがあったら聞くとか言った手前あれだけど。悪い、俺が困った」
手をぱしりと合わせるアル。そこには冊子が挟まっている。
「覚えるもなにも、まず読めない。お前なら読めるだろ。教えて!」
お前も文字が読めない口か!
「教えるって、僕もそんな余裕は」
断っているつもりなのに、アルは遠慮容赦なく入ってきた。体格的に小さい僕は、あっさり押し負けてしまう。
「邪魔はしない。覚えるのも一人より二人だ」
アルはさっさと床に座り込み、一緒に勉強する態を作られてしまう。
そこで僕は気がついた。皇女様。いま、クローゼットの中に皇女様がお隠れ遊ばされている(死んだって意味ではない!)。
もしアルが僕の部屋で皇女殿下と鉢合ったら。こいつはどう思うか。どうするか。そして、どんなことになるのか。……面倒なことになる気がする!
幸い、皇女殿下はどうやってかアルの来訪を察知して自分から隠れたようだし、自分をいないものと思えなんて言っていた。存在がばれないよう、立ち回ってくださるのだろう。
「アオイ、とりあえず一回読んでくれよ」
本を開いたアルに促され、僕はぎこちなくうなずく。なんとか乗り切るしかない。
と思ったとき。へくちっという愛らしいくしゃみがクローゼットの中から響いた。
「……」
「……」
「……」
無言の間でさえ三人分あるようで、僕はひたすら冷や汗が止まらない。
「……アオイ、くしゃみした?」
「え、あ、うん。僕がした」
「嘘つけ。してないだろ、お前は」
呆れたようにそう言ったアルは、視線をクローゼットへ向ける。
「誰か来てるのか?」
「いやいやいや。誰もいないよ」
ふうんと呟くアルは、例の察知能力でなにを読み取っているのか。
「へくちっ」
最悪のタイミングでまた皇女がくしゃみをやらかしやがった。
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