第16話 真央の回復魔術

「本日はありがとうございました!」


 夕方頃……

 俺と英理香えりかは駅前で別れようとしている。


 英理香に膝枕をしてあげた後、俺たちは公園で散歩や会話を楽しんだ。

 身体はとても疲れたが、いいリフレッシュになった。


「こっちこそありがとう。じゃあ、また月曜日に学校で」

「はい、さようなら!」


 英理香が駅の改札を通り抜け、ホームへの階段を登った。

 それを見届けた俺は、自宅に向かって歩き出す。


 俺の家は駅から徒歩数分圏内だ。

 周辺が観光地で、県庁舎も近くにある事を考えると、かなり立地が良いと俺は思う。

 大都市圏にも電車で遊びに行けるし、いい事ずくめだ。


 しばらく歩き、家に到着した。

 俺はかばんから鍵を取り出し、扉を開ける。


 すると、その音を聞きつけたのか、妹の真央まおが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、おかえり!」

「ただいま──って、うおっ!?」


 真央は勢いよく俺に抱きついてきた。

 薔薇のような甘い香りが、否応なく俺に襲いかかってくる。


「くんくん……あっ、また勇者エリーズの魔力と移り香が残ってる! これ、どういうこと!?」

「ああ、今日は英理香と一緒に遊んでたんだ」


 真央が言う「勇者エリーズ」とは、英理香の前世である。

 まあ、本当かどうかはまだ分からないが……


 しかし真央はなぜ、英理香が勇者であることを、当たり前のように受け入れているのだろうか。

 前世の記憶っぽい夢を見た俺だって、まだ完全に信じ切っているわけではないのに。


「くんくん……なんか太ももとかお股とかに残留魔力があるじゃない! 二人で一体、何をしてたの!?」

「英理香が寝ちゃったから膝枕してたんだよ──っていうか、変なところ嗅ぐな!」

「膝枕までしたの!? ──こうなったら、私の魔力で塗りつぶすしかないね……こっちに来て!」

「うわっ!」


 真央は必死の表情をしながら俺の腕を引っ張った。

 そうして向かった先は、真央の部屋である。


 全体的にモノトーンで、小さくて可愛らしい真央とは違い、とてもシックで大人っぽい。

 それに薔薇のような甘い香りが漂っており、なんとも色気がある部屋だ。


 俺は普段、真央の部屋に入らないため、とてもドキドキしている。


「真央、これからなにをするんだ?」

「お兄ちゃん、今日はたくさん遊んできて疲れたでしょ? 私が癒してあげる──実は私、魔法少女なんだ……えへへ」


 真央は先程の必死の表情とは打って変わって、妖しげな笑みとともに言った。

 まったく、真央まで中二病になってしまうとは……


 中二病患者は「前世からずっとお慕い申しております」っていって俺にくっついてくる英理香だけで十分だ。

 まあ、英理香の言うことが100パーセント嘘だとも言い難いが……


「で、魔法少女の真央さんは、どうやって俺を癒してくれるんだ?」

「そ・れ・は・あ……えいっ」

「うわっ!」


 俺は真央に勢いよく抱きつかれ、ベッドの上に組み伏せられてしまう。

 彼女の甘い香り・感触・息遣いが、俺の心をピンク色に染め上げていく。


「えへへ……」

「な、何するんだ……! 早く離して、くれっ……!」

「本当はこういうの、好きなくせに……ふふふ」

「す、好きじゃないっ……!」

「あはは、本当に嫌だったら振りほどけばいいよね……でもそうしないってことは、私にぎゅーってされるのが好きなんだよね……?」

「怪我させたくないだけだっ……!」

「もう、しょうがないなあ……」


 ベッドの上で馬乗りになっていた真央は立ち上がる。

 彼女のしたり顔を見て、俺はなぜか物足りなさを感じてしまった。


「お兄ちゃん、私の魔力と香りでいっぱいだね……えへへ。もう勇者エリーズの魔力はなにも感じないよ」


 真央は満足げにそう言った。

 どうやら俺は、彼女にマーキングされてしまったらしい。


 ふと俺の頭に、真央に対する疑問が浮かび上がった。


「で、俺を癒すっていう話はどこに行ったんだ?」

「ん? もう回復魔術は使ったよ?」

「はあ……君が魔法少女だっていう設定に、乗ってやったのが間違いだった──じゃあな、部屋に戻るよ」


 とりあえず俺は真央の部屋から出るべく、ベッドから起き上がる。

 そして俺の部屋まで戻り、勉強のために椅子に座ったとき、言いしれぬ違和感が俺に襲いかかってきた。


「──疲れが、取れてる……!?」


 俺は今日、英理香と公園で遊んできた。

 たくさん歩いたし膝枕もしてあげたので、脚がかなり疲れていた。


 だが、その疲れがいつの間にか霧散していた。

 それどころか、今のコンディションは過去最高といっていいくらいだ。

 ここまでの身体の軽さを、俺は経験したことはない。


「真央とのスキンシップのおかげかな……?」


 スキンシップによって愛情ホルモンが分泌され、幸せな気分になれると聞く。

 恐らく、大好きな人(もちろん家族として)と触れ合ったことで、何らかの作用があったのかもしれない。


 ──まあ、それにしては少し効き目が強すぎる気もするが……


 俺は良好なコンディションの中、今から約1週間後の中間テストに向けて勉強を始めた。



◇ ◇ ◇



 翌日の日曜日……

 俺は朝の支度を済ませ、自室の机に向かって勉強している。

 そのさなか、突然スマホが振動を始めた。


「え……!?」


 スマホの通知を見た俺は驚く。

 なぜなら俺の幼馴染である矢口やぐち由佳ゆかから、数年ぶりにメッセージが届いていたからである。


 中学時代から、俺と由佳はあまり会話を交わすことはなかった。

 高校の弓道部に所属していた時も、そんなに話をする機会はなかった。


 一体何の用だ?

 もし文面が「弓道部に戻ってきて欲しい」とかだったら嫌だな……


 俺は少しだけ警戒しつつ、メッセージアプリを開いた。


《明日からテスト1週間前よね? 今からあんたの家に行っていい? 勉強会がしたいの》


 勉強会か……由佳にしては珍しい。

 彼女が俺に勉強会を持ちかけてきたのは、これが初めてだ。

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