その5
朝の生徒会の業務を終えた私が教室に入ると、友人が駆け寄ってきた。
彼女の名前は栗生美咲、中学時代からの付きあいである。
「おは菜緒ー」
「おはみさ」
「実は菜々美ちゃんに関する耳寄りの情報を手に入れたんだけど、聞きたい?」
「そんなもの聞きたいに決まっているわ、早く話して」
「妹ちゃんの話題になるとほんと余裕ないな……」
当たり前じゃない、大好きな妹なんだから。
やっと気持ちを伝えられるようになったけど、まだまだ通じ合っているとは言えない状況。
できるだけ菜々美のことを知りたいのよ。
「この前、菜々美ちゃんと個人的に話したんだけどさ」
「口説いたの?」
「怖い顔するなって……口説いてないから。つかびっくりするぐらい興味を示してもらえなかったから」
「ふっ、それはそうでしょうね。菜々美は私の妹だもの」
内心、ほっとしてるけども。
美咲ってば女の子にモテるから、とっかえひっかえなのよね。
「んで連絡先すら交換できなかったんだけど、仕方なく菜々美ちゃんの同級生にそれを聞いたわけよ」
「あなた、やっぱり菜々美を口説こうと……」
「違うから! 本当に違うから! 純粋に気になったんだって、菜緒からずっと聞かされてたしさ」
「……確かに、私は妹のことばかり話すから仕方ないかもしれないわね」
「自覚はあったんだな」
「もちろんよ」
家では話せない分、他の人に話しておきたかったのよ。
今は話せるから別に吐き出す必要はないのだけれど、距離が近づいたら近づいたで、菜々美の新たな魅力が際限なく出てきて。
それを誰かに伝えたくて、つい話してしまうの。
「その同級生から聞いたんだけど、どうやら菜々美ちゃん、学校を飛び出して帰ったらしいぞ」
「今日?」
「ついさっき」
ぞくりと、寒気がした。
猛烈な嫌な予感がする。
思い出されるのは――菜々美が
まさか菜々美、まだ死のうとしてるんじゃ――
「美咲、ごめんなさい。私も帰るわ」
「は? いや、今から授業だぞ?」
「体調不良で休みと伝えておいて、じゃ!」
「お、おう……すげーな、シスコンここに極まれりだ」
私は教室を飛び出した、
周囲の視線を振り切って、いつもは『廊下は走らない』と言う側なのに全力疾走。
すれ違った先生が「おい川瀬!?」と驚いた様子で引き止める。
うるさい、私を邪魔しないで。
学校なんてどうでもいい、菜々美さえいてくれれば他はどうでもいい。
「菜々美……お願い、早まらないでっ!」
そうと決まったわけじゃない。
けどあの遺書を読んでしまってから、ずっと不安がつきまとっている。
いつか、菜々美の部屋の扉を開いた先に、愛おしいあの子の首を吊った死体がぶら下がっているんじゃないか、って。
止めなきゃ。
そして伝えなきゃ。
信じられないのなら、信じられるまで何度でも。
私は菜々美を愛してる。何があっても、未来永劫、あなただけを愛し続ける――と。
幼い頃、一年遅れで生まれた菜々美の憧れの眼差しを独占したくて、私は必死で努力をした。
私が上手にできると、お父さんは喜ぶ、お母さんは褒めてくれる、そして菜々美は目をキラキラと輝かせて憧憬を私に向けてくれたから。
爛れた独占欲。
未熟な恋心。
ずっとそれを続けたのなら、きっと未来永劫、私は菜々美の視線を独り占めできるのだと、そんな馬鹿げたことを――そのせいで、私の家族は歪んでしまったというのに。
菜々美は私という存在がコンプレックスになり、両親は菜々美に興味を持たなくなり、私ばかり構うようになる。
それに気づいたときにはもう遅かった。
いっそ私が手を抜いて、菜々美に合わせよう――なんて考えたこともあったけど、それはただ妹を傷つけるだけだから。
私にできることなんて、せめて少しでも菜々美の負担にならないよう、できる限り距離を取ることだけ。
それでも状況は好転なんてしなくて、現状維持がせいぜい。
