第???話β ここにある生こそが


※β√after storyです。


===


~side R~


 あれからまた、いくつも年が流れた。

 とはいえ、今の白飾、どころか世界にはもう発展の力はなく、ただ息を吐くようにだらだらと続く日々が続いていた。


 けど、そんな日々が幸せじゃないと言えば、それは嘘のように思える。

 現に、私は今幸せだから。


 五体満足なわけでもないし、経済状況が好ましいわけでもない。

 けど、戦いという大きな障害が消えた。それは、今まで私をさんざん妨げていた大きな大きな壁。それが消えただけで、私にとっては大きなものだった。


 それに...。



「おかーさん」


 ほら、今だって名前を呼んでくれる子がいるから。



 戦いが終わる間際に私と達海の間に出来た一人の子供。私は、この子を未来みくと名付けた。

 未来ももう随分と大きくなった。昔は私の腕の中で眠っていたはずなのに、今は小さな足を精一杯ばたつかせてあちこちを駆け回るようになった。私と違って元気な子に育ってくれたのは、きっとお父さんのおかげじゃないのかな。


 ...最も、その『お父さん』に、もう言葉は届かないけれど。


 戦いが終わって一年、二年。帰ってきた達海は、人の形をしてなかった。左目の無い、一匹の小さな黒猫の姿で、達海は帰ってきた。

 それでも、生きて帰ってきたことが、私は何よりもうれしかった。帰ってくると約束して、叶えてくれたのだから。



 私は今日も窓辺に置いた椅子に座って、ぼんやりと街を眺める。

 あの頃の輝きはもうないけれど、確かな生が今ここにある。それだけで、まだこの世界は十分輝いているように思えた。


 今思えば、コアなんてものは、ただのズルに似た道具にも...。

 ...いや、やめよう。


 

 ぼんやりと窓を眺めていると、膝の上に何かが飛び乗った。その重さ、温かさにはもう慣れている。


「あら、どうしたの? タツミ」


「みゃー...」


 タツミは、小さくあくびをして体を震わせた。

 その光景に心の底から笑みが零れる。


「ふふっ...、お眠の時間かしら?」


 私はその背中を二、三度優しくなでた。それが気持ちよいのか、タツミは体をぐてーと伸ばす。

 やがて、その鳴き声も無くなる。どうやら眠ったみたいだった。



「困ったわね...これじゃ動けないわ」


 なんて微笑んで呟いては見るものの、これはよくある話。私はそれに嫌気など差していなかった。

 それからまた幾度となくタツミの背中を撫でる。そうして今度は私がウトウトし始めたころ、私が腰かけている椅子の背中越しに、未来みくが座った。



「おかーさん」


「どうしたの?」


「...んーん、なんでもない。おかーさん、眠たそうだし」


「...そうね。ちょっと、眠たいかもね」


「タツミと一緒に、寝るの?」


 未来みくはタツミのことをおとーさんとは呼ばない。

 というよりは、タツミが父親であることを、私が未来みくに告げていない。それこそ、急に自分の父親が黒猫だなんて言われて信じれる子供はいないだろうという話だ。


 ここまで未来みくは、自分の父親の存在について聞いてきたことはなかった。人と触れ合う機会が少ないからか、そういう話にもならないのだろう。

 

 けど、これから大きくなるにつれて、未来みくはこのことについて聞いてくるだろう。...その時は、ちゃんと教える必要があるかな。

 


「...そうね、一緒、かな」


「じゃあ私もそうする」


「私もって...ここで寝るの?」


「うん。おかーさんと、タツミと、みんなで」


 未来みくは上がり口調で弾むように語った。そして、少しの間ごそごそと音がしたかと思うと、未来みくは体が辛くない体勢を取っていた。

 動きを止めて、先ほどは打って変わっておとなしい口調で私の名前を呼んだ。



「おかーさん」


「どうしたの?」


「幸せって...どんなもの?」


「...急に難しいことを聞くのね、未来みくは」


「えへへ...なんかね。急にそんなこと、思っちゃって」


 明日の幸せのために戦った私と達海の子だ。きっと、その考えに至るのは当然だろう。

 だからこそ、この子にはまっすぐに育ってほしい。武力を必要とせず、真っすぐな言葉で分かり合える世界を生きてほしい。

 私や達海が生きることのできなかった世界を、生きてほしい。


 きっと、この世界はもう長くないから。せめて最後に、私たちが戦ったその意味を残してほしいから。


 だから、私が答える言葉は決まっている。



「...幸せは、今、この瞬間の事よ。...何もないかもしれないけど、何もないからこそ、幸せなの。...この世界に、当たり前、なんてないから。...だから、未来みくは今、幸せ者よ。って...」


 話途中で、私は未来みくが眠りについたことに気が付いた。やれやれと首を振って、背もたれの先にある未来みくの頭をポンポンと撫でた。


「...いつか見つかるわ。未来みくの中の、未来みくだけの幸せ」


 そのまま窓辺に寄り掛かる。先ほど以上に瞼は重たく、気を抜けばすぐにも眠れてしまいそうだ。

 当然、それに逆らう必要のない私は、体から力を抜く。


 目を閉じる。


 あと数秒もすれば、意識は遠く離れていくだろう。






 きっと今、この瞬間が私の幸せ。私だけの、幸せ。

 いつまでかは分からないけど...きっと、この先も...。







 そうして私も二人に倣って、みじかな眠りについた。


 

 

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