小話

第1話 不正はなかった、いいね?

「ふまり、ふぁんとうふんふればひひってこと?」

「なにて?」

 なにひとつ聞き取れなかった。

 ボクの耳が腐っているわけではない。目の前の、穂村(ほむら)が日本語をしゃべっていないだけだ。

 ファストフード店はその料金の安さと雰囲気から、よくたまり場になりやすい。高校の前だと、高校生がよく集まる。愛想のいい店員が隣のクラスの人だった、なんてざらにある。

 そして、この時期は定期テストが目前に迫っていた。

 同じような制服を着たやつがあっちこっちに座っている。もはやこのフロア一帯が教室といっても過言ではない。どう考えたって集中できないようなアップテンポな曲を背景に、ボクと穂村は向かい合わせで問題集を開いていた。……環境よりも、現金を取るのは学生らしいといえばそうなのだろうか。

「とにかく食べてから言えよ」

 ボクの言葉に穂村は「ほれもほうだ」と(おそらく)肯定の返事をしてからバーガーを咀嚼する。ボクはLサイズのフライドポテトをつまみ、口へと運ぶ。注文したタイミングが良かったようでホクホクだった。ポテト一つとってもあたりはずれがある。五つ六つと食べていると、穂村がジュースを飲んでから言った。

「つまり、三等分すればいいってわけだな、って」

「はぁ、今の説明を聞いてそうなるのは奇跡だ」

 ボクは汚れていないほうの手で問題集の解説欄を見せる。

「ほら、あと五百回近く読み込め」

「うぇ~」

 どうやらこの男、数学が破滅的にできないらしい。

 うぅーんとうなっている彼をしり目に、ボクはバーガーを食べる。百円のそれはうまくもなくまずくもなく、昔から食べてきた味だった。ボクは穂村の手に握られたバーガーを見、次いで自分のバーガーを見た。

(明らかにあいつのほうが減ってる)

 おんなじタイミングで食べ始めた。ついでにいうとあいつのほうが値段もサイズもボリュームのあるものを頼んでいる。食べていない時間はばらつきがあるものの、量の少ないボクのほうが先に食べ終わっていてもいいはずだ。

 なんとなく腹が立って、口の中にバーガーを詰め込む。

「なぁ――って、なんだ、その顔」

 まじめに参考書を読んでいた穂村が破顔した。チンパンジーのおもちゃを思い起こさせるように手をたたいている。店内の注目を集めるには十分だった。

「おっまえ、リスみたいだぞ」

 そりゃあそうだ、口いっぱいにほおばっているのだから。こんな行儀の悪い食べ方なんて、外じゃ絶対しないと思っていたのだけれど。

 一分ほどかけてバーガーを飲み込む。まだ笑っている。

「……ずいぶんとボクの顔がお気に召したようだな」

「ふっふふ、い、いや、悪気はない、マジで」

「きめた、お前、さっきの問題解けるまでそれ食べるな」

 食べかけの、目を覆いたくなるカロリーの塊を指し示す。

「ええっ、なんで?」

「うるさい、早く解け。ボクだって暇じゃないんだからな」

「なんで怒ってるんだ」

「うっさい、さっさと解け」

 誰だって顔を見て笑われたら怒る。バーガーの残りを食べ終えると、満腹感とこいつよりも先に食べれたことへの達成感(不正はなかった)が残った。

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