第48話β 辿り着いた世界で、今約束を...
千羽は、逃げも隠れもしないと言わんばかりに達海たちの前方10メートルほどの場所に立った。そして、全てに絶望しきった目を達海らに向け、笑った。
「...ここまでご苦労様。...けれど、残念。もう、破壊は止まらないわ」
「何を...」
「...コアっていうのはね、藍瀬君。能力者が能力が使ったときに知らずのうちに発生する魔力、白飾の運営システムに組み込まれてる概念的な消費によってどんどんこうやって膨張するの。...概念的に存在するものにちまちまと力をかけてじっくりと膨張させることもできるわ。...けど、私は今こうして直接、直近で、魔力の投資を行った。...この意味が分かる?」
長ったらしい説明の後に、達海は真理を聞いた。そして、背中をとても嫌な予感を体現した冷や汗が走る。零はというと、戦意をそがれたのか、蒼白な顔をしたまま、無言でその場に立ち尽くしたままだった。
「...まさか」
「ええ、そう。ジエンドよ。あと10分もいらないわ。このコアは最大限まで膨れ上がり、自然に爆発する。そうすれば、その余波でこの世界の人類は全ていなくなるわ。残された時間は少ない。...せめて今のうちに、懺悔でもしたらどうかしら?」
目の前の千羽は、達海の知る千羽ではなかった。
分かっていたはずなのに、どこか達海は悔しかった。
(...こんなに悔しいのは、久しぶりな気もする...!)
頭に登ろうとする血をどうにか抑え、達海は千羽を睨み返す。しかし、目の前の千羽は微動だにしなかった。
「私を殺す? いいわよ。できるならね。...けれど、どうかしら? そんなことで、残された時間を使用しても」
「...まだ、終わっちゃいない。...この手で全部を変えることが出来るのなら...俺はお前を...殺す!!」
叫んで、達海は残された力をすべて足に込めて、千羽に突進した。そのまま右のこぶしを後ろに引き下げ、最大限の重力で殴りを入れる。
しかし、その拳は、千羽の背中から生えた翼に柔らかく包まれた。
全くと言っていいほど、効果はなかった。
「...どう? 1種A型。翼人。想像もつかないでしょう?」
「...くそっ!」
一度後ろに下がろうとして...
達海は、ひざから崩れ落ちた。
ガタが来ている体に鞭打って放った渾身の一撃。それは、達海自身の身体を破壊するに十分な一撃だった。
膝をつき、痛みに悶える達海を、千羽は憐れみの目で見つめた。
「...お願いだから、楽に旅立たさせて。あなたを傷つけたくないの。...ううん、本当は、誰にも傷ついてほしくない。だから...行かせて」
「ふざけんな...! 死ぬなら...消えるなら...一人で消えろよ!! 俺たちは生きたいんだよ! それが強欲で何が悪い! そうやって人は間違えながら...ここまで歩いてきたんだろうが!!!」
達海は、怒りのままに叫んだ。それが届かないと分かっていても、叫んだ。
「...あなたとは、分かり合いたかった」
それ以降千羽は何も言わず、ただ無言のまま出口に向かって歩いた。
そして、扉から外に出る前に、一言だけ言い残す。
「...それでも生きたいのなら、あがきなさい。私はもう...ここを去るわ」
それは、どこを去るということだろうか。誰も分からないまま、千羽はその場からいなくなった。
そして、ただ途方に暮れたような零と、怒りに煮えたぎる達海だけが、場に残った。
コアは、ただ禍々しく光を放つばかり。また、それは次第に輝きを増した。ぐつぐつと鍋が煮えるように、歪な膨張を始める。
もう、時間がない。
ましてや...なす術も。
(...いや、待て)
達海は、千羽の言葉を、もう一度確かめた。
この世の崩壊の条件。それは、どのようにして起こるのか。
膨張、魔力、私生活...自然崩壊。
(...自然崩壊?)
