第4話 ソーニャ、電車で通学する

 平日の朝。

 僕……江口大助が起きてキッチンに行くと、エプロン姿のソーニャがいた。一ヶ月ほど前から彼女は、僕の家にホームステイしている。

「おはようございマス! 大助!」

 窓から差し込む朝日で、キラキラと銀髪が輝いている。抜群のスタイルに、清楚な顔立ち。まるで天使のようだ。

 泡立て器で、ボウルの中の白い物をかき混ぜている。

「何をかき混ぜてるの? メレンゲ?」

「いえ、水溶き片栗粉デス」

 ソーニャは真剣に、水溶き片栗粉の粘度ねんどを確かめながら、

「これで、ザーメンを飲むのに慣れる特訓をしようカト」

「そうか……」

 ソーニャは日本製の凌辱ゲームばかりやったため『日本の高校は全て、肉便器を育成するための学園』と思いこんでいるキ●ガイだ。

 凌辱された時に備え、様々な特訓をしている。

 たとえば両手でチ●ポをしごく時に備えて、ピアノを始めたらしい。演奏の腕は欧州一だそうだ。説明していて頭痛がしてくる。

 ソーニャはボウルに口をつけて、疑似ぎじザーメンを飲み始めた。

「んぐ、んぐ、喉にからまりマス……」

「凌辱対策もいいけど、朝飯も頼むよ」

 僕は隣接するリビングで、テレビをつけた。

 僕の父は単身赴任しており、母も仕事の関係で家にあまりいない。なので家事は、僕とソーニャが当番制で行っている。

 ニュースをぼんやり見ていると、

「大助ー、ごはんできまシター」

 あいよ、と立ち上がり、キッチンのテーブルに腰掛ける。

 ……平皿に盛られた米に、ドロリとしたものがかかっていた。

 どうやら、あんかけチャーハンらしいが――

「あんの部分は、余った疑似ぎじザーメンを使っていマス」

「食いたくねえ……!」

 これほど食欲をそそられない紹介が、あるだろうか。

 ソーニャが、たしなめるように、

「残しちゃダメですよ。農家の人の気持ちを考えてくだサイ」

「考えるべきはお前だ」

 片栗粉の原料・馬鈴薯ばれいしょ農家の人が泣くぞ。

「とにかく食べてくだサイよ。工夫したんデスから」

「工夫? 味付けをか」

「いえ、少しでもザーメンに近づけるため、イカくささも足してみたんデス」

「そういう工夫かよ!」

 激烈に食いたくないが……食べ物は無駄にできない。

 仕方なく口に含む。

 ドロッとして、すげえイカくさい……なんて嫌な食べ物だ……

 でも。

「悔しいけど美味しい……どうしてぇ……!」

 堕ちた肉便器が、ザーメンを飲んだときのような感想を漏らしてしまう。

 チャーハンの具はシーフード。その香りが、あんかけのイカくささと混じりあい、絶妙のハーモニーを奏でている。まあイカスミパスタとか、美味しいしな……

 僕は夢中で食べつつ、ボウルの中を見て、

「しかしまだ、ずいぶん水溶き片栗粉余ってるな。これ、どうするんだ?」

「私の弁当として、学校へ持って行こうと思いマス」

「マジで……?」

 驚愕する僕に、ソーニャは無邪気な笑顔で、

「昼休み、疑似ザーメン飲む特訓に、つきあってくだサイね!」

 誰かに見られたら僕、とんでもない誤解をされそうなんですけど。

 そんな狂気に満ちた朝食を終えると、僕は皿を洗いはじめた。

 一方ソーニャは弁当作り。僕の分は普通の弁当だが、己の弁当箱には疑似ザーメンだけを溢れんばかりに入れていた。こいつもう強制送還した方がいいな。

 それから歯を磨いて、制服に着替える。

 ソーニャは愛用の肩掛け鞄に、荷物をチェックしながら詰めていた。

「教科書よーし、弁当よーし、在留ざいりゅうカードよーし」

 在留カードとは、日本に長期滞在する外国人の身分証明書。常に携帯しないと20万円の罰金をとられるので、注意が必要だ。

(さて学校にいくか)

