第33話β そこに理由があるのなら


 その後、異変にすぐに緊急事態を感じた獅童の申し立てによって、零は即座に麻酔を打たれ、集中治療室に運ばれた。


 そこまでしなくても、とは思った達海であったが、一連の間の獅童の様子の豹変ぶりに言葉はなかった。

 とはいえ、言葉を本人から聞く、ということもできなかったわけではない。


 結局のところ、なにが正しいかは誰も分からなかった。



 それ以降言葉を発することなく、零が先ほどの部屋よりさらに医療器具の整った部屋に運ばれた後で、達海は獅童に意見を聞いてみることにした。



「...結局、会長の身に何が起こったか...分かるか?」


「...いや、こんなに零が豹変したのは見たことがない。...とはいえ、すぐに麻酔を打ってもらったわけだから、どこまでの状態だったかは詳しく把握できなかったが...」


「正直言って、判断を焦りすぎた、ってのもあるかもしれない。...けど、多分あれでよかった。...あの状態じゃ、まともなコミュニケーションも多分、取れなかった」



 さっきの間で一番話す時間が長かった達海が言うそれは、間違いなかった。

 それでいて、達海は気になる。


 零の身に、なにがあったのか。



「...なぁ、藍瀬。さっきの零、お前から見てどうだった?」


「どうだったって...」


 その質問への返答に、達海は少々困った。

 ぶつ切りの単語はいくらでも出てきた。


 どこかわがままだったりとか、甘えん坊だったりとか、泣き虫だったりとか...。



 そして、達海は気づく。

 それは、『幼い』の一言でまとめれる、と。



「...どこか、幼い感じがしたっていうか...。起き上がるなり理由も分からず泣きつくし、会長が目覚めたことをお前に伝えようとした矢先に、俺の袖を引っ張って駄々をこねたり...。少なくとも、今年18になるような人間の言動とは、思えなかった」


「なるほど...。それが、目の光がないことにも影響してるのか?」


「たぶん。...けど、こうなる要因って...」



 言いながら、達海は勘づいていた。

 それは獅童も同じだったようで、獅童は困惑し、あごに手を当てながら呟いた。



「...これも、能力のせい、なのか?」


「...やっぱり、その線が濃い、か」


 二人して頭を抱える。確定とは言えないものの、それしか考えが浮かばなかった。

 それほどまでに、要因を絞り込むのは簡単だった。



「...けど、それならそうで、零も自分の能力のデメリットは分かってるはずなんだ。...なんせ、零はあの能力ともう10年弱の付き合いだからな」


「イレギュラーが考えれない...わけでもないだろ?」


「そうだな。...けど、ここまでの能力過多は、前に一度くらい経験してたはずなんだ。その時は、何もなかったのに...」



 獅童の何気ないその一言が、達海はどこか気になった。


 前に一度、同じくらい能力を使用したことがあった。

 その時は何も起きなくて、今は何かが起こっている。



 その間の変化...。零の年齢、脳の成長、戦争具合の変化、そして...



「俺の関与が、関わってるのか?」


 疑うべきは、達海自身だった。

 どこか、自分がいるせいで零に影響を及ぼしているのではないだろうか? 


 この世界に、もはや『ない』、なんてことはあり得ない。

 であれば、その線も考えれないことはなかった。



 けれどそれは、同時に達海自身の首を絞めることに相違なかった。

 心の底から、どこか湧き上がる感情。



(...俺の、せい?)


 達海は自分が怖くて仕方がなかった。体の毛穴という毛穴から一斉に冷や汗が流れ始める。震えも止まらない。


 そうしていると、獅童は達海の手を取った。



「...藍瀬、お前はただ、自分と零を信じればいい」


「...それだけで、いいのか?」


「いいも悪いもない。そうするしかないんだよ。...どのみち、今のあいつの隣にいる資格があるのはお前だけだ。...お前が零を好きなら、たとえそれが傷つける行為であっても、零を一人にするな。それが、前任者が言える言葉だ」



 獅童は、自身の経験をもとに、達海を励ました。

 聞きながら、達海は気づく。


 きっと、獅童も零を好きだった。多分、今の自分のように。


 ならば、こうして今、零の傍にいれないことが悔しいはずだろう。

 それでも獅童は言葉を放った。もはや、自分の幸せは考えていなかったのだ。



 その気持ちを、達海は無下には出来なかった。

 気持ちを切り替えるために、深く一度深呼吸をする。


 息を吐き出すころには、脳もだいぶ冴えていた。体が引き締まり、汗も止まる。

 達海は、これからのことを考えることにした。



(...会長が目覚めたら、何から話そうか。...いや、何でもいいか。とりあえず今は、傍にいるだけでいいんだ。...それだけで、いい)