そのワードが、達海の脳内でどこか引っ掛かった。その言い方だと、人工的な破壊だと、何か変わるかもしれないと。
無論、それを立証する人間も、立証された経験も、ここにはない。
けれど、可能性は確かに存在した。
達海は砕けかけた膝にもう一度力を籠め、零の元まで歩く。
そして、放心し、途方に暮れ、絶望に満ちた顔でいる零の手を達海は握った。
(ここで諦めて、二人で最期を迎えるってのも...一興かもしれない)
(けどさ、そうじゃないだろ。...俺が生きたいのはそんな輝きすぎた今じゃなくて、小さな歩幅で歩く明日なんだよ。...だから、それはできない)
(ここに可能性を残さないといけないってわけだ。...なら、初めから答えは決まってるよな)
「...なあ、零。この世界って、残酷だよな」
「......ええ」
「ちょっとした幸せさえ、簡単につかめない人間だっている。正直、嫌になるよな」
「...だから、こうして滅びを迎えるのが人間の咎、ね」
零は、完全に生を諦めていた。というよりは、どうなろうと、今を達海と生きることを選んだのだろう。
しかし、その提案に達海は乗れなかった。
まだ、可能性がある。それを、零に伝えるために。
「...なあ、零。俺の力なら、このコアを砕けるよな」
「...は?」
零は、本当に言ってる意味が分からないと目を丸めた。そんなこともお構いなしに、達海は続ける。
「...コアが自然破壊されることで、世界から人間が完全に消えるなら、人工的に破壊するという、誰も考ええない方法がある。気づいたんだよ。...そしてそれを叶えるだけの力が...きっと、俺にはある」
おそらく、中途半端にコアを砕いたところで、世界の変革は免れない。けれど、それが全てであるか、そうでないかというのは、かなり違ってくる。
一つの命で、そんな明日を守れるなら。
達海は、それでよかった。
「...待って、待って! 待ちなさい!! そんなことをしたら達海は...!!」
「死ぬって?」
「...」
「...この体じゃ、さすがにただじゃすまないだろうな」
達海は分かっていた。自分の体の、7割が死んでしまっていることを。
だから、分かる。コアを砕いてしまえば、その余波で、間違いなく自分の身体は消え果る。
零ともう、二度と手をつなぐことは出来ない。会えるかどうかすら、確証はない。
けれど、それの見返りが零の守りたがっていた明日なら、達海はそれでよかった。
「けど、それで零の望んだ明日がやってくるなら、俺はそれでいいんだ。...それを守るために、俺はいるんだからさ」
「...確かに私は、明日を、世界を守りたい。...けど、けど!!!!」
零は、全てを吐き出すように、泣き叫んで、心からの言葉を叫んだ。
「私は!! ただ達海がいればいいの! それだけで...いいの......。私が明日を守りたいのは...きっといつか...幸せに...なれる日が来るって...、信じてたからなの...。今、幸せなの...。だから」
「...いつ、だれが俺が生きるのを諦めたっていった?」
達海は、冷然とした態度で、達海は零に問いかけた。
達海は、生きることを一秒たりとも諦めていなかった。
もちろん、人間としての生はもうないと、はっきりと口にできた。
けれど、今ならどこか、何かの命で生きていけるような、そんな気がしていた。変り果てた先で、零に出会えるのなら、それでよかった。
「...俺、絶対帰ってくるからさ。零を残して、消えたりしないから...。...だから、信じてほしい。...お願い」
「そんな...嫌...」
零は涙を止めることもできず、達海をただ見つめる。しかし、その瞳の前に否定を告げることは出来なかった。その覚悟を踏みにじることを、零は出来なかった。
達海は、全ての可能性を己が体にかけている。零にできると言えば、信じることだけ。
だから、信じるしか零にはなかった。
一つ息を吐いて、涙を目じりに留めて、零は達海を見つめた。そして、最後の命令を告げる。
「...なら、ガルディア副指令、時島 零が命じます。藍瀬 達海。人類の明日を守るその役目、今ここで果たしなさい」
「...! 了解、任務、承りました!!」
涙をこらえて達海を信じた零の言葉に後押しをされ、達海のその体はコアに向いた。先ほどよりも膨張したその個体は、もう2分ともたないように思えた。
だから、ここで壊す。ここで終わらせて、それで...未来へ。
背後から、零の声が聞こえた。
「達海!! ...絶対に、絶対に帰ってきて!!!」
「...ああ。絶対帰る。帰ってやるから、生き延びろよ」
「ええ」
「さあ、行って! 生き延びて!」
