第22話Δ 巡る環の中で
「『輪廻と伝承の世界』、か・・・」
パッと見て、達海は本の内容を推測することは出来なかった。だからこそ好奇心が湧き、ページを捲る手が進む。
「第一章・・・。地球のたどってきた輪廻の変遷。・・・結構なサブタイトルだな、これ」
そう言いつつも、なおもページを捲り、その内容を脳内へ記録する。そしてまた、それを復唱するように達海は声を出した。
「『確かな確証はなく、痕跡の信ぴょう性こそ完全たるものとは言えないが地球、および人類史は輪廻をたどっていると推測できる』。・・・輪廻っていうのは、何度も巡り廻るっていう意味だったよな。この言い草だと、それを人間が何度もやってるっていうことだけど」
とはいえど、実感はわかなかった。誰の口からもそのようなことが発されていないため、当然と言えば当然だった。
達海は、人間は古代、原人から進化したと考えられていると学んでいた。だからこそ、目の前の輪廻の論を信じることは出来なかった。
それでも、手は止まらない。
「『人間はこれまで何度となく生誕し、また滅んできた。それは一人の人間として、生まれて死ぬまでを描いた人生、というものとは異なり、人類単位での存亡である。人類は幾度となく、同じときの中で滅んでは再興した』。・・・やっぱり信用ならない文章ではあるけど、もしこれが仮に真だとしたら・・・、世界の定理が壊れかねないぞ」
馬鹿馬鹿しくも奥行きのある、子供のいたずらのような内容だからだろうか。達海の好奇心は一向に止まる気配はなかった。
それから、20分30分と時間が経つ。
達海の手が終章に辿り着いた時、その手はパタリと止まった。見慣れた文字が達海の目に入ったのだ。
『目に見えないが、確かにあると推測される謎の物体、【コア】。その力こそ我々一般の人間が知る由はないが、この力が、根底から世界を動かしていると考えてもよいいのではないだろうか』
「っ・・・!」
叫びそうになっていた心をどうにか沈めて、達海は深く息を吸う。冴えわたった脳で、達海はこの本の内容をあえて『真』と捉えて推測してみることにした。
次第に意識が冷たくなっていき、目の前に文字がくっきりと浮かび上がる。それは紛れもない、『ゾーン』の始まりだった。
(コアは、確か白飾の街の発展の動力になっている物体だったよな。それが、どうして人類の滅亡、再興に関係してるんだ?)
(とりあえず、切り離して考えよう・・・。まず、滅んだはずの人類が何度も再興できるってことは、滅ばなかった人間が一定数いるって考えられるよな)
(でも、だとすると・・・)
どうしたら人間は滅ばずにいられたのか。また、どうして滅ぶことになったのか。それについての文章は、達海が手にした本には一切記述がなかった。
それを補うように、達海はまた頭を捻らす。
(滅び方が分からない時点で、どうにもならないよな・・・。昔生息していたはずの『恐竜』が氷河期で滅んだように、人間も滅んだ、のか? ・・・つじつまが合わないことはないが、知識を累積できるはずの人間という生き物が、同じ自然現象で何度も絶滅するなんておかしい話じゃないか?)
そこでもう一度、先ほどの単語が達海の脳裏をよぎる。
(・・・『コア』。あれが絶滅に関与してるんだ。コアを自然現象と切り離すことで今の論が成り立つには成り立つ。・・・人類が学習できないってことは、絶滅のたびにコアという存在への知識がリセットされるってことなのか?)
