魔物討伐

　ヴァンダイム領。

　他国との国境を守る辺境の地で、内外からたくさんの行商人がやってくる流通の要。

　ただ、最近は不正が横行し、通行税が跳ね上がってからはヴァンダイム領を通る人間の数は極端に減っていた。


　これならば通行税を減らしてしまえば良いんじゃないか？

　とか思うが、下手に貴族として動くと目立ってしまう。ただでさえ、危険な綱渡りをするんだ。

　極力目立つことは避けておきたいな。


　ヴァンダイム領の町の中は一般的な作りで、外敵から守るように壁がそびえ立っている。

　そんな町の中央には噴水広場があり、その周りには人が集まるギルドや酒場、商店といった店が並んでいる。

　西側に今まで俺がいたヴァンダイムの館。

　東側には通行用の城門があり、南側と北側にはそれぞれ住宅街が広がっていた。

　ただ、その住宅街にも特色があり、南側は少し金を持っている裕福な者が、北側は貧困な者がそれぞれ住んでいた。


　昨日反乱を起こしたのは、北側に住む貧困した者たちだったらしい。


　……南に住む者が反乱に加担していなかったと言うことは金さえあれば反乱は起きない？

　もしそうならば、さっさと金を配って自分の命の安全を確保したいところだが、そんな簡単なことでもないだろう。


　用事がない限り貧困街へは出向かない方がいいだろう。


　それにしても、町の中だけを見ているとそんなに貧困に喘いでいるようには見えないな。

　大通りはタイルが敷かれ、石造りの建物が立ち並んでいる。

　しっかり整備された町並みが広がっている。


　しかし、どこか臭気が漂ってくるのは気のせいだろうか？



「中世くらいの町並み……と考えるとおかしいこともないか」



　衛生面に不安が残るが、これも元からなら気にする所ではないだろう。


　情報を仕入れるならやはり人がいないと始まらないが、館の前には誰もいない。

　反乱が起きたばかりだから仕方ないだろう。


　……まぁ、反乱がなくても嫌われている貴族に近づいてくる国民はいないか。


　わざわざ俺が仮面をつけているのもそれが理由だからな。

　思わず苦笑いをしてしまう。


　人が集まる……となるとやはり酒場か。

　場所は中央広場から少し東に行ったところにあるな。

　ただ、中央広場には冒険者ギルドがある。

　俺の正体に気づかれないように注意しないとな。




◇◇◇




　町の中央にある広場まで来ると、疎（まば）らながらも人の姿を見かけるようになる。


　俺の姿を見て、どのような反応をしてくるかと思ったが、意外と驚く人はいない。

　ここまで変わった姿をしてるんだけど、意外と冒険者とかに思われているのだろう。

　それはそれで俺からしたら好都合だった。


　俺が公爵子息ということもバレてないようだし、この姿なら外出しても問題なさそうだな。

　そんなことを思いつつ、近くにいた人たちの会話に耳を傾ける。



「聞いたかい？　革命軍のメンバーが全滅したらしいよ」

「あぁ、聞いた聞いた。だからその程度の人数じゃ足りない、と言ったんだ」

「おいっ、あいつ……」



　俺の方を見て声を落とす人たち。



　怪しいやつと思われたのか？　姿だけ見たら仕方ないか。



　でも、ここはもう少し込み合った情報を得たいところだな。

　目を凝らしてよく見てみるが、誰も武器はもっていなさそうだ。

　これなら万が一にも襲われる可能性はないか……。


　改めて噴水近くに置かれたベンチに腰掛ける。

　すると、先ほどの人たちが声を落として更にヒソヒソ話し出す。



「あの人、見たことのない顔だけど冒険者かな？」

「けっ、ギルドの犬が！」

「そんなこと言うもんじゃないよ。聞かれるだろう？」



　それだけいうとそそくさとその場を去っていった。

　余程まずいことを言ったと思ったのだろう。



　ギルドの犬か……。

　どういうことだろう？

　冒険者ギルドは困った人の依頼を受けている場所ではないのだろうか？



　先ほどの話だと、すごく嫌われているように見えた。



　一体ギルドに何があるのだろうか？



　少し気になったものの直接聞くわけにはいかない。

　どう考えてもギルドに都合の悪い話なのだから――。


　ただ、貴族の評判はやはりかなり悪いようだ。

　ちょっと歩いただけで簡単に不満の言葉を聞くことができる。



　きっかけ一つで爆発しそうだな……。

　その兆候はしっかり調べておく必要がある。



　さて、次は住宅街の方を――。

　中央広場から離れようとした瞬間に、近くの酒場から悲壮な声が聞こえてくる。



