第16話 剣崎さん、後輩を導こうとする

 休日。

 チャイムが鳴ったので玄関ドアを開けると、凜々りりしい顔立ちの美少女がいた。

「こんにちは。ちょっとお邪魔していいか」

 剣崎刀子さんだ。

 1コ上の先輩で、剣道の達人。僕の幼なじみ皇琴葉すめらぎことは——『琴ねえ』の親友である。

「いいですけど、琴ねえと一緒じゃないんですか? 一人で来るなんて珍しいですね」

「ちょっと、思うところがあってな」

 何故か、覚悟を決めたような顔をしている。

 どうしたんだろう、と思いつつ、居間へ通した。

 そこではソーニャが、お腹に両手を当て、劇団員のように声を出していた。

「おーおおおおー、おおおーー」

 集中しているため、剣崎さんには気付いてないようだ。

「大助君、ソーニャは発声練習をしているのか?」

「はい」

「今度学校で行われる、合唱大会のためかな?」

 いえ、と僕は首を振り、

「凌辱されたときに備え、『お』に『だくてん』をつけたもの……『お゛』を出す練習らしいです」

 紙に『お゛』と書いて、剣崎さんに見せる。

「ソーニャは『お゛』をうまく言えないんですよね。外国人だからか、ニュアンスがつかめないらしくて」

「……」

「でも確かに、凌辱で快楽ちした際『ぎもぢいいのお゛お゛お゛お゛ーーーーっ!!』とか言いますからね。『お゛』の発音は不可欠です」

「『確かに』の意味がわからんのだが……」

 剣崎さんは額に手を当て「早くも、くじけそうだ……」とつぶやく。何のことだろう。

 ふと、ソーニャがこちらを見て、

「あ、剣崎さんっ! いらっシャイ!」

 銀髪を揺らして駆けてきて、剣崎さんへ微笑む。超かわいい。

「ちょうど今日、電話しようと思ってたんデス。『ロート精液』の練習に付き合って欲しクテ」

「ロ……ロート精液??」

「まんぐり返しの状態で、ちつ漏斗ろうとを挿入され、それを利用して多人数から精液を流しこまれる事デス」

 説明が進むほどに、剣崎さんの目から光が消えていく。

「で、私のおま●こに挿した漏斗ろうとに、水鉄砲で疑似ぎじザーメンを流しこんでいただければト」

 僕は、うんうんと頷いて、

「確かにその特訓、僕には手伝えないからな」

「さっきと同様『確かに』の使い方がおかしい……」

 そして剣崎さんは、僕に身体を向け——

 両肩をつかみ、強くすってきた。

「大助君っ! 君は最近、ソーニャに取り込まれていないか?」

「取り込まれる? 何のこと——」

 あれ?

 そういえば……

「僕、以前はソーニャに、もっと『なんでだよ!』とか突っ込んでた気がする……」

「う、うんっ! その通りだっ!」

 剣崎さんの瞳に、希望の光がともる。

(そうだよ。僕はソーニャへの恋を自覚してから、普通に凌辱対策に付き合うことが多くなって……)

 たとえば昨夜も——

 公園で、ソーニャのお散歩プレイの練習に付き合った際。

(ソーニャは四つん這いになり、犬耳をつけた。そしてア●ルに尻尾を装着しようとした)

 で、僕が言ったのは『やめろ』ではなく……

『ローション塗ってからア●ルにれなよ』だったし。

(ぼ、僕はどうなってしまったんだ?)

 ソーニャの狂気に、取り込まれたのか? それを正気に戻すため、剣崎さんは僕の家に——


 くいっ


 背後から、上着を引っ張られる。

 振り返ると、ソーニャがとても不安そうに、あおい瞳を曇らせていた。

「さっきから見つめ合って……剣崎さんの事、スキなんですか?」

 もしかして、やきもち?

