第26話 弓道指南の依頼
中間テスト打ち上げと映画鑑賞から1週間くらい経った、ある日の放課後。
俺はいつものように荷物をまとめ、クラスメイトである
──そういえば、いつの間にか英理香と一緒に帰る事が「いつも」のようになってしまったな。
1ヶ月以上前までは、一人で帰っていたというのに。
俺はかばんを持ち、英理香の席まで向かう。
「さあ英理香、帰ろう」
「はい──」
「──
ふと教室の外から、幼馴染・
彼女はとても焦っている様子だったが、しっかりと息を整えて俺に近づく。
一体、何の用なんだろうか。
恐らく、「弓道部に戻ってきて欲しい」とかだろう。
「こんにちは、由佳──すまないけど、弓道部には戻れないよ」
「わ、分かってるわよそんな事……──って、違う! そうじゃなくって──私に弓道を教えてほしいの!」
由佳に弓道の指導を請われたのは初めてだ。
俺は弓道部に所属していた時、先輩方も含めて指導を頼まれたことがあったが、由佳だけは決して俺を頼らなかった。
彼女のそういうスタンスを見て、俺はなんとなくカッコいいと思っていた。
だからといって、今日こうしてお願いしてきたことを「カッコ悪い」と思うつもりはない。
由佳にそうさせるだけの理由があるということだろう。
「──何があった?」
「あと2週間くらいで審査があるんだけど、スランプになっちゃって……」
弓道において「審査」とは、昇段審査のことである。
確か由佳は、高校生2年生では割と珍しい「二段」の持ち主だったはずだが……
由佳の言葉を聞いた英理香は、残念そうな表情をしながら頷く。
「武術において、スランプはよくあることですよね……私も前世では、思い通りに剣を振れなかった時期がありましたし……」
「そ、そうよ……分かってるじゃない」
「まあ、前世のことは信じてないけどね」と由佳は疑いの目をむけながらも、少しだけ嬉しそうな表情をしている。
それに対し英理香は「嘘ではありません」と、少しムキになりながら答えた。
その真偽は、俺にも分からない──
「弓弦、お願い! 私に弓道を教えて!」
由佳は恥ずかしそうにしながらも、勢いよく頭を下げる。
その様子を、教室に残っていた数十名ものクラスメイトが黙って見ていた。
できれば俺は、弓道場には寄り付きたくはない。
なぜならすでに退部しており、部外者となっているからだ。
再び勧誘される可能性だって、ゼロではない。
だが、幼馴染が困っているところを見過ごすほど、俺は薄情にはなれない。
俺はバイトも部活もしていないので暇だし、それに何より幼馴染である由佳と一緒にいたいというのも否定できない。
「分かった。教えるよ」
「ありがとう……!」
「だから英理香、しばらくは俺より先に帰ってくれ。多分指導は今日一日では終わらないし、帰りも遅くなるから」
「分かりました……」
英理香は残念そうな表情をしながらも、「さようなら」と頭を下げる。
そして彼女自身の友達のもとへ向かった。
「じゃあ、さっそく行くわよ!」
「ああ」
俺と由佳は教室を出て、弓道場へ向かった。
◇ ◇ ◇
由佳とともに、弓道場にやってきた俺。
俺を入るやいなや、部員は色めき立ち始めた。
ちなみに由佳は弓道着姿だが、俺は制服のままだ。
弓道着は当然、家に置きっぱなしだからだ。
「あれ……? 江戸川じゃねえか……!」
「ついに復帰するのか!?」
「今日は由佳──いや、
同期だった部員に返事をすると、彼らは「ああ……そういえば二人、結構いい雰囲気だったよな」と得心している様子だった。
一応由佳とは幼馴染だけど、そんなにいい雰囲気だったとは思わないが……
中学時代からは少し疎遠になってしまったし。
ちなみに俺は、弓道部内では由佳を名字で呼んでいた。
先輩方に対して「由佳が~」なんて言ったらカッコ悪いし無礼だから、そうしてきたのだ。
そうしている内に「一貫性を持たせるべきだ」と思い至り、弓道部内では同期に対しても「矢口さんが~」と言うようにしている。
気を取り直し、俺と由佳は先輩方一人ひとりに挨拶をしていく。
その過程で、弓道部男子主将を務める3年生と出会った。
「こんにちは、主将」
「
「はい」
「今日は私のために来てもらったんです──すみません、主将」
由佳は頭を下げる。
大方、主将から「江戸川弓弦を弓道部に復帰させるように言ってやれ」などと言われていたのだろう。
「いや、それは別に構わない──それより江戸川、矢口を頼む。矢口は次の女子主将候補筆頭だからな」
「はい。俺が教えるからには、絶対にスランプから脱却させてみせます」
俺は男子主将のもとを離れ、来客として畳の上に座る。
こうして正座するのも久しぶりだ。
一方の由佳は、弓の
由佳の準備を待っていると、俺のもとに1年生の弓道部員・
「こんにちは、弓弦先輩。お茶、どうぞ……」
「ありがとう。いただきます」
茉莉也に手渡されたお茶を、俺は一気に煽る。
今は6月で若干蒸し暑かったため、キンキンに冷えたお茶はとてもおいしかった。
「茉莉也──いや、相羽さんは今どういう練習をしているんだ?」
「えっと……今は
巻藁──それは矢が突き抜けず、かつ矢を傷めない程度の強さで束ねられた藁だ。
見た目は米俵に似ている。
その巻藁をある程度の高さの台に乗せ、2メートルくらいの距離から矢を放つのだ。
巻藁での練習で型を身に付けた後、28メートル先の的を実際に狙うこととなる。
「おお、それは上達が早いな。少なくともここの弓道部では、とても早いペースだ」
「ありがとうございますっ……えへへ──弓弦先輩を目標にがんばってよかった……」
「──ちょっといい感じのところ悪いんだけど弓弦、準備ができたから教えてくれないかしら?」
突如、剣呑な雰囲気を漂わせながら、由佳がやってきた。
清潔感と実用性を兼ね備えたポニーテールが、凛とした表情と相まって似合っている。
白の弓道着と黒の袴、そして黒の胸当てのコントラストが眩しい。
由佳の大きな乳房が強調されており、はっきり言って目に毒である。
俺は平静を装いつつ、「分かった」と返事して立ち上がった。
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