私は無力さを感じていた。
どれだけ他者に称賛されようとも、菜々美がいなければ、ただただ無価値なだけだから。
たまに菜々美の部屋から漫画を借りていたのは、ちょっとした悪あがき。
ほんの少しでも、あの子と価値観を共有できたらいい。
そんな下世話な行為。
けど数日前、それがきっかけとなり――私は、あの遺書を見た。
封筒に書かれた『遺書』という文字を見たとき、私は寒気がした。
それは間違いなく菜々美の文字だったから。
あの子がそこまで追い詰められていたなんて、と自責の念を抱く。
その気持ちは、中身を読むうちにさらに強まっていった。
それは菜々美が今までずっと胸に秘めてきた、コンプレックスの吐露だったから。
死を覚悟したからこそそこに存在する、菜々美の、むき出しの感情。
読み進めるうち、私は、自分の認識が甘かったと思った。
理解はしていた。けれどその深さを見誤っていたのだ。
少し距離を取るぐらいじゃ……私はぜんぜん、あの子の負担を減らせていなかった。
唇を噛む。血の味がするぐらい、強く、強く。
私は猛烈に、自分を殺したくなる衝動に襲われた。
菜々美の言うとおりだ。
私なんていなければいいのに、存在しなかったらあの子を苦しめずに済んだのに! と。
でも――最後に記された文章を見たとき、私はそれすらも間違いだったと気づく。
『お姉ちゃん、愛しています』
その一文を目にしたとき、私は天地がひっくり返るような衝撃を受けた。
菜々美が、私を愛してくれている?
嫌いだと言わないとごまかせないぐらい?
こんな――菜々美の人生をめちゃくちゃにしてきた私なんかを、今まで、ずっと?
菜々美はよく、自分に価値がないと言う。
私には絶対に敵わないと。
でも違うわ、逆なのよ。
こんな私を愛してくれるほど、心の美しいあなたに、私がどうやって敵うというの?
背伸びをしたって、飛び跳ねたって、骨を引きちぎって羽にして大空に羽ばたいてみたって届くわけがないッ!
そんなあなたが、姉妹という血の縛りすら越えて、私にその大きな愛を向けてくれている。
文面からにじみ出るその感情の強さに、私が自分のこれまでの行いを悔やむと同時に、強く、強く決意した。
――叶えなければ。
今さら、私のような人間がそれをしたところで、償いになどならないのかもしれない。
いいえ、ひょっとすると、大好きな妹と一緒にいたいがための自己正当化に過ぎないのかもしれない。
それでも、菜々美が私を嫌わずにいてくれるのなら。
応えたい。愛したい。愛し合いたい!
強く強く、強く強く強く、私はそう思った。
そして、思うがままに行動した。
もちろん恥ずかしさはあったわ、こんなの初めてなんだから。
だけどそれ以上に、菜々美が好きだったの。
あの遺書にかかれていた通り、菜々美は私を『嫌い』と言って拒絶したけれど、それが『好き』の裏返しだって私はもう知っていたから。
菜々美のためと言いながら、私はそれ以上に幸せになって。
この一ヶ月、満たされていた。
これまでの人生で一度だって感じたことないぐらい、幸せで、幸せで、しょうがなかった。
きっと菜々美も、そう感じてくれていると――そう、思っていた。
「違わないわ……きっと、菜々美だって……」
――でも、もし、家に戻ってあの子が首を吊っていたら?
不安が消えない。
そんなことになったら、私はもう生きていられない。
吐き気がするほど心臓がバクバクと脈打っている。
乗り込んだ電車の速度すら遅く感じる。
早く、早く、早く――急ぐ気持ちは到着まで落ち着くことなく、私はずっと唇を噛み、制服の裾を強く握り続けていた。
◆◆◆
「ぐぬわあぁぁああーーーっ! 死にたいーーー!」
改めて遺書を読み直した私は、それはもう苦しんだ。
前に見たときも同じようなリアクションした気がするけど、こいつぁ想像以上だ!
