第3話

結局、退院する日になっても私の考えは纏まらなかった。

色んなものから逃げてきた。

色んなものを避けて生きてきた。

だから…分からない。


「アンタの新しい家は準備したし、職も準備した。

気に入らないなら退職でも引っ越しでも好きにやってくれ。

こっちはもうアンタとは関わらない。」


「あ………の………藍……ちゃん…は」


「何?気にする頭はあったんだ

でもさ、それは本当に藍が心配で聞いてんの?

それとも自分が可愛くて聞いてんの?

まぁ、本当に心配だったならいつだって俺に聞けたよね。

俺毎日来てた訳だし。

それをしなかったって事は……結局アンタにとって藍はそんだけの存在だったんだよ」


ギリッと唇を噛み私を睨む聡さん。

聡さんの言葉はどれも当たってる気がして私は何も言えなかった。

口ではなんとでも言える。行動が伴わない発言など信じられなくて当然だ。


「藍は……まだ目覚めてない。

医者は、後は本人の気力次第だって言ってるけど

きっと、もう藍は目覚めない。

だって……藍は生きる気がないんだ。そんな奴が目覚めると思うか?」


「そ……んな……」


持っていた鞄が手から滑り落ちる

藍ちゃんが……死ぬ……?


「アイツは自分の事をよく分かってる。

生きてる限りアンタを追い求める。

アンタを傷つけてもアイツはアンタを欲し続ける。

そんなアンタを解放するには、死ぬしかないだろ。

アンタを手放す事が…アイツには出来ないんだから」


私のせいだ。

また……私は彼を傷つけた。

そればかりか……今度は全てを奪うの…?


「聡、俺があの子送ってくからお前は藍の所行ってなー

お前感情的になり過ぎて危ないからさぁ。な?」


「………分かった。」


「それじゃあ、行こっかぁ

鞄持つねぇ。まだ手、リハビリいるんでしょ?」


「あ……はい」


藍ちゃんが死ぬ。その言葉が頭の中でグルグルと回る。


手放して欲しいと願った。

彼のそばに居るだけで私は他人から悪意を持って傷つけられるから。

彼の隣に堂々と胸を張って立てる程私は強くなかったから。

だけど……彼に死んでほしかったわけじゃない。

幸せになって欲しかった。

笑顔が…また見たかった。


手当てをすると笑う顔が好きだった。

隣で見る横顔が好きだった。

温かい手が好きだった。

手先が不器用な彼が好きだった。

彼の呼ぶ私の名前が好きだった。


ただ……ただそれだけだった。


あの日々に願ったのは、彼がどうかもう怪我をせず幸せになれるように。

毎日願いながら花輪を編んだ。

誰に流された訳でも私の意思で…そう願った。


「ねぇ、君は藍が怖い?」


「……わか…りません」


突然運転席から話しかけられ言葉が詰まる。


「そっかぁ。

聡は…アイツは藍一筋だからどうしても藍が絡むと感情的になる。

俺にとっても藍は大切だけど、人生をかける程なのかは分からない。

寧ろ、そんな生き方する奴の方が今は少ないと思う」


人生をかける生き方。

そんな生き方私には出来ない……


「藍は愛し方を間違えた。

というか、多分歪んじゃったんだよねぇ。

元々そういう素質はあったんだろうけど、ソレを環境が引き出しちゃったんじゃないかって思う。

藍は、君と居た小学生の頃の記憶をずっと宝物みたいに大事にしてた。

普通の世界ならそれだけで良かった。

けど、俺達が生きる世界は綺麗な部分を見て生きてく事は出来ない。

自分を汚して他人を汚して大切な人を汚していかなきゃ生きていけない。

でも…藍は君を汚したくなくて足掻いた。」


世界……?

藍ちゃんがどんな事をしてたか私は知らない。

知る勇気がなかった。たまに香る鉄のような臭いも私は何も知らないフリをしていた。


「藍の親父が良い例なんだけどさ

大事なものって一番狙われるんだよね。

弱点がそれだけの奴なんか一番ね。

だから親父は''唯一''を作るのをやめた。

沢山愛人は居るけど、愛を分散させて生きてる。

こっちじゃそういう生き方が一番いいんだよ。

自分の為にも…相手の為にも。」


車が止まりクルッと彼は振り返った。


「だけどね、藍は君だけを愛す道を選んだ。

その為に君を売ろうとしてた親から君を守り

君名義で勝手に借りられた借金を返済した。

まぁ、守れなかったから君はあのアバズレにレイプされちゃったんだけどねぇ」


「え………?」


そんな話知らない。 


「あぁ、もしかして知らなかった?

その為に君をマンションに引っ越しさせたんだよ。

あの家に居たままじゃ何されるかわからないからって。

君が自由で居た数年は、藍が我慢してアチコチ駆けずり回って君を守った数年でもあるんだよ。


此処からは、藍の頼みだから様子は見てるけど

もう君のナイト様は居ないから気をつけてねぇ。

まぁ、それを選んだのは君だけどさ。

それじゃあ、元気で?」


私を降ろして車は走り去った。





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