第96話 束の間の休息
「じゃあ、お二人はまだここにきてすぐだし、今日は軽く案内をしたら後は自由時間にするよ」
「はい、分かりました!」
「お気遣い感謝します」
二人は、ペコリと頭を下げる。
「そういえば、ボクは君たち二人のこと、なんて呼べばいいかな?」
「あっ、自己紹介を忘れていました、ごめんなさい。……そういえば、あなたたちにもしてませんでしたね」
……あっ、本当だ。聖女様や、メイドさんとか仕事名で言ってしまってたから、全然気にしていなかったよ……
「私の名前は成長するの成に奈良の奈で成奈(せいな)と言います。もう知っていられるとは思いますが、職名は聖女をしてます」
「…………ふむ。あっ、分かったよ。じゃあ、成奈ちゃんと呼ばせてもらうね」
……なんだろう。このチートな人のさっきの返答、地味に何か、まるで他のことに気を取られているかのような?
……ってか、この人、名前を聞くんじゃなくて、なんて呼べばを初めに聞いたよな……。まさか、勝手にステータスを覗いたのか。……いや、僕も人のことを言えないけど。でも、僕は見れなかったぞ、聖女様のステータス。
「はいっ、……あっ、あなたたちもできればそう呼んでほしいです」
聖女様は、僕や楓さんの方を向きながらそうお願いしてくる。
「えっ……い、いいんですか?」
「もちろんです、聖女様って言われても、もとの私はそういう柄じゃないので」
と、恥ずかしそうにそう答える。そうか、今は聖女様なんて謳われているけど、もとはといえばみんな普通の人間だったんだもんな。
……とはいえ、こんなに美人ならばもとから普通じゃなかった可能性も……
「で、では……成奈ちゃん、はさすがに恥ずかしいので成奈さんと、そう呼ばせてもらいます」
「じ、じゃあ、私もお言葉に甘えて」
「はいっ、ありがとうございます! ……御剣(みつるぎ)さんも、そう呼んでほしいんですけどね〜?」
と、聖女様は剣聖であるメイドさんに目を向けながら、何か意味有りげに言葉を発している。目線からして、このメイドさんは御剣さんと言うのか。
「……で、でも、聖女様は聖女様なので。そう呼ぶのは、やはり恥ずかしいというか……」
目を背けて少し顔を赤らめながら、メイドさんはまたも意味ありげに答える。
同じ街に住んでいた、ということだし、モンスターが出現する前から知り合いだったんだろう。
……いや、それだけじゃない、ただならない雰囲気を醸し出している気もするんだけど。まぁ、気にしないでおこう。
「でも、そう聖女様と言われる私の方も、少し恥ずかしいんですよ。名前で言ってくれる方が気楽なんです。なので、できれば……」
「……分かりましたよ、……成奈、ちゃん」
観念したように、その名前を呟く。このメイドさんは、聖女様……じゃなかった、御剣さんのことを尊敬していて、だからこその行動なんだろう。
「はいっ、千颯ちゃん」
「……っ!? ひ、ひゃい!?」
……いや、絶対なんかあっただろ。なぁ?
「……んー、じゃ、もう寝るか」
小さく伸びをし、ふわぁ〜、とあくびをしながらそう呟いた。
「……ですねぇ」
と、スカート姿のナビゲーター。
もう夜になった頃、お風呂……もちろん、本当はそんなものなかったようで、あのチート野郎……さんに、楓さんが頼んだら作ってもらえたらしい。
まぁ、そのチートで出来たお風呂に入ったあと、僕は自分の部屋へと戻ってきていた。窓からは月明かりが差しているし、もう夜を回っているよう。
それに、眠気も地味に襲ってきている。目をつぶったら眠ってしまいそうだ。
「…………」
横を見ると、ナビゲーターは妙に顔が強張っている。警戒……してるのか?
なんだろう? ここはあのチートな人がいてくれるし、モンスターは来ることもないと思うんだけど? 気の所為……ではないよな。
となると、別の……?
「……どした?」
「いえ……少し、気になることが」
「それは、どういった?」
「……いえ、大丈夫です。君を心配させるわけにはいきませんから。おそらく気のせいだとは思いますし。というか、気のせいであってほしいです」
「……ん。分かったよ。でも、それ、僕を心配させる、って言うということは、少なからず何かあるってことだよね」
「……いえ、あるかも、というだけです」
あやふやな答えではあるけど、ナビゲーターの目を見たら分かる。嘘はついていない、と。
それに、『ある』と断定するほどのことなら、ナビゲーターは絶対にそのことを僕に伝えるはず。ナビゲーターが言わないということは、それはまだ決まっているわけではない、ということなんだろう。
「まっ、別にいいか。おやすみ、ナビゲーター」
「はい、おやすみなさい」
それでもやはり、ナビゲーターの顔はまだ強張っているようだった。
「……ん?」
「なんですか、早く寝ないのですか?」
ん……んん? んんん?
ナビゲーターは、布団へもぐりながら、こちらの方を不思議そうに見ていた。なんで眠らないんだよ、と言わんばかりに。
この部屋にあるたった『一つ』のベッドに。
「あの、ナビゲーター、さん?」
「はい?」
「……僕の頭の中に入らないん、ですかね……?」
「はい、一度もこの姿で眠ったことはないなと思いまして。眠る必要、ないですし。だから、身体があるのですから、今日くらいは」
「あっ……。……はい」
今日は眠れそうにないなぁ、と心の中で悟りながら、せめてふりだけでも、と、僕はベッドの隅に寝転がった。
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