第9話 さなたんと推し変

 会場は騒然としていた。早苗は隣で不敵に微笑む少女を見て呆気に取られていた。この子は一体何をしたのか。キス、なぜ。脳内にクエッションマークが多数浮かび上がるが、その答えは観客の声で消されていく。




「百合、……ってことか。」




「さなたんの窮地を救おうとしたと捉えても神。」




「尊い。」




「あれはデキてるって。」




「仲を応援せざるを得ない。」




 会場内の風向きが明らかに変わっていた。早苗に対して罵声をあげていたらしい集団も押し黙ったらしい。いつの間にやら音に合わせて拍手が起こり、2曲めが流れ出す。舞台の前で汗だくのウォッチャーがマイクをひかりんに手渡している。




 マイクを手にした彼女の視線が早苗に向けられる。――準備は良いか、という目。小さく頷くと、早苗の踊りに合わせるようにしてひかりんも踊り、歌いだす。美しく虹色に光る照明の下でお互いの足が交錯し、二人の熱が会場に伝わっていく。歌も次第に綺麗にハモりだし、二人の笑顔が観客にも広がっていった。








 その様子を舞台袖で、見つめる少女がいた。庶民っぽい気取らない服装なのにどこか上品な雰囲気。れいにーは二人のダンスを観終わると、二人にスッと背中を向けた――。








 踊り終えた二人には惜しみない拍手とヒューッという口笛が鳴り響いていた。舞台が暗くなる瞬間、ひかりんが早苗の手を繋ぎ、観客はさらに盛り上がっていく。ひかりんの手は汗だくで熱を帯びていた。きっと早苗の手もそうなのだろう。二人は完全に照明が落とされて真っ暗になったところで笑顔を交わし、舞台袖へと消えていった。








 控室では相変わらずピリピリとした空気が流れていた。が、早苗がひかりんを連れてきたことで弾かれたように立ち上がりサササ、と1人の男がやってきた。




「ひひひひひかり、さんっ、ですよね。」




 早苗の一つ前の出番でマジックを披露していた男。彼は嬉しそうに頭を下げた。




「決勝、応援しています。」








 二人は裏口から外に出た。本当はこの後、展示今日の夜空は雲が覆っていていた。けれど、確かに雲の向こうでは無数の星が輝いている。




 不意に早苗の脳裏にぎゅうぅ、と目を瞑ったひかりんの姿が浮かび上がり、おかしくなって笑ってしまう。何よ、と少し唇を尖らせながらひかりんは呻いた。




「ききき、キスしただけじゃない。」




「でも、鼻はぶつかるわもう化粧が崩れそうなくらい目を瞑るしさぁ、」




「しょうがないでしょっ、勢いだったし、あれ、私の初キスなんだから、」




 え、と早苗は目を丸くすると彼女は耳まで赤くしていた。




「奥の手……オタク必殺レズキス。困ったらやればいいって、昔聞いたの思い出したら体が動いていたの。」




 早苗に目を合わさず、彼女はぽそぽそと言葉を続けた。何だか愛らしくなり、早苗はひかりんに抱き着く。




「ちょ、ちょっとーっ、離しなさいよっ。」




「ひかりん可愛いーっ。」




 もう、と言いながらひかりんは必死に抵抗する。と、パシャリ、というスマホの音がして、二人して同じ方向に向くと、アオケンと透がスマホを構えていた。




「あ、どうぞ、そのまま、俺らのことは気にせず、」




 アオケンが真顔で言った瞬間、二人共、パッとお互いの身体を離していた。








 本当はこの後、早苗はさなたんとして表の出入り口でプロマイドや余ったポスターを売る予定だったのだが、長居は危険だろう、というマスクマンの判断から全員ファミレスで反省会を開くことになった。れいにーは急用ができたから来られないらしく、ウォッチャーとマスクマンは全出演者のパフォーマンスを見てから合流するとのことだった。