つか何が苦しいって、こんだけ痛々しい文章が、どうしようもなく私の本音だってことなんだよね。
要するに私は痛いやつなんだよ。
何でも誰かのせいにして。
押し付けて。
私の中の冷めた正論はそんなふうに自分を嫌うけど、一方でやっぱり周囲のせいだと思う気持ちもある。
だってさ、人間って一人で生まれて、一人で成長するわけじゃないじゃん。
誰かの影響を受けて、その中で一番大きなものって、やっぱり家族なわけで。
こんなどうしようもない人生じゃ、文句の一つや二つ、言いたくなるよ。
んで生きてるうちに同じことを親に言ったら、『甘えるな』とか言われて偉そうに突っぱねられるわけじゃん?
だから……いや、まあ、だからって痛いことに変わりはないんだけどぉ!
「ううぅ……私はどんな顔をしてお姉ちゃんに会えばいいんだぁ……」
恥ずかしいという気持ちもある。
けどお姉ちゃんは、この遺書を読んだ上で、私の気持ちを受け入れることを選んでくれた。
それどころか、自分から積極的に求めてきて。
これって要するに――
「……がっつり、両想いってことだよね」
疑いようもなく。
しかも、割と最初のほうから、ずっと。
私とお姉ちゃんがすれ違い続けていたあの時期ですら。
「じゃあさー、もう意味ないじゃあーん。私がお姉ちゃんのこと嫌いとか言ってるの!」
全部バレバレだっていうんなら。
そりゃあ、姉妹で愛し合うとか、一般常識からしたらいけないことだけど。
成就するってんならさ、倫理とか、そんなのくそくらえじゃん?
だって、ハッピーすぎて、絶対に手放したくないもん、こんな毎日。
でも――私は、それが、怖い。
噛み合ってしまっている。
お姉ちゃんの中にあるブラックボックスはもう完全に消えた。
そこにあったのは、お姉ちゃんからの無償の愛だった。
疑問は晴れて、そこにあったのがラヴだったら、当然のように私のお姉ちゃんへの好感度は、“疑念込みのマックス状態からさらにうなぎ登りなわけで。
お姉ちゃんもそれを拒まないわけで。
こんなの、歯止めがきかないよ。
私もお姉ちゃんも、どこまでも際限なく求め合っちゃう。
……キスだけじゃ、絶対に終わらない。
「まずは……気持ちを落ち着けよう。そうだ、シャワーを浴びれば……いやそれじゃまるで準備してみてるみたいだし! いやらし妹じゃんそんなの! ダメダメ、とりあえずは……そうそう、ベッドに横になって気持ちを落ち着け……うーん、いい匂い……お姉ちゃんの……はっ、そうだここお姉ちゃんの部屋だった、最近入り浸りすぎて完全に失念してたっ! お姉ちゃんの匂いなんて嗅いだら落ち着くどころか興奮するにきまってるじゃぁーんっ!」
……何やってんだ私。
アホか? アホなのか?
いやアホだわ、完全に恋に脳みそ焼かれてるわ。
とりあえずベッドから降りて、私の部屋に移動しよう。
まあ……私のベッドも、二人で一緒に寝てるからお姉ちゃんの匂いがするんだけど。
私と同じシャンプーとボディソープ使ってるから似てるんだけど、やっぱり微妙に違うんだよねえ。
その似てるのに違うって部分に、妙にどきどきしちゃったりして。
あー……ダメだ、そんなの想像するだけで胸がきゅんとする。
――やっぱり私、お姉ちゃんのこと、好きすぎるかもしれない。
うあー……うああー、認めてしまったー! 素直になってしまったー!
でも仕方ないじゃん、ずっと昔からそうだよぉー! そうなんだよおー!
私はお姉ちゃんが好きで、好きで、しょうがなくてっ!
