第106話 いざ脱獄

「……じゃあ、そろそろ」


「……うん、そろそろだ」


 互いに準備ができたことを、声で確認する。


 覚悟を決め、大分時間が経った。いや、正確には大分経ったとは思う、だ。窓がないし時計もないから時間の確認のしようがない。


 手も動かせるようにはなった。そして、いよいよ脱獄だ。


「……ふぅ」


 失敗すれば、即終了。待っているのは残酷な未来。そのプレッシャーを少しでも紛らわせようと、深呼吸をする。


 大丈夫……大丈夫……。


 手が治るまでの間、ずっと頭の中でイメージトレーニングはしてきた。できるはず。それに、祐希がいてくれる。


 失敗するわけにはいかない。


「……《潜伏》《気配遮断》」


 まず、存在に気付かれないように。


《アイテムボックス》


 次に、鉄格子を空間ごと収納する。はじめは空間操作の方がいいかと考えたが、それでは捻じ曲げるときに音が鳴る。


 ひっそりと、でいえば、アイテムボックスの方が効率がよかった。


「……っし」


 僕の方はなんとか完了。次は、まだ枷のはまっている祐希の方だ。


「……おいっ、脱獄者か?」


「……っ!?」


 気付かれるのが予想以上に早い。看守が来る時間だって一応頭の中に入れておいたけど、普段はこの時間にくるはずじゃ……やっぱり、体内時計じゃ限りがあるってことか。


「《アイテムボックス》」


 急いで祐希の方の監獄の鉄格子を収納したあと、その鉄格子を看守目掛けて投げる。


「……っ、邪魔だな。殺すか」


 死にはしない…… 《鬼化》


「……ぐ……ぅ……」


 相変わらず、鬼化になるときの衝撃はきついものだった。とはいえ、前ほどきつくはない。すぐに慣れると……


「《俊足》《幻術》」


 幻術で僕をいくつも見せる。そして、俊足を使い看守の目をくぐりぃ……ぃぃいいい!?


「……どうみても、見破られてるよな」


 看守は、幻術の僕には目もくれない。ただ、僕だけをじーっと見つめている。いや、睨んでいる。おそらく、魔力とかを感知されたんだろう。


「──千尋っ!」


 後ろから僕を呼ぶ中性的な声。……そうだ。


《アイテムボックス》


 アイテムボックスで、祐希の手にはめられた枷を収納する。もう僕はスキルを使えるから、毒合成を使う必要などないからね。


「……ふんっ、死ね」


 そして、看守は手からあの黒く禍々しい魔力玉。やはり、あのとき聖女様のところに襲いに来たあの魔族と同じ種族で間違いないようだ。


「──《看破》」


 またしても中性的な声。でも、その声は優しい声にも関わらず、裏にはどこか力強ささえあるように感じる。


「……──なっ!?」


 看守は目を大きく見開き、驚いたような顔をする。その理由は一目瞭然……黒く禍々しい魔力玉が、消えたから。


「……祐希も祐希でチートすぎだろ」


 ……祐希曰く、文字通り看破したらしい。相手の能力を見破り、効果を消滅させる能力。チートすぎるために回数には制限があるようだが……


 それでも、って感じだよねぇ……。


「…… 《空間操作》」


 僕は看守に向けて走りながらそう詠唱し、看守をねじ伏せた。


「……まず、第一は突破ってところだね」


「だねぇ……」


 ふぅ、と一息つくと、互いに顔を見合わせる。死ぬかもしれない場所で何日も過ごしてきているから仲は深まったように感じるけど……そういえば、顔を合わせたことは一回もなかったな。


「……なんか、恥ずかしいね」


 祐希は、どこかに目を背けながら、少しだけ顔を赤らめていた。


 声通り……なのか、中性的な顔立ちをしていた。二重でパッチリとした目に、綺麗な色白の肌。ちょっとした仕草はどこか幼さやあどけない雰囲気を醸し出している。


 ……かわいい、な。


「……ね、そういえば、顔合わせたことなかったもんね。ネット友達とのオフ会みたい」


「ふふっ、なんか分かる」


 祐希は、気恥ずかしそうに笑っていた。


 絶対にみんなが救われるように、そして何より祐希自身のために、祐希を守ろうと、改めて感じた瞬間だった。

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