暗躍貴族の保身的救済 ~死にたくないので救国します!〜

空野進

救済決意

 もっと長生きがしたかった……。

 もし神様が本当にいるのなら来世は命の心配がない平穏な暮らしを――。


 高校三年だった俺は突然の事故によって、その命を落としてしまう。

 ぼんやりと消えゆく意識の中、願ったのは来世こそは天寿を全うすることと平穏な生活。


 その願いが通じたのか、次に意識を取り戻したときには俺は広い部屋に寝かされていた。




◇◇◇




 ルフトゲルム大陸一の広さを誇る北東に位置するヨルト王国。そこの公爵であるヴァンダイム家。

 俺はどうやらヴァンダイム公爵の子息であるクロウリッシュ・フォン・ヴァンダイムに転生したようだ。

 クロウリッシュだったときの記憶は全く残っていないが――。

 ただ、側にいた医師から病によって数日間意識がなかった、という話を聞かされた。

 その上で今の状態を調べてもらったのだが――。



「お体はもう大丈夫ですね。健康そのものです。ただ、目覚められたばかりだからか、少し記憶に混乱が見られますね。ゆっくり休んでください」



 それだけ言うと医者は帰っていき部屋には俺とメイドだけが残されていた。

 せっかくなのでこの家のことを教えてもらう。



「あの……、すみません……。ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが?」

「えっと……、そんなにかしこまられると恐れ多いです――」



 立場的に公爵子息である俺が敬語を使ったら困ってしまうか。



「……わかった。それよりも両親の姿が見えないが――?」

「旦那様は王都に行かれてます。奥様はその……クロウリッシュ様をお産みになったときに――」



 だから、病気の俺を見ていたのがメイドだったんだな。



「なるほど。あと、可能な限り前の俺の事を教えてもらえるか?」



 それからメイドに詳しく教えてもらったのだが、元の俺は勝手気ままに生活をしていた温室育ちの貴族……だったらしい。

 いかにも悪役にありがちな人間だ。



 ……さすがに「悪を討て!」みたいに殺されたりはしないよな?

 せっかくの新しい命。俺は慎ましやかに生活するのだから……。




◇◇◇



 嫌な予感はどうして当たるのだろうか……。



 ゆっくり部屋で療養生活を送っていたのだが、突然外から怒声が聞こえてくる。



「貴族を倒せ!!」

「俺たちは奴隷じゃないぞ!!」

「俺たちの生活を返せ!!」



 な、なんだ!?



 突然の出来事に驚き、慌てて窓に駆けよって外を見る。

 すると、遠目に剣や槍といった武器を構えた男達が何人も見える。

 軽く見ただけでは数え切れなかったが、おそらく十人以上いるだろう。



 この屋敷が襲われている?