つかこんなんでよく今日までキスまでで済んでたなぁ!
キス、まで……いや、お風呂場のアレは、ギリセーフだから。うん、ギリ。
まあさ、コンプレックスがないっていったら嘘になるけど。
やっぱり私はお姉ちゃんの劣化版だし。
でもそれ以上に――恋心のが、ずっと、何千倍も何万倍も、この世界をいっぱいにするぐらい大きくて。
というかお姉ちゃんが私の恋人になってくれるなら、私はお姉ちゃんのもので、お姉ちゃんは私のものになるわけ、だし。
だったらもう、コンプレックスとかも、気にする必要ないじゃん。
「ああぁ……こんなに好きなんじゃ、落ち着けるわけないよね……」
それでも心臓をなだめるぐらいはしておかないと。
このままお姉ちゃんに会ったら、ほんと、どうなるかわかんないから。
いきなり心臓が破裂するかもしれないから。
ま、さすがにこの時間じゃ、お姉ちゃんが家に帰ってくることなんてありえないと思うけど――
「菜々美っ、いるの? ねえ、菜々美ーっ!」
そしてタイミングよく、ガチャンという扉の音と同時に聞こえてくる不穏なヴォイス。
……おやあ?
私の幻聴かなあ、一階からお姉ちゃんの声が聞こえるぞー?
「いたら返事をしてっ、お願い! 菜々美っ、菜々美ぃ!」
しかもかなり不安そうな様子。
この必死さを前に、黙っておくってのも申し訳ないし、幻聴かどうかも確かめなきゃいけないし。
とりあえず、部屋から出て、階段のとこに顔を出す。
ばっちりお姉ちゃんがいた。
イマジナリーお姉ちゃんではなく、リアルお姉ちゃんが。
目が合う。
汗だくのお姉ちゃんは、なぜか私の顔を見るなり涙を流し、こちらに駆け寄ってきた。
そしてがばっと、強引めに抱きつく。
「よかったぁ……生きてた……菜々美……っ」
熱烈な頬ずり。
もちろん汗が付着しちゃうわけだけど、それすらも喜んじゃう私は間違いなく変態だと思う。
恋心は自重しないなあ!
「お姉ちゃん……何で帰ってきたの?」
「だって、急にいなくなったって言うから! 何かあったんじゃないかって。もしかしたら、死んじゃうんじゃないかって!」
「それで大慌てで帰ってきたんだ……」
「当たり前じゃないっ! だって、菜々美が死んだら、私……私……っ」
抱擁の力はさらに強くなって、痛いぐらいだ。
不謹慎かもしれないけど、嬉しい。
だって今、私、お姉ちゃんからすっごく必要とされてる。
「お姉ちゃんは心配性だなあ。私が死ぬわけないじゃん」
「でも……あんなもの、書いてたから……」
あんなもの――あー、うん、やっぱりあれのことだよね。
私の黒歴史ポエム。
「お姉ちゃん、あの遺書を読んだんだ」
「あ――わざとじゃないのよっ! 偶然、あの漫画の間に挟まってたの!」
「でも隠してそのまま持ってたよね?」
「それは……やっぱり、勝手に見たらまずいかと思って、いつか返そうかとは思ってたんだけど……」
「けど?」
お姉ちゃんは恥ずかしそうに目をそらし、顔を真っ赤にしながら言った。
「……菜々美からの告白が嬉しくて、何度も見てしまうのよ」
か……かわっ、かわいいいいいっ!
何このかわいい生き物! 嫁にしたい! いやもう嫁みたいなもんかぁ!
いやあ、素直になるって楽だなあ。
突発的に湧き上がってきた感情を、強引に止めたりしなくていいんだもん。
そう、この“言いたい”って衝動だって、もう我慢しなくていい。
「お姉ちゃん」
前にお姉ちゃんにされたみたいに、私はその頬に手を当てる。
するとお姉ちゃんは不思議そうにこちらを見上げた。
……う。
いざ目の当たりにすると緊張するな、あと恥ずかしい。
でもお姉ちゃんはそれをやってくれてたんだし?
