魔法少女エンジェルミサティー2 ~ここが逆ハーレムだと、いつから錯覚していた?

譜楽士

と、いう夢を見たのだ

 朝起きたら、女になっていた。


「……え?」


 湊鍵太郎みなとけんたろうは呆然と、自分の身体を見下ろした。

 男子としては若干小柄だったはずの体躯は、さらに小さくなって寝巻きがぶかぶかになっている。

 あるはずだったものがなくて、ないはずだったものがある。

 え、なにこれ――と思ったとき。

 なぜか聞き慣れた声がした。


「魔法の力なのです!」

「なんで俺の部屋にいるんですか、先輩ッ!?」


 ふたつ上の先輩である春日美里かすがみさとが、なぜかえらくファンシーなコスチュームでそこにいた。

 魔法少女とでもいうのだろうか。しかしもう十九のはずの彼女を少女というのは、その豊満な胸もあって若干抵抗があったのだが――まあ、着てるんだからしょうがない。ついでに男のままこの姿を見たら生唾を飲み込んでいたと思うが、今は女なのでしょうがない。

 そして、当の彼女はこの展開に心当たりがあるようだった。後輩の問いに美里は、「ふふん」と得意げに笑って答える。


「今のわたしは春日美里ではありません! 魔法少女・エンジェルミサティーです!」

「いや、そういうこと言ってるんではなくて……え、魔法!? なにこれ、先輩がやったの!?」

「はい、そうです! 前々から言ってましたよね! 湊くんはちっちゃくて細いから、女装すると似合うって! でもあのときは着てもらえなかったから、どうせだからということで女の子にしちゃいました!」

「どうせだからって何!? 男として見てもらってなかったっていうのを、まさかこんな形でまざまざと実感させられるとは思わなかったわ!?」

「うふふ。かーわいい♪」


 そう言って美里――エンジェルミサティーが差し出してくるのは、学校の制服だ。


 ただし、女子の。


 得体の知れない恐怖に息を呑む鍵太郎に向けて、エンジェルミサティーはにっこりと告げる。


「はい、制服をスカートにしておきました! さあ湊くん、これを来て学校に行くのです!」

「絶対にいやだあああああっ!?」

「大丈夫です! 外の世界も色々諸々、変えておきましたからね!」

「それはいったいどういう――!?」


 そう、言いかけたところで。


 先輩に服を脱がされた。

 ついでにブラジャーもつけられた。


 ♂⇔♀


「……下着まで念の入ったサポート、ありがとうございます……」


 ぶつぶつと言いながら鍵太郎は、教室に向かっていた。

 あれから先輩に色々いじられたり写真を撮られたり、とても魔法少女から受けるような仕打ちではないことをされた。なんというか倒錯していた。我が先輩ながら変態だと思った。

 スカートがスースーする。ブラジャーがきつい。

 女の人っていつもこういうのしてるのか。そりゃあの人が苦しいからって楽器吹くときに外してたのもうなずけて――


「オイコラちょっと待てえい!?」

「……ああ?」


 ある男子生徒の前を通ったところで、なんだか因縁をつけられた。

 誰かと思って振り返れば、そこには誰かに似た姿があった。


「気づかないとはどういう了見なのよ!? 男になってもそんな扱い――」

「……えーと」


 その生徒をまじまじと見て、鍵太郎は首を傾げた。どこかで彼を見かけたことがある気がする。

 短い黒髪に薄いメガネで、こちらを怒鳴りつけてくる表情。

 それは――


「あ。池上俊正いけがみとしまさか」

千渡光莉せんどひかりよ!?」

「あー、千渡かあ」


 なるほどなあ。この二人、本当に似たもの同士だ。きっとどこかで、池上俊子ちゃんが同じように怒鳴っているに違いない。


「なんかこれ、あんたが原因だって聞いたんだけど!? なんとかなんないの!?」

「なんとかって言われてもなあ……」

「光莉ちゃん光莉ちゃん。湊くんが困ってるよ」

「お……」


 なんとなく予想がついて振り返れば。

 そこには、超絶美少年が困ったような笑みを浮かべて立っていた。


「あ、宝木さんか」

「ああ。よくわかったねえ」


 嬉しそうに言ってくるのは、宝木咲耶たからぎさくやだ。澄んだ眼差しは男になっても相変わらずで、整った顔に優しそうな表情はこちらから見てもかなりモテそうではある。


「こうなったら、私がお寺を継ぐことになるのかなあ。その場合、お嫁さんを探さないとね」

「あれ……?」


 なんだか、こっちの宝木さんには少し、押しの強さを感じるなあ――と思っていると。


「みーなとー!」

「ぎゃああああああああ!?」


 背後から飛び掛られて、なすすべなく廊下に倒れこむ。男だったときなら踏ん張りが利いたが、どうもこっちだとそうもいかないらしい。


「どけ、浅沼っ!」

「えー。けっこういい体勢なんだけどなあ」


 ただでさえ長身だった浅沼涼子が、自分を押し倒す格好でのしかかっている。コイツは無邪気に笑ってるけど、これ客観的に見たらかなりヤバいんじゃないか――と思ったとき。


「はい。手を出して、湊」

「あ、ああ……」


 倒れている自分に、手を差し伸べる男子生徒がいた。切れ長の目に、やはり均整の取れたしかし長い手足は片柳隣花かたやなぎりんかだろう。

 手を借りて立ち上がり、ぱんぱんと制服を叩く。涼子は光莉と咲耶が助けているので、あっちはあっちとして――


「大丈夫? 怪我はない?」

「なんでそう言いながら壁ドンの体勢になってるのかなあ、片柳さん!?」


 男になってもやっぱり、取って食われそうな危機感を覚える人物である。というかこの位置関係、マジで怖いんですけど。カツアゲされてるみたいで、マジ怖いんですけど。


「女の子になっても湊はモテモテだねえ」

「逆ハーだね、逆ハー!」

「おまえらは結局、全然変わらねえなあ!?」


 やっぱり二人セットの越戸ゆかりと越戸みのりに、壁ドンされている姿勢のまま鍵太郎は突っ込んだ。男になってもやっぱりこの二人はこうらしい。


「ていうか男でそれはちょっとウザいぞ!? 二人ともそこそこカワイイ系だから、まだなんとかマシだが――」

「あはは。でもこれだと、あのときの『二人いっぺんに相手してもらうよ』にはまた、別の意味が生まれてくるよね湊?」

「むしろこっちのほうが、一部の男性読者には需要が――」

「ねえよ! エグいよ! こいつら男になって、さらに発想がエグくなってるよ!?」


 『その絵』を一瞬想像してしまって、怖気に震えつつ叫ぶ。なんだ。なんだこいつら。この双子に限らず、なんだか男になったこいつらはやたらぐいぐいと――


「嫌よ嫌よも好きのうちっていうじゃなーい? にゃはははははは」

「こいつは本当におっさんじゃねえかああああああ!!」


 高久広美がコーヒー片手に絡んできたので、鍵太郎は貞操の危機を感じて逃げ出した。

 後ろから「待てえーい! なんで私が女のときより胸があるのよあんたはーッ!!」という光莉の声が聞こえてきたが、答えるのが怖かったのでダッシュで振り切った。


 ♂⇔♀


 それから、いろんな人に会った。

 本気で怖い男版ちびっこ鬼軍曹に、怜悧で孤独な雰囲気の静かなるタカ派。

 図書委員みたいなあの人には読書の横目でものすごい冷たく見られ、失言大王の後輩には元気に罵倒され、引っ込み思案の後輩は男になってまで守ってあげなきゃオーラ全開だった。

 男になっても全く違和感のない顧問の先生に、天真爛漫に魅力を振りまく残念美女、なんかドーナツ食べてたちょっとぽっちゃりさんにエトセトラエトセトラ。


 みんな積極的に、自分に絡みに来た。


「ぜはーっ……ぜはーっ……!」

「さて湊くん。どうですか、一日女の子生活は?」

「勘弁してくださいッ!!」


 息を切らして屋上まで逃げてくると、そこではエンジェルミサティーが、のんびりお茶をしながらくつろいでいた。


「ていうか先輩、大学は?」

「大学生は暇なのですよー」

「暇つぶしなんですか、これ……?」


 自分は優しくされたり迫られたり押し倒されたり罵倒されたり、ドキドキッ☆乙女ゲーみたいなことをされまくったのだが。

 女の人って、こういうの喜ぶのかなあと鍵太郎は首を傾げた。逆ハーだのなんだの言われたが、日常でこんなのされたら対応に困らないだろうか。

 というか少々がっつかれてはいるものの、正直やられていることは男のときとあんまり変わらない気がする。

 そんな思いから、鍵太郎は美里の問いに答えた。


「まあでも……別に男だろうが女だろうが、あいつらとの付き合いはそんなに変わらないんじゃないかと思いましたよ」


 きっとこのまま部活に行っても、合奏の音はそんなに変わらないんじゃないか――今日これまでみなと話してきて、鍵太郎はなんとなくそんな印象を抱いていた。

 身体の大きさとかもあって細かいところは違うかもしれないけど、たぶん根本は、ずっと一緒だと思う。

 だから別に、男でも女でも変わらないのだ。まあ身体は元に戻してほしいけど、それはそれで、そう思えたのは確かだった。


「ちょっと安心したっていうか。どんなになってもやっぱりこいつらはこいつらなんだって思ったというか……」

「そうですか。みんな変わらず仲良しで元気そうで、よかったです」

「先輩……」


 なんだかんだ言って、卒業した先輩は自分たちのことを心配してくれていたのだ。

 騒動にはなったが、彼女のおかげでこうして仲間たちとの関係も確認できたことだし――これでよかったのかもしれない。


 めでたしめでたし――と鍵太郎が思っていると。

 エンジェルミサティーはひとつうなずいて、衝撃のひとことを放ってきた。


「では、湊くんだけ元に戻して、今度は禁断のカップリングを楽しみましょう」

「そうそう、俺だけ元に戻して……って、おいいいいいいいっ!?」

「わたしそういうの嫌いじゃない、嫌いじゃないですから!」

「知ってますよ!? むしろ大好物だってこと知ってますよ!?」


 この人のそういう趣味は、大学生になっても相変わらずのようだった。というかむしろ、ちょっと大人になってちょっと過激になっているらしかった。

 エンジェルミサティーは目を爛々と輝かせて、言う。


「だってほら、男でも女でも変わらないんでしょう?」

「そういう意味じゃないッ!! そういう意味じゃないんですッ!! いやあああ、それだけは勘弁してくださいいいいい!!??」


 男女関係ない魂の叫びも虚しく――

 湊鍵太郎はいつもの、慣れた身体に戻された。


 ♂⇔♂


 合奏ではいつもの、でもちょっぴり力強い音が響いていく。


「ハーレムですね、湊くん♪」

「断じてちがあああああああう!!」

「なによ。気に入らないわけ?」

「まあ悟っちゃえば、男も女も関係ないしねー」

「一緒に練習しよ湊ー」

「本気を出せばもっとできないことも――」

「ハーレムだー」

「逆ハーだー」

「てめえらうぜえぞおおおおおおっ!?」

「うふふふふふふふ♪ 仲良きことはよきことかなー」


 その音と絵面を存分に堪能して――

 大学の暇つぶしに来た先輩は、大満足で帰っていった。

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魔法少女エンジェルミサティー2 ~ここが逆ハーレムだと、いつから錯覚していた? 譜楽士 @fugakushi

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