 僕達は二人とも自転車通学だ。

 庭の駐輪スペースに行くと、ある異変に気付いた。

「あれ、ソーニャの自転車が……」

「どうしまシタ、サドルが電動バイブ付きのものと入れ替えられてましタカ?」

「なぜ一番最初に、それが出てくる?」

 僕はソーニャの自転車を指さし、

「前輪も、後輪もパンクしてる」

「驚きまシタ……! こんな事あるんデスね」

 サドルが電動バイブ付きのものと入れ替えられるよりは、確率は高いと思う。 

(参ったな。修理してたら、ソーニャが学校に間に合わない)

 でも二人乗りは、警察に見つかったら面倒だし……

「電車で行こう」

「で、電車……!?」

 ソーニャが青ざめた。後ずさりして、

「え、遠慮しマス。大助は一人で自転車で行ってくだサイ」

「そんな事できるか」

 ソーニャの手をつかんで、引く。

「電車がイヤなのか? なんでだ?」

「だって……だって……!」

 ソーニャは、激しくイヤイヤをして、

「日本の電車って、チ●ポの挿入まで行く痴漢が当然のように行われているんデスよね?」

「まあ、凌辱エロゲではそうだが……」

 めっちゃ堂々と痴漢してるのに、周りの客はまったく気付かなかったりするしな。

 僕はソーニャを強引に説き伏せ、徒歩五分ほどの駅に連れてきた。

 切符の買い方を教えて、電車に乗る。車内は通勤客や学生などで混んでおり、座ることはできなかった。

 きょろきょろするソーニャに、乗客が視線を向けてくる。

「私への嘗めるような視線を、ひしひしと感じマス! ついに私、肉便器になってしまうのデスね……!」

 単に、ソーニャの見た目が可愛すぎるからだと思うが……

 まあ不埒ふらちな事をしようとするヤツが、いないとは限らない。僕がしっかり守らないとな。

 ソーニャをドア際に立たせ、僕の身体でガードする。「大助……」とソーニャが感謝の眼差しを向けてきた。

 十五分ほどで、僕達の高校の、最寄り駅近くまでやってきた。

「電車、なんともなかったろ? ソーニャ」

「ハイ。守ってくれて、ありがとうございマス」

 ソーニャは柔らかな笑みを浮かべ、

「今日だけじゃありまセン……私がいつも、どれだけアナタに助けられているか。どれほどアナタを必要としているか」

「よせやい」

「私にとって、アナタがどれほど必要かを、例えて言うならば――」

 ソーニャは目を閉じ、豊かな胸に手をあてて、

「抜きゲーにおける、サウンド鑑賞モードのような……」

「必要か? あれ……」

 抜きゲーで、あのモード使ったことないんだけど。

 そんな会話をしていると――

 突然、電車が大きく揺れた。

「きゃっ!?」

 ソーニャが体勢を崩したので、強く抱き留める。

「大丈夫か? ソーニャ」

「……ハ、ハイ」

 ソーニャの顔が、真っ赤になっている。

「どうした?」

「その……手……」

「手? ……あっ」

 僕はソーニャの、豊かな胸と尻を鷲づかみにしていた。慌てて離す。

 ソーニャは、恥ずかしそうにうつむいてしまった。

(悪いことしたな)

 しかしソーニャ、肉便器だのザーメンだの口走るくせに、こういう一面もあるんだな。

 僕が謝ろうとしたとき……

 後ろから肩を、強い力で掴まれた。

 驚いて振り返ると、気の強そうな顔立ちの美女がいた。警察手帳をこちらに示し、

「警察だ。貴様、その女の子の胸と尻をつかんでいたな?」

 さーっと、血の気が引いていく。

 警察から、痴漢の疑いをかけられてる!