やっぱり、私も、ちゃんと言わないと。
「好きだよ」
思ったより気の利いたセリフは出なかったけど。
でもきっと、今までの素直じゃない私の言葉よりはずっと、気持ちは伝わったと思う。
「菜々美……」
一旦は引いた涙が、またお姉ちゃんの瞳を潤す。
そのまましずくになって頬を伝って落ち、私の手を濡らした。
けれどそれは悲しみの涙じゃない。
お姉ちゃんは私の手に自らの手を重ねて、その温もりを確かめるように目を細めると、心から嬉しそうに微笑んだから。
「嬉しい……菜々美から、その言葉が聞けるなんて……」
「待たせてごめんね」
「ううん。あの遺書を読んだことを伝えなかった私が悪いんだもの」
「そういうわけだから、さ」
「え?」
「小さい頃からずっと好きだった人と、ようやく結ばれたの。こんなに幸せなのに、死ぬわけないでしょ?」
頼まれたって死んでやるもんか。
もし交通事故にあって死んだら、時間を巻き戻したって生き返ってやる。
それぐらい、今の私は命に――というか、お姉ちゃんと過ごす時間に執着していた。
「そうね……そうよね……ふふ、菜々美も、私のことが好きということは、私と一緒ってことだもの!」
「そう、お姉ちゃんと一緒」
至近距離で見つめ合う私たち。
遮るものはもうない。
私の後ろ髪を引くなにかも、綺麗サッパリなくなった。
だからいつもなら、ここでお姉ちゃんが顔を近づけてくるところだけど――今日は私から。
示すのだ。
私も、お姉ちゃんを求めているってことを。
奪われるのではなく、奪う。
顔を傾けて、慣れない動きにカッコ悪さを感じながらも、その羞恥よりも衝動のほうが上回る。
お姉ちゃんはされるがままに、目を細めて、軽く唇を突き出す。
「ん……」
触れ合う。吐息が漏れる。
私はお姉ちゃんの後頭部に腕を回して、さらに唇を強く押し付けた。
柔らかな丸みを帯びた桜色が、ふにゅりと形を変えながら、密着度を増す。
お姉ちゃんも私の背中をかき抱いている。
体が熱い。
走ってきたから――だけが理由ではなく、お姉ちゃんは明らかに、いつもよりも興奮していた。
お姉ちゃんの口がもぞりと動く。
唇が半開きになって、湿り気のある呼気が、まるで私の舌を導くように私の感覚をくすぐる。
――飛び込みたい。
そう思った。
だけどここでそうしてしまうと、もう止まらないことは明らかだった。
別に止めたいわけじゃない。
ただ、場所が悪いっていうだけで――その覚悟は、とうにできているから。
私は名残惜しさを感じつつも、唇を離した。
「あ……」
お姉ちゃんは寂しそうな顔をする。
それを埋めるように、私は耳たぶをくすぐるように、ぺたりと頬に手を当てた。
「部屋に行こう、お姉ちゃん」
……まるで誘ってるみたいだ。
いや、実際誘ってるのか、これは。
伝わってるかちょっと不安だったけど、お姉ちゃんのとろけた顔をみると、そんなもの考えるまでもなかった。
「ええ、行きましょう」
ダブルミーニング。
姉妹という枠組みを越えて、私たちは後戻りの出来ない場所にたどり着く。
その場で手と手をあわせ、指と指を軽くじゃれあわせ、そしてしっかり絡めると、強く握って、つながりを感じながら部屋へ。
私とお姉ちゃんの部屋は並んでいる。
その手前で、私は足を止めて尋ねた。
「どっちがいい?」
「菜々美の部屋」
「早いなあ……」
「菜々美はやっぱり、私の部屋がいいの?」
「私はそこにこだわりはないかなあ」
「むぅ……」
「すねなくていいじゃん。今はもう、どっちも“私たちの部屋”なんだから」
「……そっか。ふふ、そうね。姉妹で、恋人なんだもの。これだけ繋がっていれば、分けることに、意味なんてないものね」