 と、とにかく、今は逃げるしかないか……。



 慌てて身支度をする。

 マントを羽織り、碌に使えない剣を携えて扉の方へと向かう。


 すると、扉の前に立った瞬間にノック音が聞こえてくる。

 そのタイミングの良さに思わず一歩下がり、悲鳴を上げてしまう。



「ひっ!?」

「く、クロウリッシュ様!? 悲鳴が聞こえましたけど、どうかしましたか?」



 扉の外から聞こえてきたのは、この館に住むメイドの声だった。

 俺が悲鳴を上げたものだから慌てた様子を見せている。


 そうだよな……。

 冷静に考えると襲ってきたやつが丁寧にノックなんてするはずないな。

 ここまでメイドが来るということは館内は危険はないのだろう。

 早まる鼓動を抑えるために大きく深呼吸をして、そのあと普段通りの声を出す。



「いや、何でもない。入ってくれ」

「失礼いたします」



 ゆっくり扉が開くと、メイドが軽く俺に対して一礼してくる。



「それで何かあったのか?」

「はい。すこし屋敷の表で騒動がありましたが、すでに兵が動いておりますので、まもなく収まると思います。クロウリッシュ様はお怪我をされていませんか?」



 この館もしっかり警備をする兵がいるようだ。

 普段から訓練をしている兵に、武器を持っただけの平民が勝てるはずない。



「あぁ、それは助かる。それと怪我はしていないので大丈夫だ。それよりも暴動は頻繁に起きるのか?」

「いえ、今まではもっと少人数で騒ぎにはなってなかったので、クロウリッシュ様のお耳にまで入らなかったのかと――」


 やはり、今までも起きていたのか……。

 もし、この館に兵がいなかったり、襲ってきた奴の人数がもっと多かったら……、と考えると背筋が凍ってくる。


 何とか怒りを宥めてもらわないと俺に待ち受けるのは死か……。


 表情には出さないものの、心の中で俺はかなり焦っていた。



「騒動の理由はやっぱり俺の生活態度か?」

「いえ、その――」



 メイドは一瞬躊躇っていた。しかし、再度俺が聞くと観念したように答えてくれる。

 その教えてもらった事実に、思わず天を仰ぎ見てしまった。




◇◇◇




 メイドが部屋から出て行ったあと、もう一度先ほど教えてもらった事実をまとめていく。


 どうやらこの国は貧富の差が激しいようだ。

 一部の貴族や王族がかなり富んでおり、その分国民たちが貧困に喘いでいる。


 かなりの重税を科せられ、食べていくのがやっとの国民たちは、すでに我慢の限界でいつ感情が爆発してもおかしくなかったらしい。

 先ほどの騒動もそういう事情から起こったようだ。



 やはり今までの生活環境が原因じゃないか!?

 恨むぞ、今までの俺……。



 何も手を打ってこなかった前のクロウリッシュのことを歯がゆく思いながらも、これからのことを考える。


 今はまだ館にいるヴァンダイム家お抱えの兵士で抑えることができている。

 しかし、兵士の数もそれほど多くないので数で攻められてしまったら、いつ負けてもおかしくない。

 そして、先ほどの話が本当なら敵は国民全員と言うことになる。


 少ししかいない貴族だけで、残り大多数の国民を相手にして勝てるだろうか?

 ……どう考えても無理だ。


 国民たちに負けるようなことがあれば……公爵子息の俺は間違いなく殺される。

 せっかく転生したのに、また死ぬのは嫌だ。



 どうすればいい――?

 国に助けを求める? ギルドの力を借りる? それとも国民たちにへりくだる?



 脳内で色々な考えがぐるぐると回る。

 しかし、決断するにはどれも情報が足りない。

 失敗は死だ。万が一にも失敗するわけにはいかない。


 本当にここまでなるまでどうして放置していたんだ……。

 いや、まだ取り返すことができるはず。とにかく今は生き延びるならどんなこともするしかない。そのためには少しでも成功の確率が一番高い方法を探し出すしかない――。




◇◇◇




 まず手始めに執務室へとやってきた。

 ここにはたくさんの難しい書物や公務の書類が置かれている。国の事情を調べるにはここ以上の場所はない。

 とにかく今の俺には情報が足りない。

 生き残るためには徹底的に調べ上げないと!


 そして、数日間執務室にこもって書物を調べ上げていくと目を疑うような事実が見えてきた。


 国民から徴収された税はその大半が横領されており、そのせいで軍備が整えられずに王国が抱えている騎士団はかなり弱体化している。

 鎧や剣といった装備はもちろんのこと、碌に給金を貰えずに有能な人材は騎士団を止めていったようだ。


 すっかり弱体化している国を頼る案は没だな。


 それならばギルドを頼り、高ランク冒険者を雇うのも考える。

 ヴァンダイムは公爵家だ。それなりに金はある。

 でも、それも問題がある。

 あくまでも冒険者は金で雇われている。つまり、相手がそれ以上の金を出してきたら簡単に寝返るわけだ。

 貧困に喘いでいる国民たちに出せる額ではないだろうが、この王国の不正具合を見る限り、他の貴族から妨害が入ることは十分に考えられる。

 国民のことは考えずに他人を陥れることしか考えないような連中だ。

 その可能性が拭いきれない。

 失敗が俺の死につながる以上、この選択肢も選ぶわけにもいかない。


 そうなると国民たちの手助けをして、命だけは見逃してもらう……という方法か。

 積極的に反乱に加担していく……。


 そもそも俺自身、まともに戦ったことがないぞ?