 僕は懸命に反論した。

「ち、違います。この子は僕の家でホームステイしていて」

 続いてソーニャが、肩掛け鞄をあけて、

「これを見ていただければ、わかるト思いマス」

(在留カードを見せるつもりだな?)

 カードには滞在先の住所も記載されている。それを僕の身分証と照らし合わせれば、ホームステイしていることが証明される。

 ソーニャが、肩掛け鞄に手を入れようとしたとき……

 鞄を婦警が奪い取った。中を見て、全身をわなわなと震わせる。

「な、なるほど。たしかに、わかったぞ……」

 僕へ鞄の中を見せてきて、震える声で、

「貴様が、救いようのない変態ということがな!」

 鞄の中は……

 ソーニャが弁当として持ってきた、疑似ザーメンまみれだった。どうやらさっき、電車が揺れた衝撃で弁当箱から大量に漏れたらしい。

 婦警が叫ぶ。 

「この鬼畜! 触るだけではあきたらず、鞄の中にぶっかけるとは!!」

「違います!!」

 必死に否定する。ソーニャが鞄を取り戻しつつ、こう言った。

「彼は、私のホームステイ先の男性で……」

(よし、いいぞ)

 これで誤解も解けるだろう、と僕は期待する。

 婦警がソーニャに尋ねた。

「本当ですか? では鞄の中の、ドロッとしたものは?」

「私が、ザーメンを飲む練習のために作ったものデス。余ったので弁当に持ってきまシタ」

「どこにそんな、キ●ガイじみた事するヤツいるか!!」

 だよな……それで納得したらむしろ怖い。

 悲劇はここで終わらない。鞄の中から、匂いが車内に広がってきたのだ。

 婦警が鼻を押さえて、

「うわ、イカくさい!! 本当にザーメンじゃないの!!」

 ソーニャのこだわりがあだとなった。まあ仇しか産んでないんだけど。

 そのとき電車が止まり、ドアが開いた。高校の最寄り駅に着いたのだ。

 ソーニャが外へ飛び出し、僕の手を引っぱってくる。

「逃げまショウ! 大助!」

 つられてホームへ出たものの、婦警が追ってくる。

 絶体絶命――

 だがその時、ソーニャの鞄から疑似ザーメンが垂れ、それで婦警は脚を滑らせて転んだ。

「いたた……ぎゃあーーーー! イカくさい!!」

 あの婦警に、深すぎるトラウマを植え付けてしまったんじゃないだろうか……

 僕達は駅の外へ出て、物陰に隠れた。

 頭を抱えて、しゃがみこむ。

「も、もう二度と、この時間に電車使えねえよ」

「大助、ごめんなサイ、私のせいで……」

 ソーニャが僕の背中を、優しくなでてくれる。

「でもきっと、あの婦警さんもわかってくれマスよ」

「そうかな」

 僕が痴漢したという誤解が、解ければいいのだが。

「あの婦警が肉便器になり、ザーメン飲まされる時に『そうか、あの外人の子は、この時に備えて飲む練習を……』とわかってくれマスよ」

「『わかってくれる』って、お前がザーメン飲む練習する意味かよ!!」

 ソーニャのイカれた言動に触れてると、悩むのが馬鹿らしくなってくる。

 立ち上がって、高校へ歩きはじめた。

 ソーニャが肩を落として、

「ああ、私、疑似ザーメンぶちまけてしまいまシタ。昼お弁当なしデス……」

「僕のをやるよ」

 僕は購買部で、なんか買おう……と思っていると。

 ソーニャが真っ赤になって、見上げてきた。

「そ、そんな……大助の、リアルザーメンを……」

「僕の体内から出したものを、やるわけじゃないからな?」

 あと、リアルザーメンて。

 





後書き:モチベーションにつながるので、

面白かったら作品の目次ページの、レビュー欄から

☆、レビュー等での評価お願いいたします


あと、ファミ通文庫から発売中のラノベ

『朝日奈さんクエスト〜センパイ、私を一つだけ褒めてみてください〜』

原作を担当した漫画

『香好さんはかぎまわる』

も、よろしくお願いします




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