「畑に魔物が現れたんです……。でも、ギルドが依頼を受けてくれなくて――」

「それで俺のところに来たんだな。あんた、なかなか見る目がある。この俺に任せておけば、魔物の一匹や二匹くらい余裕だ」

「……他に頼める人もいないんですよ。今この町で仕事を請け負ってくれるのはブライトさんだけになりますから――」

「ギルドの連中がこんな依頼受けるはずないし、人助けをしていた連中は捕まっちまったからな――」

「それじゃあ、よろしくお願いします」



　それからしばらくすると包帯を巻いた男とスキンヘッドの大男が酒場から出てくる。


　どうやら俺とは別に困った人間の依頼を受けている人物がいるようだ。

　筋骨隆々とした肉体をしており、自身の筋肉が防具だとでも言いたげに服装はかなりの軽装だった。



　ただ、畑に魔物か……。

　巡回兵はいないのか？



　思えば館にいた兵もかなり少なかった。



　もしかして、兵を雇う金も出し渋っているのか？

　改めて調査をしておく必要があるな。



　実際に畑がどういう状況なのかを確認しようと俺はまっすぐに城門の方へと向かっていく。

　しかし、既に日も暮れてしまっている……ということもあって、城門は完全に閉まっている。


　確かに夜、みんなが寝静まっている時に襲われても困るか。

　一応城門側にも兵はいるが、開けてくれるかどうかは話してみないとわからないか……。


　早速門番に近づいていくと威圧感のある声で言ってくる。



「怪しい奴、何のようだ！」

「町の外に出たいのだが？」

「この時間は出ることができない！　夜は閉じている規定となっている」

「どうしても、か？」

「例外はない！」



　ここまで強めの口調で言われたら仕方ないだろう。

　俺の正体をバラせば通らせてくれるのだろうが、そんなことをするわけにもいかない。

　仕方ない、畑の調査は明日の朝に行うしかないか――。


　中央広場へと戻ろうとすると、突然声を掛けられる。



「どうした？　なにかあったのか？」



　声を掛けてきたのは先ほどのスキンヘッドの男だった。

　確か、ブライト……と言っていたか？

　どう反応をするべきか一瞬迷ったが、なるべく俺自身のことがバレないように話し方から注意をしておく。



「町の外で用があったのだが、出られなくてな」

「この時間は門は閉まっている。……他の町でも同じだろう？」

「そうだな。また出直すとしよう」



　俺が背を向けようとすると、ブライトは少し考えながら言ってくる。



「……それは急ぎの用事なのか？」



　もしかして、門を通る以外の抜け道があるのだろうか？


　ブライトの口調だとその抜け道を知っていそうな素振りがあった。



「……どこから抜けられる？」

「ちょうど俺も行くところだ。案内してやる。付いてこい」



　ブライトは背を向けると早足で歩き出したでの、俺もそのあとに付いていく。




◇◇◇




　一度中央広場へと向かったかと思うと、まっすぐ貧困街の方へ向かっていった。



「貧困街……か」

「問題でもあるのか？」

「いや、何もない」



　流石に危険があるのでは……と思うが、今は仕方ない。

　それに何度も通ったことがありそうなブライトも一緒にいる。

　心配することは何もないはずだ。



　マントの下にある巻物に軽く触れる。



　……ただ、いざと言うときにはこれを使うしかないな。

　鼓動の音は速くなっているが、それを一切表情に出さないように注意する。

　とはいえ、仮面を被っているので、表情をごまかすのはまだ楽だった。



「その仮面……、顔が見せられない理由でもあるのか？」

「――」

「すまない、忘れてくれ。誰でも言いたくないことに一つや二つ、あるよな」



　ブライトから声を掛けてきたのだが、すぐに謝ってくる。



「いや、問題ない」



　一言だけ告げると再び場を沈黙が襲う。

　ただ、黙々と歩いていると貧困街の酷さがまざまざと見えてくる。



　鼻をつんざく臭いがどこから漂ってくる上に、建ち並ぶ建物も今にも崩れそうな木造の建物。

　賑やかだった中央広場と違い、どこか寂れている。

　さらに路地はろくに舗装されずに土が見え、その道の両脇には座り込んでいる人たちがまるで獲物を狙うような目を向けてくる。


　こういった場では隙を見せるとその瞬間に財布を取られたりする。

　だからこそ、俺は堂々とした佇まいでブライトの後を歩く。



「そういえば、どうして声を掛けた？」

「……どういう意味だ？」

