第97話 刃

「……んん……」


 朦朧とした視界の中、僕は目を覚ました。


 目をこすりながら身体をゆっくりと起こして、窓の外を眺める。真っ暗……まだ夜だ。


 月も雲に隠れてしまっていて、明かりがほとんど無い状態。まるで、世界に僕しかいないような、そう思うくらいの静けさだった。


「……すぅ……すぅ……」


 ……あっけなく一人の世界は崩された。


 隣では、気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てているスカート姿のナビゲーター。


 こんなにもやばく起きられたということは、おそらく、ナビゲーターが隣で寝ていたということが影響してあまり寝られず、浅い眠りとなってしまったんだろう。


 とはいえ、もう起きてしまったのはしょうがない。


「……喉、乾いたな」


 水分補給がしたいけど……


 あっ、そうだ。確かあのホログラムで出来た地球儀の横の部屋に、キッチン……もどきのものがあったはず。よく分からない器具が多すぎて、キッチンなのか判別しづらいけど。


 水もあったはずだし……飲みに行こう。


「……っと」


 あまりまだ力の入らない身体で立つと、若干ふらふらとした足取りで冷蔵庫へと向かう。


 ……まだ、眠いな。水飲んだら寝よ。


 キッチンもどきに着くと、冷蔵庫を開け……


「……うおっ」


 ……冷蔵庫まで自動かよ。


 冷蔵庫に触れた瞬間、そこに魔法陣が現れたと思うと勝手に開いたのだ。僕は、まさかそこまで魔法が使われていると思わず、小さく声が漏れてしまう。


「……おっ、あったあった」


 『天然水』と書かれたペットボトルを取り出すと、食器棚らしきところからコップを取り出し、汲んでいく。


 その時のことだった。


「…………っ!?」


 《敵意感知》《危機感知》


 2つのスキルが、僕に危険を知らせてきた。それも、大分大きな警鐘を鳴らして。ドラゴンほどではないにしろ……かなり大きい。


「……でも、ここはあのチートの人が許可なく入れないんじゃないの?」


 ……って、ナビゲーターはまだ眠ってる。僕一人で、なんとか対処するか。とはいえ、かなり厳しい。自分ひとりでは勝てそうもないし、チートの人に知らせに行くか。


「え」


 ──ナイフが、飛んできた。


 速すぎて、見えなくて、直前まで全然気付かなかった。なんとか避けようと試みるも、ナイフの刃が頬を掠める。


「誰だ? …………って、は?」


 ナイフの飛んできた方を暗い視界の中眺めていると、うっすらと人の影が見えた。そして、ちょうど月を隠していた雲が移動したのか、月明かりがその影に向かって差す。


「成奈……さん?」


 そこにいたのは──成奈さんこと聖女様だった。


 成奈さんが、犯人?


「……っ!」


 またもナイフ。今度は投げてくる場所を把握していたので、なんとか避けることができた。とはいえ、気を抜いたら確実に当たるだろうが。


「……せ、成奈さん?」


 返事はない。


 その代わりに、やはりナイフが飛んでくる。


 背中を見せたら、死ぬ。そう感じるくらいに鋭いナイフ。


 今までの出来事は、嘘だったの? 聖女様が見せていた優しさや笑顔は幻だったの?


 ……いや、そんなはずない。聖女様は……成奈さんは、人に向けて刃を投げるような人じゃないはず。何か、何か事情があって……


「あれ?」


 目を、瞑っている。どういうこと? 目を開けないと、こんなにも正確にナイフを投げられるはずがないよね……。


「まさか……」


 ──誰かに操られている?


 そう考えると、筋が通る。モンスターなんてものが現れるようになった今、そんな力を誰かが持っていてもおかしくはない。


 それに、成奈さんは目を瞑っている。なのにナイフは正確に飛んできたということは……僕は、その犯人にどこからか見られている?


「……聖女様のレベルは低くともユニークジョブ。そんなレベルの人を操れるとなると……かなり厳しいだろうぅおっ!?」


 またしても飛んでくるナイフ。……考えてる場合じゃなかった。助けを呼ばないと。


 ……でも、どうやったら。あのナイフの速さは尋常じゃない。となると、背中を見せたら待っているのは死のみだ。


 ……そうだ。


《アイテムボックス》


 

 アイテムボックスを使い、その中に入っている物を窓から差す月明かりを閉ざすように出す。そうすることで、相手の目を掻い潜れる。


 それに今はまだ夜。もし敵が外におらず、中で隠れていたとしても、真っ暗なため何も見えないはずだ。


 目さえ隠しておけば……一瞬でも必ず隙ができる。


 とはいえ、僕も見えないんじゃどうしようもないので……《暗視》を使い、《俊足》と《逃げ足》のスキルで逃げる。


 ……念には念を入れて 《気配遮断》も。


「……よしっ、逃げ切れた……って」 


 まだ来るのかよ……。なんで振り切れない?


 って、やばい。僕、背中を見せている……っ!


「……ひっ」


 ナイフが……飛んでくる。



「……──遅れてすまない。よく我慢した。あとは任せて?」



 ナイフは、僕の目の前で止まっていた。チートな人が、そのナイフの柄を握っていたのだ。


 助かったの、か……


「……ひょいっ、と」


 その青年は、軽く掛け声を上げると、消える。そう思ったのもつかの間、いつの間にか成奈さんの後ろに立っていた。


 トン、っと手刀。


 成奈さんはグタっ、としながら倒れた。


「……ふむ、《…………》」


 相変わらずのクールな表情のまま、なにかを呟くとその青年の手に小さく光が灯り、成奈さんの頭の上に掲げる。


「……あっ、逃げられた。なかなかだな」


 逃げられた? どういうことだろう? 僕はただ、目まぐるしく変わっていく状況に、何がなんだか対応できなかった。

 

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