 全員がテーブルについたところで、早苗は不意にそこが去年、婚活で偉そうな男と食事をした店の系列店であることに気付いた。場所が違うとはいえ、緑の楕円に赤い文字の店名は変わらない。前を向くと、男2人がメニュー表を覗き込んでどれにするか、なんて話している。隣のひかりんはメニュー表のカロリー欄を必死で目で追っている。店内は和やかな雰囲気。お金だってあの時よりよっぽど消費したし、ここまで来るのにだいぶ体力を使い果たしていたはずだが、早苗の心は踊っていた。




「どれが、カロリー低めかな。」




 ひかりんに声をかけると彼女は、どれも低めみたいだけど、なんて言いながら教えてくれる。うん、と早苗は相槌を打ちながら笑みを浮かべた。








「凄い。あんたとやるって宣言したら結構フォロワー増えてるっ。」




 ひかりんは結局欲望に負けて、口に思いっきりチキンを含みながら、はしゃいでいた。ひかりんのSNSのフォロワー数は1万から1000人近く増えていたらしい。欲望に負けてあれこれと食べてしまっている彼女の横で早苗は笑いながら、きちんと彼女の言う通りカロリー低めで体に良さそうなサラダとかをフォークで刺していた。




「そういえば、どうしてひかりん、舞台であんなすぐに歌って踊れたの。」




 不意に気になり、早苗はサラダを食べる手を止める。ひかりんはもぐもぐと口を動かしながら答えた。




「そりゃあんたが躍ってみたやら歌ってみたやらでデビュー曲を少し披露していたし、それで覚えていたのと、3日前にあんなことになってから、あんたが歌う予定だった曲が聴けなくなったら、と思ってあんたのファン――れいにーに訊き出したの。今日の服もあんたの衣装に合っていたでしょ。」




 そっか、と早苗は微笑む。目の前ではアオケンと透が口々に「尊い。」と言いながら合掌していた。仏像扱いされている。




「そんなことより、あんたの歌、どうやって作っているの。」




「えぇっと、まず、私が浮かんだ言葉やテーマをまとめて、それをアオケンに伝えて、アオケンからネットで作詞作曲活動をやっている人に依頼をして作ってもらってアオケン経由で教えてもらっている。」




「そのメモ、残っているの。」




 電話でアオケンに伝えていたから早苗の手元にメモは無い。ちらり、とアオケンに視線をやると、彼は鞄の中からごそごそと手帳を取り出していた。




「ここに、一応まとめてあるよ。」




 はい、とテーブルに手帳の該当するページが開かれる。そこには小さく整った字で早苗の言葉が綴られていた。文字だけ見れば、女の子のようだった。




「あー、これは、このままじゃ歌にならないわね……。プロに頼み続けた方が良さそう。」




 自分で作詞作曲できるなら一番良いと思ったんだけどね、とひかりんは呟く。そのままひかりんが手帳を手に取った時、うっすらと早苗の言葉の下に文字やら数字が書かれているのが見えた。




「ところで、これって何。」




 早苗が指差すと、慌てて、アオケンは手帳を取り戻そうとする。けれどそれを見越していたようにひかりんは手帳をひょいと取り上げ、早苗の言う箇所を眺めた。




「これは……作詞、作曲した跡、ね。」




 えっ。早苗が目を丸くしてアオケンを見ると彼はその大きな図体を縮こまらせながらぽつぽつと呟いた。




 ――早苗が婚活も上手くいかず、その上オーディションでもぼろぼろになって4人と初めて出会った日。でろでろに酔って4人でラブホに運ばれた早苗はベッドの上で泣いていた。……泣きながら、懐かしいアイドルの曲を歌っていた。その声に妙な希望を見出してしまった、という。その頃、ネットに作った曲を載せてみてもまるで視聴者は増えず、虚しさを覚えていた。だからこそチャンスに思えた。




「この子に賭けてみようって……。だから、絶対に誰も手を触れさせないように俺がラブホで待機して、皆で推そうってなった時には俺が作詞作曲しているのを隠すために衣装担当とか探して仕事を出すのも一手に担うことにした。」