達海は背中越しに零に退室を促す。やがて、ドアが閉まる音を確認して、達海は目の前の癌と向き合った。
「...さあ、お前は俺に、なにを見せてくれる?」
一歩近づき、右手に力を籠める。
コアから放たれる瘴気で、達海の身体は出血を始めた。
「必ず...生きて帰る。どんな体になろうと、どんな罰を受けようと、俺は...必ず」
コアと至近距離、失った左腕と左目からとめどなく血があふれる。
しかし、そんなものはもはや関係ない。
ただ、目の前のコアを破壊する。
それだけのために、達海の右手はこれまでで一番重力を帯び...。
その右手で、コアを砕いた。
---
意識が消えていく。体は光に包まれ、足から分解を始める。
それが消滅というものを、達海の脳は理解した。
もう、何も思い出せない。愛する女性の名前さえ、忘れかけようとしていた。
そんな中で、達海はただ一心に零の名を叫んでただ願った。
必ず、また、零のもとに...。
---
戦いから二年が過ぎた。
結論から言うと、世界の滅びはほんの少しだけ先延ばしされた。とはいえ、生き残った全ての人間は、世界がもう長く持たないことを分かっていた。
また、生き残った人間というのも、限られたものだった。
コアが人工破壊されたことにより、その余波は完全体ではなかったが、自然破壊一歩手前というところで破壊したためか、地上には影響が出てしまった。
死にかけの人間、存在の力の薄い人間から、順に消えていった。
そうして、世界の人口は最盛期の3割ほどにまで減少した。
また、能力というものがこの世から消えた。コアが能力の発動に直接影響していたのから、分かり切った話ではあるが。
かくして人類は、命からがら生き延びた。
失ったものを嘆きながら、与えられた生を謳歌する。
零は、病院のベッドで一人窓から外を見渡していた。
変わってしまった白飾。自分が守りたかった街。未来。それは確かにそこにある。
それはかなったはずなのに、心から悲しいのはなぜだろうか。
零は、両腕で抱えた、眠ったままの赤子をあやしながら、呟いた。
「...いつになったら帰ってくるのよ、バカ...」
零の抱えている赤子は、紛れもなく、達海との子だった。
たった一度の、あの日の交わり。それが今に繋がっているというわけだ。
もちろん、驚いた。それでも零は、産むことを選んだ。
そうして、今、一児の母としてこの世に存在している。
子にとって、亡き父親の帰りを一心に待ちながら。
すると、コンコンとドアがノックされる音が部屋に響いた。
「どうぞ」
入ってきたのは、決戦後、なんとか生き延びることに成功した獅童だった。
「よっ、調子はどうだ?」
「普通よ。...けど、今日は歩くのが精いっぱいでしょうね」
「...やっぱ、そう簡単にはいかない、か」
「けど、生きてるわ。それが一番、なんじゃないかしら?」
零は、現実を受け入れて、笑って見せた。一児の母として、達海との約束のために、もう泣くことはしなかった。少なくとも、帰ってくる約束が果たされるまでは。
するとその時、空いたドアから看護師の悲痛な声が廊下に響いた音が入ってきた。
『ちょ、待ちなさい! 誰か! そこの猫を止めて!!』
「...野良猫?」
「あるにはある話だろ。...って、は?」
言っている道中、その黒猫は獅童の股下を潜り抜け、ベッドにある、零の膝の上に乗った。
驚きながらも、子供を起こさないように、零はその黒猫を見つめた。
鋭い瞳は、左が存在しなかった。
左腕には、誰が巻いたか知らない包帯が巻かれてあった。
それをみて、すぐに気づいた。それはたちまち、確信に変わる。頬から無数の涙が伝い落ちる。
そして、約束は果たされる。二年という、長い間の果てに。
「...そう。やっとなのね」
「ミャー」
「,,,お帰り、達海」
「ミャー」
言葉を奪われてしまいつつも、達海は確かに零のもとに帰ってきた。
ただ、その愛が伝わるように、零の身体に近寄り、体を擦りつける。
零は、その背中をそっと撫でて、もう一度。
「...お帰り...! 達海...!!」
言葉は届かないが、達海はただ、「ただいま」とだけ呟いた。
そうして、二人で守った、幸せに満ちた明日が、ここから始まる...。
=======
これにてβ√終了です。
次回よりγ√に突入しますが、作者の都合に投稿頻度の変更並びに少々の休憩をさせていただきます。理解のほどよろしくお願いします。
~追記~
終局を読み忘れてないですか? この際チェックお願いします。
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