黒塚

秋空 脱兎

第1話

 昔、都の公卿屋敷に「岩手」という名の乳母がいた。乳母は姫を手塩にかけて育てていたが、その姫が重い病を患った。易者(占い師)に病を治す方法を聞くと、「妊婦の生き肝を飲ませれば治る」とのことだった。

 「岩手」はその言葉を信じ、自分の娘を残して旅に出て、安達ケ原の岩屋まで足をのばし、そこを住まいとして標的を待った。


 それから年月が経ち、木枯らしの吹く晩秋の夕暮れ、岩屋に生駒之介・恋衣こいぎぬと名乗る若い夫婦が訪れ、宿を求めてきた。恋衣は身重だった。

 その夜、恋衣が産気づき、生駒之介は産婆を探しに外に出かけた。岩屋には恋衣と「岩手」が残された。絶好の機会である。


 「岩手」は恋衣に出刃包丁を振るい、恋衣の腹を裂き、肝を取り出した。

 恋衣は、「幼い時、都で解れた母を探して旅をしてきたが、とうとう会えなかった」と語り、息を引き取った。

 ふと、岩手が恋衣を見ると、お守り袋を携えているのが見えた。見覚えのある物だった。


 それは、娘と別れる際に「岩手」が娘に渡したお守り袋だった。


恋衣は、岩手の娘だったのだ。


それに気付いた「岩手」は発狂し、鬼と化した。


以来、宿を求めた旅人を殺しては生き血を吸い、いつしか「安達ケ原の鬼婆」として知れ渡ることとなった。

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