お姉ちゃんが“恋人”と明言したのは、これがはじめてだ。
わかりきっていたことではあるけど、言葉にすると、また感慨深い。
少し緊張がぶり返す。
そんな私の心を読んでか、お姉ちゃんの頬が緩む。
「恋人として、私のことを意識してくれているの?」
「当たり前だよ。だって私、今まで生きてきて、お姉ちゃんにしか恋をしたことがないんだよ?」
「嬉しい……私もよ。今まででも満足していたつもりだったけど、全然違うわ。ようやく、本当に結ばれた気がするの」
「今までは、心のどこかで“まだそう思っちゃいけない”ってブレーキをかけてたから」
「そうね……いつ失うかわからなくて」
「あんまり寄りかかりすぎると、失ったときに戻れない気がしてさ」
まあ、ブレーキかけてるつもりで、実際はかなりアクセル踏んでたけどね。
けどそれでも止めていたつもりなわけで。
「私のせいだわ」
「お互い様。それに今となっては、あのもどかしさも楽しかったと思えるよ」
まあ、本当の意味で“今となっては”だけど。
これでお姉ちゃんとの恋が成就してなかったら、絶対に最悪の思い出になってただろうし。
「もちろん今の、全部さらけ出した状態のが楽しいけど」
その楽しさを伝えるべく、私はお姉ちゃんに顔を近づける。
触れるだけのキス。
お姉ちゃんはくすぐったそうに笑う。
「ん……ふふ、今までの受け身の菜々美も好きだけど、今の積極的な菜々美も大好きよ」
「私もお姉ちゃんが好き。誰よりも好き」
「んふふ……好きって言われるだけで、こんなに胸が暖かくなるなんて……」
「私ばっかり味わってごめんね。その分、今日からはたくさん言うから」
「私も負けてられないわね。事あるごとに言わないと。好きよ、菜々美」
お姉ちゃんからのキス。
「好きだよ、お姉ちゃん」
負けじと、私からのキス。
そして私たちは、それを何回も、何十回も繰り返す。
まだ部屋にも入れていないのに、結局はまた抱き合って、見つめ合って。
「好き。大好き。んっ、ちゅっ、何回言っても全然足りないぐらい、好き」
「菜々美ぃ……っ、ふ、はぅ……っ、好き、好き、好きっ――キスだけじゃ物足りないわ、ねえ、菜々美っ」
もう我慢の限界だった。
どちらかというと、お姉ちゃんのほうが。
私はお姉ちゃんに手を引かれながら自分の部屋に入って、半ば押し倒されるようにベッドに倒れ込む。
……むぅ、積極的に動いてるつもりでも、結局はこうなるんだなあ。
私自身もそれでいいと思っていて、そのほうがしっくり来ると思っていて。
「菜々美……」
私に馬乗りになり、まるで動物のように息を荒らげるお姉ちゃん。
こんなに冷静さを失ったお姉ちゃんを見るのは初めてだ。
きっとお姉ちゃんにこんな顔をさせられるのは私だけだ。
私だけの。
誰も知らない、未来永劫誰も知ることがない、大好きなお姉ちゃん。
愛おしさが加速する。
元からそのつもりだったけど、今はもう、“そうされないと我慢できない”。
取り繕っているだけで、たぶん私も、お姉ちゃんと似たような状態なんだ。
制服が皺になるのもいとわずに、私はこちらを見下ろすお姉ちゃんに向かって、熱っぽい声で告げた。
「お姉ちゃん、私の全部をあげる」
今も未来も、私の人生全てをひっくるめて。
「好きなようにしていいよ」
私たちは互いに捧ぐ喜びに包まれながら。
姉妹が姉妹以上に繋がる幸福を噛み締めながら。
二度と終わることのない、契りを交わした。
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