幼子が空から降ってくる水を『雨』と認識したら、もう迷うことはない。次に雨に遭遇した時、それが雨だと分かる。
けれど、もしコアが人間が絶滅を繰り返すたびに認識から外れてしまったら・・・。
「人は、同じ過ちを繰り返してるって言いたいのか?」
しかし、それ以外の結論に辿り着くことはなかった。
とはいえ、そもそも確立としては低く、空想論に近い話を無理やり真と仮定して生まれた推測であるため、達海にそこまでのショックはなかった。むしろ、口にしていた『オカルト』と呼ばれるものに触れたためか、気分はよかった。
ぱたんと本を閉じ、本棚の開いたスペースへと戻す。
ただ一冊読むだけでこれだけの満足感と疲労。当分暇することはないだろうなと言う感情が生まれるのは言うまでもなかった。
「ふー・・・」
一息ついて天井を見上げる。
「一冊目からこんな本読んだら、この本棚にはどれだけ面白いものが眠ってるのか考えられないな・・・」
とはいえ、休息も必要。達海はソファに腰かけるなり、少しの間仮眠を取ることにした・・・。
---
~Side S~
卓に着くなり、ソティラスの十傑第一席である琴那 千羽が冷淡とした声を出した。
「今日の招集の議題は二つ。今後方針と、私の父、『琴那 瞬水』の死亡について、それから各部署からの報告があればお願い」
わずか17歳ながら、その立ち振る舞いは他の大人に引けを取らないものだった。大人たちは皆対等とみなし、温情なく振舞う。
「では、今後の方針から話しましょう、千羽さん。構いませんね?」
飄々とした様子で第二席、柄木 真が提案する。
千羽がそれを首肯し承諾し、会議は始まった。
「先日、私立白飾学園において爆破テロが発生。・・・当然、私たちの組織は関与しておりません。・・・ガルディア、あるいはその他外部班の犯行じゃないんですかね?」
「ええ、そう見なすほかないでしょうね。・・・仮に、の話になるけども、もしその首謀者がこの組織にいる場合、どのような措置を考えるべきかしら?」
千羽の提案を、柄木は口の端を少し上げて嘲笑った。
「何もいらないでしょう」
「何ですって?」
「どのみち、これを口実にすればガルディアとの全面戦争は確実。それに、後の報告にもあると思いますが、そうするだけの大義を今、ソティラスは得ている。あなたのお父様の目指した理想の未来は、もうそこにあるんです。お分かりですか?」
「・・・」
「では、先にその報告をお願いできますか? 議題の根底を動かす報告があるなら、先回しにしてもかまいませんよね? 千羽様」
聖の助け舟を得て、千羽はなんとか平静を保った。
「そうね。柄木、お願いできるかしら?」
「ええ、いいですとも。ソティラスの今後の行動の根底を揺るがす出来事、それは、鍵師の暗殺の成功、および、コアの所在が割れたことです」
すると、その報告を知らない他の十傑からざわめきが起こった。
その動揺に対して、千羽も例外ではなかった。
「・・・鍵師を暗殺出来たっていうの?」
「ええ。案外大したことなく、すんなりと尾行出来ましてね。なんせ護衛がいないことには苦労することもない。鍵師自身の戦闘レベルは、ないに同等ですからね」
「随分と抜けがあったのね・・・」
「そういうことです」
その報告の有無で、会議の重要性は変わった。
千羽は当初予定していた内容より深く掘り下げた会議を進めることを決め、それを提案する。
「・・・事態が急変したわね。今後方針をもっと深く練る必要がありそうだわ。お付き合い願えるかしら?」
首を横に振るものは一人もいなかった。
「・・・ありがとう。では、今後の行動について確認するわ。・・・鍵師の暗殺に成功、コアの所在が割れた今、私たちが他の目を気にして行動する必要が一気に減った、というのは間違いないかしら?」
「仕留めきれる、くらいの余裕があれば問題ないんじゃないですかね? ただ、むやみやたらに戦いなんてふっかけたら一般市民に目を付けられる。その根底はたぶん変わりません」
その柄木の発言に驚きの声を上げたのは、同席していた第三席の野澤 聖だった。
「柄木、あなたは強行姿勢をとる人間でなかった?」
「ええ。そうですとも。しかしながら、私は戦闘狂ではありません。私はただ、『戦いを厭わない』だけ。無駄に犠牲なんて出してしまっては、悲願の成就なんて叶わないでしょう?」