 それに俺が貴族というだけで襲ってきそうだ。味方から殺される以上に怖いことはないな。


 ……ちょっと待て。すでに八方塞がりじゃないか??


 状況を調べれば調べるほど、俺に不利な情報が浮かび上がってくる。

 このまま反乱が起こったらどう考えても殺される未来しかない。

 反乱が起こったら――。


「っ!? そうか!! 反乱が起こったら殺されるなら、起きるのを防げば良いんだ! 未然に防ぐために動く。それしか今の俺に生き延びる道はない。反乱の理由が国民達の不満なら、それを取り除けばいいだけだ」



 唯一見えてきた解決方法に俺は安堵の息を漏らす。

 しかし、それはそれで問題が残っている。


 もし、堂々と国民たちを助けてしまうと、俺が国に反乱していると思われないか?

 弱体化しているとはいえ、俺一人で相手にできるほど国も弱くない。

 反乱者だと思われたら、あっさり殺されてしまう。


 それならば、俺の正体は隠して行動するしかないな。


 何もしていないのに殺されてたまるか! 俺は絶対に生き延びてやるんだ!




◇◇◇




 活動すると決めてから数日間、準備に努めていた。

 館の兵たちには国民の様子を逐一確認させ、反乱の兆候を逃さないように努めあげ、その間に俺は正体を隠す仮面とマントを準備した。

 闇夜に紛れる黒のマントと白銀に光る顔を隠す仮面。


 こんな姿をしたまま昼間に歩いていたら怪しい人物だと思われるだろうが、貴族だと知られるよりはマシだ。

 どこまで俺の顔が知られているかわからないが、万が一をなくしておきたい。


 ただでさえややこしい状況なのだ。無用なトラブルは減らしていくしかないだろう。

 そのためにもあまり目立つ行動は避けないとな。


 国に目をつけられるといつ襲われるとも限らない。行動は隠密に――。


 あとは行動を共にしてくれる奴も探さないといけない。

 俺自身が戦えない以上、それは必須だ。

 それに一人だとできることに限りがある。


 まずは仲間を探すことが大事だろう。

 でも、仲間が裏切ってくることなんて定番だ。

 本当に信頼できる相手じゃないかぎり、俺の正体は教えるわけにはいかない。


 ただ、こんな仮面姿のやつと一緒に行動を共にしてくれる奴がいるのだろうか?

 ……怪しげな見た目である以上、それ以上の能力を見せつけるしかない。


 あとは金か……。

 命には代えられない。使うべきところで使っていくしかないな。



 更にどのように動いていくかも問題だ。

 一人、二人の不満を解消したところで大なり小なり不満を持つ人間がいたら反乱が起きてしまう。でも、すぐに止められなくても最悪、反乱を制御できれば俺自身は殺されることを防げる。


 とにかく、今は行動あるのみだ。

 この館に置かれていた書物はあらかた読みあさった。

 ぼんやりとこの世界についてはわかったが、俺には外の情報がほとんどない。まずは状況を確認するところから始めないと。


 さすがに数日前に暴動が起こったばかりなので、使用人達が反対してきそうだが今は時間がない。隠れて出て行くしかないな。


 仮面を付け、マントを羽織った上で剣を携える。

 あとはいざというときのために、魔法が込められた巻物を手に取る。


 これは魔力を込めただけで魔法が使えるという代物だった。

 魔法の教育も受けてきたので簡単なものなら使うことができるのだが、魔法には詠唱が必要になってくる。

 それも高威力の魔法を使おうとすればするほど、長い詠唱時間が必要になる。


 しかし、この巻物は魔力を込めるだけで一瞬で発動してくれるのでいざというときには役に立つ。

 かなり高価なものになるのだが、貴族たちはもちろん、高位の冒険者達も何本か隠し持っているという話は聞く。


 命を守るためだ。それに勝るものはない。


 それを数本、マントの下に隠し持っておく。

 いざ襲われたときにはこれを使って逃げる時間を確保すれば良いだろう。


 万全の対策をしたあと、俺は使用人達に気づかれないように館を出て行く――。

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