 全部言い切ったアオケンの身体は震えていた。それから呻くように言葉を続ける。




「……けど、こんなことになって、さなたんを危険に晒してしまった。SNSでの監視も俺がやるよって言っていたのに、他のことで手一杯になってしまって……。」




 悪かった、と小さく口が動いた。そんな、と早苗が声をあげたところで、通路側からウォッチャーの声。




「いや、俺らが悪かった。お前に任せ過ぎた。」




 ウォッチャーとマスクマンがそこにはいた。








「じゃあ、アオケンはこれから作詞作曲に集中すること、透と俺はSNSの監視、問題が大きくなる前に対応する、で、マスクマンは舞台の打ち合わせを中心に、それと、プロマイドとか関連グッズは皆で分担ということで。」




 てきぱきとウォッチャーが改めて役割分担を決めている。テーブルに並べられた食べ物はだいぶ減っていた。全員が自身の役割について、異議無し、となったところで、透がはーあ、と溜息をついた。




「でもだいぶ赤字になったなぁ。用意したCDもプロマイドも全部おじゃんになったし。」




 途端、アオケンが、ごめん、と言いながらしょんぼりと肩を竦めるが、その肩をマスクマンは掴んだ。




「大丈夫。捌いた。」




 へ、と早苗、透、アオケンの3人が声をあげると、ウォッチャーがにやりと口を歪ませ、変な声を作った。




「わかんないけど、さなちゃん、一生懸命だから、ふっ、お、応援したいなって……こ、このプロマイド、全部、買うっ。し、し、し、CDは3枚、や、や、4枚、ありますかっ。」




「……オタクの鏡がいた。あれは俺も完璧なオタクとして認めざるを得ない。」




 マスクマンの説明になっているのかなっていないのか分からないコメントが付け加えられる。ともかく、要するに、早苗のグッズを大量に買っていった挙動不審なオタクがいたらしい。じわじわと喜びが広がり、早苗は隣のひかりんをぎゅーっと抱き締める。




「ちょ、ちょっと、苦しいって……っ。」




 早苗の腕の中でひかりんは抗議の声をあげた。








 次のコンサートはひかりんのユニドル決勝が終わってから、になって駅で解散した。早苗はそれまで次の曲や舞台について4人と打ち合わせをしておくこととなった。




 電車にはアオケンとマスクマンが一緒に乗っている。夜遅いし、同じ方向だから早苗をアパートまで送ってくれるらしい。一人で歩かなくて済むことにひそかに早苗はホッとしていた。何か話そうと考えたところで、控室でれいにーに対して泣き縋っていた少女の姿が浮かんだ。




「あの、れいにーが問い詰めていた相手って、」




 あぁ、とマスクマンが頷き、口を開く。




 ――地下ドルの中でも大手の部類に入るグループ、悩殺マリア。グループ設立時から不動のセンターとして常にチームを引っ張って来た努力家の『花畑桃<はなばたけ もも>』。地下ドル界隈というファンと超近距離で不祥事も日常茶飯事の界隈に彼女は中学生で飛び込んだ。以来、どんな誘いにも純真を貫いてきた姿がれいにーの目に留まり、応援してもらえるようになったという。三つ編みを揺らして踊る姿をれいにーが必死で宣伝したお陰で、彼女の率いる悩殺マリアは地下ドル界隈に認知されるようになっていった。




「桃はれいにーに推されることで不安も苦しみも悔しさも全部解消していたんだろうな。だからこそ、れいにーが桃からさなたんに推し変してしまってショックだった。」




 アオケンの説明に、そっか、と早苗は相槌を打つ。悩殺マリアのメンバーもその流れを知っていたからこそ、余計に桃を可哀想に感じ、早苗に敵意を向けていたのだろう。




「……でも、なんでれいにーは私のこと、推してくれるようになったんだろ。」




 不意に早苗は頭によぎった疑問をそのまま口にしていた。早苗がれいにーと初めて出会った日、早苗の口ずさんでいた歌は恐らく完璧な歌とは言い難い代物だったかもしれない。それはさきほどのひかりんとアオケンの会話で嫌ほど分かってしまった。