それは、柄木自身の戦いの美学、ともとれる発言だった。
「では、戦いを起こすことについては否定的ではないと?」
「以前からそのように言っているでしょう。・・・まあ、要約しますとですね、ここからはコアを破壊するための戦いに切り替えるべきだと言っているのです」
「なるほど、そういうこと」
千羽は一通り柄木の話を理解して、首を縦に振った。
「功を焦るな、という言葉がこの世にはある。けれど、それは決して後ろ向きな行動をしろという解釈にはならない。・・・そうね、当面はコアの所在地周辺の勢力調査、護衛暗殺に努めるのが吉、と言ったところかしら?」
「本当はもう少し派手に立ち回っても問題はなさそうですが・・・、まあ、いいでしょう」
柄木も妥協したようで、千羽の提案を飲んだ。
「みな、ほかに意見はないかしら?」
千羽の問いかけに手を上げるものはいなかった。
「・・・では、最後に」
千羽は他のメンバーの視線を一身に浴びながら、立ち上がった。
「私は、亡き父に代わって第一席を務め、この組織を束ねることにしたわ。皆思うところはあるかもしれない。けれど、目的が違わないことだけは信じている。・・・皆の力を貸してほしい」
覚悟を決めたそのスピーチには、万来の喝采が送られた。
「ありがとう。・・・では、本日は解散するわ。個人で意見がある人は、後で私の下へ」
そう言い放って、千羽は黒い髪をなびかせて振り返り、誰よりも早く会議室をあとにした。
---
「千羽様、もう一件のことはよろしいのですか?」
会議の後、千羽のもとに駆け寄ったのは聖だった。
「・・・お父様のことは多分、あの場で上げない方が正解だったかもしれない。だから聖、武居らと共に調査を願えるかしら?」
「あてはあるのですか?」
「身辺で調査すべきは柄木ね・・・。彼が関与しての行動というのは十分に考えれる。くれぐれも注意して、調査して頂戴」
「分かりました」
千羽に一礼し、聖はその場を去っていった。
そして代わりに、千羽のもとに不敵な笑みを浮かべた柄木が歩み寄ってきた。
「いやはや、お父様がお亡くなりになられた時はどうなることかと思いましたが」
「柄木・・・」
歯を食いしばって、千羽は感情を噛み殺す。そして表情を動かさず、淡々と扱った。
「あなたでも自重と言う言葉を知ってるのね。意外だったわ」
「ふん、何を言い出すと思えばそんなことですか。あなたもご存分に甘いですね」
「何ですって?」
眉の端をひく憑かせながら、千羽は柄木の言葉の真意を取る。柄木の態度は変わらなかった。
「あんなの建前に決まってるじゃないですか。第一、会議の時間に自分の思惑をベラベラ話して自分の立場を危うくするバカなんてそうはいません。そんなことしてたら、いつの間にかヘイトを買って殺されるのがオチでしょう、ねぇ?」
明らかに誰かのことを指名して言った言葉。千羽は動揺こそしたが、逆上することなくうまくあしらった。
「・・・ま、そんなところだろうと思っていたわ。馬鹿正直にすべての人間を信じれるほど、私も真面目じゃないわ。それこそ、お父様みたいにね。むしろ、そんなことが出来たら人間誰だって分かり合えるでしょう? 出来ないから戦っている私たちへの否定そのものじゃない」
「ごもっともで」
「とりあえず、戦闘に関しては任せるわ。方針決定等はあなたの傘下でしょう?」
「私に任せてもいいんですか? 何をするか分からないような相手に」
「自分からそれを言い出すのが気に食わないけどね。ただ、誤っても味方を手にかける、なんてことはしないでしょう?」
「・・・ええ、もちろんですとも」
予想した言葉より更に上手な答え方をした千羽に柄木は少々目を丸くする。そして、ククッと小さく笑って、柄木は千羽に目を向けた。
「それでは、私はこの辺で失礼いたしますよ。くれぐれも、計画に滞りのないよう」
コツコツと足音が遠く離れていく。そして数秒後、その場には千羽だけが残った。
「・・・相変わらず嫌なやつね」
千羽も、柄木と逆の方向へ歩いていく。
せめて、この行く先が間違いでないことを願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます