第9話 学食での昼食と『あ~ん』
学食はすでに、多くの人でごった返している。
料理の美味しそうな匂い、談笑する声。
これぞ、学食というものだ。
だが俺は、あまり学食は好きではなかった。
なぜならソロ充だったので、2人席を使うにしても肩身が狭かったからだ。
それに、他のソロ充と相席になるのも、それはそれで気まずかったからだ。
しかし今は違う。
俺と英理香は料理を注文し、2人席に座った。
「いただきます」
英理香はカルボナーラのスパゲティだ。
ミニサラダもついていて、とても可愛らしい。
一方の俺は辛口カレーライスだ。
スプーンですくい、口に運ぶ。
辛い……
だが、俺からすればまだまだ物足りない。
そもそもカレーは辛さよりも、様々なスパイスや具材が織りなす旨味こそを楽しむべきものだ。
やはり、単純に辛いものを食べたいというのなら、麻婆豆腐かアラビアータのスパゲティ辺りが一番だな。
「英理香は辛いのは好きか?」
「いえ、あまり好きではありませんね──そのカレーって辛口でしょう? よく食べられますね……」
「英理香も一口食べるか?」
「いえ、やめておきます……」
俺はようやく、英理香に一泡吹かせてやった。
今朝、誰もいない教室で俺にベタベタしてきた彼女。
そんな彼女であっても、俺の辛口カレーは食するに値しないということだ。
「それにしても、そのカルボナーラもうまそうだな」
「一口食べてみます? あ〜ん……」
英理香はそう言って、パスタが巻き付けられたフォークを俺に差し出してきた。
美少女に食べさせてもらうのはとても恥ずかしいので、俺は断ろうとするが──
「あっ、お兄ちゃん! なにやってるの!?」
ふと、叫び声が聞こえてきたので、俺はその方を振り向く。
そこには妹にして高校1年生の
彼女は2人席テーブルに、自分の持っていたお盆を載せる。
そして、他のテーブルから椅子をひったくって座った。
「真央、こんにちは」
「あっ……英理香ちゃん、こんにちは」
「あなたもこの高校に通っていたのですね」
「うん、そうなの。昨日、一言言っておけばよかったね」
英理香は柔らかい物腰で真央に挨拶をする。
真央もまた、ほんの少し呆気にとられた様子ではあったが、しっかりと挨拶をした。
「あっ、ところでお兄ちゃん! さっきの『あ~ん』はなんなの!? みんなが見てる前でイチャイチャしちゃダメなんだから!」
「こ、断ろうとしたけど、その前に君が乱入して──あむっ、もぐもぐ……」
俺が喋っている最中、英理香が「えいっ」と俺の口にフォークを突っ込んできた。
凄まじいフォークさばきとコントロールだ。
ふむ、カルボナーラはうまいな……って!
間接キスしちゃった間接キスしちゃった間接キスしちゃったああああっ!
英理香が使っていたフォークで食べたと思うと、とてもドキドキする。
そして、俺がくわえたフォークで英理香が食べると思うと……きゃあっ!
「お兄ちゃん、なに受け入れてるのっ!」
「受け入れてない! 英理香のコントロールが上手かっただけだ!」
「え、英理香ちゃん! どういうことなのっ!? なんで学食で『あ~ん』したのっ!?」
「私と
何故か焦っている真央に対し、英理香は余裕と品格を見せつけている。
それに対して真央は「友達でも『あ~ん』はないよっ!」と、指をさしながら言っていた。
英理香は澄まし顔をしながら、パスタをフォークに巻きつける。
そのフォークは、先程俺が口をつけたやつだ。
フォークがだんだんと英理香の唇に近づく。
ピンク色の唇が開き、フォークがそこに吸い込まれる。
気づいたときにはもう、フォークからパスタは消滅していた。
「英理香……俺との間接キス、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。好きな人との間接キスを嫌がる子は、そうそういないと思いますよ?」
「あ、あわわ……」
英理香の言葉を聞いて、真央は完全に語彙力を失っていた。
そしてとんでもないことを言い放った。
「わ、私っ! 昨日のお昼、お兄ちゃんにおかゆ食べさせてあげたんだからっ! あ~んってしてあげたんだからっ!」
「ま、真央っ! こんなところで──」
「それで?」
真央の自慢に対し、英理香は冷静に返す。
真央は「えっと、えっと……」と呟きながら、なにかを考えている様子だ。
「な、何口も食べさせてあげたんだからっ!」
「そうですか。お兄さん思いの、優しい妹さんですね」
英理香は笑顔で真央に返事した。
真央は「むむむ……」と唸っている。
「私っ、お兄ちゃんに口移ししてあげたんだからっ!」
「はあっ!?」
真央はとうとう、英理香に嘘をつき始めた。
口移しとはまさに、キスの発展型と言えるアレのことであろう。
俺は当然、そんなことはしたことがない。
小さい頃に真央にせがまれてキスをしたことはあるが、口移しはあまりにも難易度が高い。
今回の発言で、流石の英理香も驚きを隠せない様子だった。
「口移しはちょっと流石にここではできませんので……本日の放課後、弓弦の家に行ってもよろしいでしょうか?」
「ダメに決まってるだろ!」
「そ、そうだよっ! そんな事言うんなら、もう絶対におうちに入れてあげないんだからっ!」
「冗談です……うふふ」
英理香は微笑む。
俺と真央はそれを見て、ホッと溜息をついた。
まったく、驚かせないでくれよ……
だがそれも束の間の休息で──
「お兄ちゃん、あ~ん……」
「えっ……」
なんと、俺はまたしても驚かされた。
オムライスが載ったスプーンを、真央が俺に差し出してきたからである。
俺は断るか応じるか、思わず悩んでしまう。
「まさか、英理香ちゃんのはあ〜んして、私のはあ〜んしない……なんて言わないよね?」
「あれは不可抗力だったんだが──まったくしょうがないな……」
「最初から素直にしていればいいんだよ……あ~ん……」
俺は真央からオムライスをもらう。
これ以上騒がれても困るからだ。
真央の目はやけに潤んでいたが、まあそれはどうでもいいことだろう。
うむ、やはりオムライスはうまい。
チキンや玉ねぎの旨味と、ケチャップの酸味がきいていて美味しい。
俺と真央の様子を見て、英理香はとても慌てている様子だった。
「き、兄妹でそういう事をするの、どうかと思いますよっ……!?」
「勇者だからって、私とお兄ちゃんとの愛を邪魔する気なの!?」
どうしてそこで勇者が出てくるか。
真央は鋭い目つきをしながら英理香を睨んでいた。
そもそも、「お兄ちゃんとの愛」ってなんだよ……
家族愛にしては、大勢の人がいる前で「あ~ん」はやりすぎだろ……
「あなた、転生者でもなさそうなのに、私を『勇者』だなんて呼ぶのですね。一体何者なんですか!?」
「えっ!? い、いやー……『勇者』って呼んだのは、特に意味はない、かな……?」
前世は勇者エリーズだったという英理香は、真央をにらみつける。
すると真央は急に覇気を失い、はぐらかし始めた。
英理香は気を良くしたのか、嬉々としてパスタを巻きつけ、俺に差し出してきた。
「弓弦、あ~ん……」
めちゃくちゃ恥ずかしいな……
俺はそう思いつつ、英理香からカルボナーラをもらう。
カルボナーラはとてもおいしかった。
色んな意味で。
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