 ――『綺麗な歌、ですね。』








 雨の中、微笑んだれいにーの声。ずっと地下ドルオタクとして知られてきた彼女。彼女のことだから歌の良し悪しも分かったはずだ。早苗の即興の歌が彼女の心を揺らしたとは思いづらい。その上、彼女は早苗に自身が『さなたんの衣装担当』であることを黙っていた。まるで、早苗の歌声に導かれたかのように装った。




「オタクが推しを変えようと自由である。」




 マスクマンの言葉に苦笑しながら、早苗は電車の揺れによろめいた。








 アパートに着き、一人になると、満足そうにアマビエが笑う声がした。




「何だ、踊れたではないか。」




「……あのね、」




 言い返す気力も無く、早苗が溜息をつく。それからスマホでさなたんのSNSアカウントを確認した。相変わらず、さなたんのアカウントは炎上していたが、今日の舞台を見た人達が必死で抵抗してくれていた。お陰でさらに炎上は広がってもいるようだったが、それと同時に早苗のファンも増えているようだった。皮肉な現状に何とも言えないが、応援コメントや良かったという感想も複数届いていて、早苗の目頭は熱くなった。きゅ、と唇を噛みしめるが、スマホに水滴が落ちる。画面をスクロールしていくと、ひかりんがさなたんに口づけする動画もあげられていて早苗の口からは笑い声が出た。何だか、身体中が熱かった。








 次の日から本番当日の今日まで、ひかりんはユニドル決勝に向かって全力で走っていた。彼女は、本人の言っていた通り、グループの中では目立っていなかった。それでもメンバーを邪魔する事無く、必死で自分で輝こうとしていた。SNSアカウントでは投票を呼び掛け、毎日自撮り画像や動画をあげていた。早苗もさなたんとして負けじと自撮りや歌う動画をSNSに毎日載せていた。けれど、




「投稿、なかなか伸びないね。」




 カラオケの中、早苗は椅子に腰かけながら溜息をつく。早苗やひかりんがいくら投稿しようと最近のネットは新型コロナウイルスで持ち切りですぐに話題は流れていく。ファーストライブの夜は散々さなたんは話題となっていたのに、次の日はクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」から感染者が4人も出て、静岡の病院に入院したことに対する不安や感想がSNSには並んでいた。その上、コロナウイルスの危険を叫んでいた中国人医師も新型コロナウイルスで死亡。さらに数日後には武漢市で日本人が亡くなり、人々の心はざわついていた。




「アイドルどころじゃないって感じがするな……。」




 アオケンの声に、うん、と彼女は頷く。けれど、だからこそ早苗はアマビエの代理としては有名にならなければいけない。




「大体、今日もれいにーさん来られないってコロナ警戒して、とかじゃないの。」




 まだ都内で感染者が出たわけでもあるまいし、とウォッチャーが笑った。次の舞台の衣装も彼女が用意してくれるらしいが、ファーストライブの日かられいにーがまるで打ち合わせに来ようとしなかった。決まったことだけに簡単な返事をするだけ。忙しいのかと思いきや、暇なのか、呟きは普段より多く、はしゃいでいるようにさえ思われた。妙な様子に不穏さを覚えた時、マスクマンが小さく呟いた。




「……れいにーのいいね欄見たか。」




 その言葉で、早苗は慌ててれいにーのいいね欄を覗いた。




「れいにー……。」




 理解できず、呆然と早苗は彼女の名前を呼んでいた。そこには『悩殺マリア』の動画や画像が並んでいた。








 れいにーが再び、悩殺マリアの花畑桃に最推しを戻そうとしているかもしれない。その事実は早苗を混乱させた。SNSの様子はいつも通りきゃぴきゃぴとしている。その何気ない様子の裏で、推し変。