「確かに困っていたとはいえ、この格好だ。怪しいとは思わなかったのか？」

「あぁ、そのことか。困っている人を助けるのに理由などいるか？」



　なるほど……。強面な見た目に反して、大が付くほどのお人好し……ということだな。



「そういえば先ほどは中央広場にいなかったか？」

「なんだ、見ていたのか。あぁ、そうだ。酒場で依頼を受けた後に武器を取りに宿へ戻っていたんだ」

「武器……か」



　確かにブライトの背中には巨大な斧が背負われていた。



「お前はそんな華奢な体で大丈夫か？　外は魔物が出て危ないぞ？」

「問題ない。戦い方はいくらでもあるだろう？」



　口ではそう言いながらも内心心配していた。


　もし魔物が襲いかかってきたらどう対処するか――。

　いや、畑の様子を見に行くだけだ。

　いざというときはブライトが側にいるからどうにでもなるだろう。



「それもそうだな。そういやあんた――。すまない、まだ名前も言っていなかったな。俺はブライト。この町で何でも屋をしている」

「そうか……」



　流石に本名をそのまま伝えるわけにはいかない。

　偽名を名乗るしかないだろう。



「……アインだ」

「よろしくな、アイン」



　思いのほかあっさり信じてくれたようだ。

　ブライトが手を差し出してくる。

　しかし、それを手に取ることはなかった。


　すると、ブライトはばつが悪そうに頭を掻いた後、手を引っ込める。

　心が痛んだが、まだ完全に信頼できる相手ではない。

　下手に命を狙われる恐れがある以上、警戒しておいて損はないだろう。


　そして、再び無言で歩いていると街を守る外壁が見えてくる。

　ただ、どういうわけか人が一人通れるくらいの穴が開いていた。


　これだと外壁の意味がないじゃないか……。


　いや、でもこの時間で外に出られる唯一の場所ということか。


　ブライトは迷うことなくこの穴から街の外へと飛び出していた。

　それに続いて俺も町の外へと出ていく。




◇◇◇




「ここまででいいか？　俺は畑の方に用事があるんだ……」

「あぁ、助かった。――いや、お前の用事も手伝わせてもらおう」



　ブライト自身がどのくらいの力を持っているのかも見てみたかった。

　しかし、ブライトは眉をひそめていた。



「――金なんて払えないぞ？」

「ここまで案内してくれた礼だ。気にするな」

「俺一人でも十分なんだがな――」



　ばつの悪そうに頭を掻くブライト。

　ただ、大きくため息を吐くと頷く。



「わかった。その代わり、俺の後ろから援護だけしてくれ」

「あぁ、任せるといい」



　そのあと、ブライトとまっすぐに畑に向かう。


　そして、しばらく待つと不安な気配を撒き散らせながら、漆黒の狼がその目を光らせて突っ込んでくる。


　どうやらあれがこの畑を襲った魔物のようだ。

　ブライトは真正面から大斧を振りかぶる。

　かなりの速度で横薙ぎされた大斧を狼はあっさりとかわしてしまう。


　そして、お互いに距離を離していた。



「くっ……、まさかシャドウウルフがこんな町近くまで……」

「――強いのか？」

「Ｂランク相当の魔物だ。俺一人だとまともに勝てるかどうか……。とにかくアイン、援護を頼む」

「任せておけ。それよりもむやみに突っ込みすぎだ」



　魔物は本能で動いているので、基本的に攻撃は単調だ。

　それに対してブライトも同じように斧を振りかぶって攻撃を繰り返すだけ――。


　わざわざ相手に合わしてやる必要もない。



「し、しかし、攻撃を加えないと――」

「こうすればいいだろう」



　俺は巻物に魔力を込めるとその瞬間に、シャドウウルフを囲むように土の壁が飛び出してくる。高さは一メートルほどで、それほど高いというわけでもなかった。

　シャドウウルフは突然出てきた壁を警戒して一瞬動きを止めていたが、すぐに囲まれたとわかり、必死に壁に突っ込んだり、爪でひっかいたりしていた。



「おいっ、当たってないぞ!!」

「いや、これでいい。あいつの身動きは封じた。あいつがここから逃れるには――」

「……っ!?」



　四方を覆われた以上、逃げ道はジャンプして飛ぶしかない。逃げる方向は決まっている。

　そのことに気づき、ブライトはハッとなると大斧を持つ手に力を込める。

　そして、壁を飛び越えてきた瞬間に全力の一撃をたたき込むと、そのままシャドウウルフは真っ二つに切られていた。

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