 うわぁ可愛い、可愛いカワイイ。カワ、イイ……

「ソンナコトナイヨ。剣崎サンは、友達ダヨ」

 ソーニャが「良かったぁ……」と微笑む。愛おしすぎて死ぬ。

「では私『お』に『だくてん』の発声練習を再開しマスね。お、おお、おおお〜〜〜」

 頑張るソーニャを、見守ることしかできない。その無力さが悔しい。

「がんばれ……がんばれソーニャ……!」

「おお、おおお〜〜〜」

 そして、五分ほど経って。


「おお、おおお゛……お゛、お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛〜〜〜っ!!」


「やったなソーニャ! 『お゛』が言えた!」

「ええ大助! これで凌辱された際『ぎもぢいいのお゛お゛お゛お゛ーーーーっ!!』とか言えマス!!」

 僕は、手が痛くなるほど拍手した。

 大好きな女の子が、壁を越えたのだ。視界が涙でボヤける。

「剣崎さんも、褒めてやってください」

 剣崎さんは両手で顔を押さえ、うつむいている。ソーニャの努力に感動しているんだろうな。

「く、くじけちゃ駄目だ。いま私が頑張らないと……!」

 彼女はかつを入れるように、己の両頬をたたいて、

「なあソーニャ、少し話があるんだが、いいかな?」

「いいデスけど、ちょっと待っていただけマスか」

 ソーニャは再び、お腹に両手を当てて、

「『お゛』を出した感覚を忘れないうちに……『い』に『だくてん』を付けたものの練習もしたいノデ」

 僕はうなずき、

「確かに『ぎもぢい゛い゛ーーーーーっ!!』とか言うためには、『い゛』が不可欠だからな」

「だから……『確かに』の意味が……わからん……」

 剣崎さんが、床に膝をついた。

 どうしたんだろう、と声を掛けようとした時。


 ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴り、甲高い声が聞こえてくる。

「ラーゲルフェルトーーー! いるかしら!?」

 剣崎さんが僕を見て、

「知り合いが来たのか?」

雌花めばなみのりって子ですね……ソーニャと欧州一を決めるピアノコンクールでぶつかって負け、それからソーニャをライバル視しています」

「ほ、ほう! まともな人のようだなっ!」

 まぜか『まとも』という事に喜ぶ剣崎さん。

(そういえば、雌花めばなは)

 先日ここにきて、ピアノ対決を申し込んできた。ソーニャはそのとき、ベニヤ板に上半身をはめて『壁尻かべじりの特訓中』だった。

 まず雌花めばなが、見事にラブソングを奏でたが……

 ソーニャが、おま●こで動くピンクローターの事を『思い人にいじられている』とイメージして演奏し、勝利した。

 そして雌花は、こう言って去った。


『壁尻も、ピンクローターでいじられるのも、ピアノの特訓だったんだわ。私、それやってないから負けたのよ!』


 はやとちりな所もあるけど、ひたむきなヤツである。

「お邪魔するわよ」

 居間に入ってきた雌花を、高嶺さんが笑顔で迎える。

「いらっしゃ——ぎゃあぁぁあああ!!」

 すさまじい悲鳴。

 雌花は……『大きなベニヤ板にあけた穴に、上半身を突っ込んだ状態』だったからだ。

 凄く歩きづらそうに、部屋に入ってくる。

「ラーゲルフェルト。貴方に負けてから、私は壁尻の状態でピアノ練習を続けてきた。これからリベンジマッチ……ひうぅぅ!」

 悲鳴をあげる雌花。

 剣崎さんが、いっそう混乱した様子で、

「な、なんだ!? 大丈夫か!?」

「落ち着いてください剣崎さん。雌花は、おま●このピンクローターで感じているだけです」

「それ聞いても、落ち着けんわ!!」

 もはや剣崎さんは半狂乱である。

 雌花が笑みを向けてきて、

「ほう、江口大助。よくわかったわね。私がピンクローターをつけてると」

「お前ほど、ピアノに対して真摯しんしなヤツはいないからな」

 雌花は壁尻もピンクローターも、『ピアノの特訓』と思い込んでいる。壁尻だけやるということは、ありえない。

「フン。わかってるじゃな……いい゛い゛い゛い゛い゛ーーーーっ!!」

 ビクンビクン! と悶絶する雌花。ピンクローターが再び動いたのだろう。

 ソーニャが目を輝かせ、

「雌花サン、見事な『い』に『だくてん』デスね。見習いたいデス!」

「え、ラーゲルフェルトが私を見習う……? ちょっ、ちょっと嬉しいのお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ーーーーっ!!」

 雌花悶絶もんぜつ

 そして剣崎さんが力尽きたように、仰向けにくずおれた。

「ここにも犠牲者が……ソーニャ本人は凄くいい子で、全く悪意はないのに……」

 剣崎さんの目を、ソーニャが覗き込んで、

「なんて見事なレイプ目!! 私なんか『レイプ目コンタクト』使わないと、こんな目できまセン! 参考にさせてくだサイ!」

「好きに、すればいい……」

 剣崎さんは、凌辱エロゲで抵抗を諦めたヒロインのようだ。

「ふふ、ふふふ……君たちを、立ち直らせにきたのに……逆に『凌辱対策』とやらに活用されてしまうとは……」

(け、剣崎さん)

 そうか——

 やはり僕たちを、狂気から解放するために来てくれたんだ。

(今なら、まだ正気に戻れる。しっかりしないと!)

 そう決意したとき、ソーニャが剣崎さんを観察しながら、

「なるホド。レイプ目のリアリティのためには、目だけでなく、全身から力を抜くことが必要なんデスね」

 ソーニャが横たわる。

 レイプ目になるためか、目の焦点をずらしたり、全身の力を抜いたり、色々試したあと……

 頬を染めて、僕を見上げてくる。

「えへへ……私、大助がそばにいるだけで幸せデス。だから死んだ目をするなんて不可能デスね」

(あ、あああ、ああ)

 ソーニャ可愛い。世界一可愛いカワいい……カワイイ、カワ、イイ…… 

 アッ、イイ事、ヒラメイタ!

(琴ねえも電話で呼ぼう。剣崎さん、雌花と三人で、ソーニャの『ロート精液』の特訓に付き合ってもらおう)

 ソーニャ喜ぶだろうな。

 こんな幸せな日々がいつまでも続けばと、思わずにはいられない。






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