「オタクは表立って推せない時、そっと、いいね、だけして運良く誰かの目に留まるよう祈る事がある……その限界を超えると積極的に拡散する。彼女はさなたんの呟きなどを拡散し続けているから完全に推し変しているとは言えない。」




 何より衣装担当だって今回もやるって言ってくれたもんね、と慌てたように透が言葉を付け足す。




 ――オタクが推しを変えようと自由である。




 それは既にマスクマンに言われて分かっていたこと。けれど、いざ自分に降りかかったと分かった途端、早苗はグラリと自身の心が揺れるのが分かった。








 打ち合わせが終わって、少し歌う事になった。当然ながらカラオケで曲を入れる専用の機械には早苗の曲は登録されていない。悩殺マリアの曲も登録されていない。膨大な曲が登録されているようで、検索して出てくるアイドルの曲は限られていた。




 いつか、ここに早苗の曲が並ぶ日は来るのか。未来は見えない。分かっているのはオリンピックがそろそろやって来て、日本が人々で溢れかえるであろう、ということだけ。








 ユニドル決勝が行われる新木場のスタジオまで全員で電車に乗り込んだ。電車の中では、早苗の歌声をこんな距離で聴けるのって裏方の特権だな、なんて調子の良いことをアオケンが口にして透が真剣そうに頷いている。れいにーもSNSアカウントの投稿からユニドル決勝に顔を出すことが分かった。……会えるかな。




 電車の車窓から見える空は晴れている。朝は雨が少し降っていたものの、カラリと顔色を変えていた。




 決勝は17時から。けれど、決勝前にひかりんと会うために早苗達は16時には着くようにしていた。








「ひかりんっ。」




 会場内に椅子のようなものは無く、立って舞台を見るようになっていた。チケット代以外にドリンク代として500円。座る場所も無いのになかなかのお値段である。




 ひかりんは緑色の衣装を既に身にまとっていて、観客の中に混じって壁際にそっともたれかかっていた。早苗の声で彼女達が来たと気付くと、手を腰に当てて、不敵な笑みを浮かべる。




「爪痕、残してくる。」








 結局、ひかりんの大学は優勝できなかった。けれど舞台の上で踊る彼女の笑顔は確かにきらきらと眩しく輝いていた。








 帰り道、早苗は4人と一緒に駅のホームで電車を待っていた。ひかりんは今夜はユニドルのメンバーと一緒に打ち上げをするらしい。




「いや、話が尽きないね。」




 アオケンがおかしそうに笑う。様々な衣装に個性ある大学生アイドル達。正直、どのグループも推したくなる。




 あのステップさぁ、と早苗が言いかけた時、視界に見覚えのある姿を捉えていた。言葉を飲み込み、4人に静かにするよう人差し指を唇に当てるポーズを取ってから彼女に近付いた。彼女はスマホで撮影したらしい今日のユニドルの舞台を見ていた。耳にイヤホンを挿し、集中して見ているからか、早苗が近づいたことに気付いていない。




 ――れいにー、と呼びかけようとしたところで、彼女の顔がどこか悲し気に見えた。今日の彼女のSNSも絶好調といった様子だったのに、今にも泣きだしそうで。




 早苗がれいにーの肩を叩くと、彼女はびくん、と反応して振り向いた。早苗の姿に一瞬驚きを見せたが、すぐに笑顔を作っていた。




「一緒に帰ろ。」




 早苗はなるべく気軽な感じで声を作った。けれど、彼女は困ったように答える。




「えっと、私、ゆっくりこの動画眺めていたくて、」




「い、一緒に観ようよ。」




「……なんで一緒にいなきゃいけないんですか。」




 急にれいにーの声が冷たくなったような気がして早苗はたじろぐ。れいにーは早苗を突っぱねようとするかのように早口で吐き捨てた。




「安心してください。衣装はちゃんと用意します。でも、もうそれだけ。私は推し変したんです。さなたんはもう私の推しじゃありません。」




 電車がやって来ていた。ドアが開き、れいにーの姿が翻る。そのまま早苗を置いて彼女は一人で電車に乗り込んでいった。


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