第三七段 思案橋横丁・浜町小路
長崎を離れて初めて、通い慣れた店の有難みを知った。
無論、その地ごとに行きつけの店を作るのを欠かすことはないのであるが、やはり呑兵衛として育てていただいたという歴史を考えれば後背地の存在は心強い。
帰省をする度にそれらの店を回るのであるが、いつも自分の財布と肝臓の力弱さに愕然とさせられる。
時間も少ない。
それでも、もろもろの条件が許す限りは回り続けることとなる。
これらの店が並ぶのは、思案橋通りを挟んだ浜町と思案橋の小路である。
飲み屋街という意味では銅座界隈の方が良いのであろうが、私はそれよりも個性豊かなアーケード街の外れが好みである。
これを肥後の地で置き換えれば下通よりも上通を好むようなものであるが、熊本では下通の方が好みである。
つまり、そこに大きなこだわりはなく、純粋に好みの店があるところが私の好む町でしかないということである。
まず、銅座方面に目を向ければなんといってもおでんの「桃若」と餃子の「宝雲亭」の両雄が堂々としている。
一方で、アーケード方面ではバー二軒に餃子の「雲龍亭」にとんかつ「浜勝」の本店に寿司に洋食にと歩き回ればきりがない。
これらの店を選ぶ時の思いは古代の英雄にも勝るとも劣らない。
ただ、実家が蛻の殻となってからは「桃若」さんか二軒のバーのいずれかは欠かすことができない場となっている。
いずれも気の置けない店で、いずれも昔の話に華が咲く。
私という風船が長崎という土地に紐づけされているのは、これらの店の存在が大きい。
もし、長崎から夜の街が失われようものなら、この身は自由ではなく根無し草となるだろう。
この宵は 浮気と決めて 街を行く 肥後への心 堕とすほろ酔い
最後に、長崎での酒の締めであるが、五島うどんで上品に見せかけるか大蒜漬けのラーメンに限る。
これもまた実家での浮気か。
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