「...覚悟が決まったような目だな」


 獅童は変わった達海の様子に、満足そうに微笑んだ。

 達海は、問題ないと微笑み返す。



「ああ。おかげさまで。...助けられたな、悪い」


「礼なんていらない。同じ組織の仲間だからな。...期待してるぞ」


 その言葉が終わる瞬間、和らいだ空気を壊すようにリノリウムの床が音を響かせた。

 音の感覚は短く、音の大きさは大きく、それはまるで、緊急事態を告げるようなものだった。


 和らいだ空気は消えはて、達海と獅童は冷たい目線同士をぶつけた。



「...獅童。なんか、嫌な予感がする」


「奇遇だな。...俺もなんだ。前にもこんな気がしたことはあるが...桁が違う」



 その間にも、音はだんだんと大きくなる。

 達海はとうとう、音のなる方を振り向いた。



 そこにいたのは、普段の崩した服装からは遠く離れた服装の黒谷だった。


 達海はその姿に思わず声を掛ける。



「黒谷さん、なんでここに...」


「悪いな。一誠君からの連絡で、ここに来たんだ」


「...零のことですか?」


 獅童も会話に加わる。零の事であれば、当然かかわらずにはいられなかったのだろう。

 しかし、黒谷の答えはNOだった。



「いや、零の話ではない。...もちろん、そっちも危惧すべき事態ではあるのは承知済みだが、これはもとよりの話だ」


「もとより...。...あ」



 達海は、先ほどの一誠との会話の内容を思い出した。

 参謀、海外、情勢変化...



 そして、一誠の言った、なによりも恐ろしい言葉。

 獅童も気づいたみたいで、達海に目線を配った。



 恐る恐る、達海は尋ねる。


「...臨戦レベル、5...ですか?」


「...そうだ。ここからは、私が総指揮を執ることになった」


 黒谷は冷淡な声で、はっきりとYESを口にした。

 臨戦レベル、5。


 それは隠しようのない、全面戦争を告げる数字で合った。

 しかし、獅童にも、達海にも、それを否定する権利はない。


 ただ、巻き込まれるがままに、了解を口にするしかない。

 一端の兵士というのは、まさにそういうものだった。



「...黒谷さん、総指揮、よろしくお願いします」


 兵士としての心構えというものを理解している獅童は、即座にぺこりと頭を下げた。

 しかし、心のどこかで黒谷の復帰を拒んでいた達海は、思わずそれを口にしてしまった。



「...どうしても、黒谷さんが戻らなければならないんですか?」


「うむ。...現状が現状だ。仕方があるまい。もとより、紫翠が殺された時点でこうなる未来は見えていた。今更嘆きの言葉などない。...ついてきてくれるな?」


「...はい。それが、使命ですから」


 心に残る不満の言葉の一切を飲み込んで、達海はそう返事をした。

 それに対し黒谷は表情を一切変えずに続ける。


「さて...。編成会議は今日の夜7時ほどから行うつもりだ。無論、今は状態が安定してないが、回復し次第、零にも戦場へ戻ってもらうことになるだろう。...理解をしておいてくれ」


「...はい」


 これに対しても、文句は言えない。

 達海としては、極力零に戦闘に戻ってほしくなかった。


 能力を使ってしまえば、またこうなるかもしれない。...それでも、有能な戦士である以上、使われる運命にある。


 兵士とは、そういうものだった。


 達海は歯を食いしばって、黒谷の方を見つめ返す。

 それは反抗の目ではなく、力強い意志の目で。



 そうするだけの理由を、達海はもう持っていた。



「...さて、私は今から本部を立てるが...君たちはどうするかね?」


「俺は向かいます。...一応、モニターを任されていた身分ですので」


 獅童ははっきりとした言葉で、そう答えた。

 黒谷は一度頷き、達海の方を見返す。



「君は、どうするのかね?」


「俺は...まだ、ここにいます。俺の使命はガルディアの使命を果たすこと...。それもありますが、今、会長の傍にいるべき人間は、多分俺です。それが、俺のもう一つの使命...ですよね?」


「...ふ。いい目をしている」


 黒谷は満足そうに達海に微笑みを飛ばし、くるりと背を向けた。



「編成会議には出てもらう。...当然、夜中には仕事もあるだろう。零個人の隣に君は必要だ。だが、戦力としての君が、ガルディアにも必要だ。そこは、分かっているな?」


「当然です」


 その言葉に迷いはなかった。


 黒谷は今度こそ話すことはないと、大きな歩幅で歩きだす。それについていくように、獅童も歩き出した。



 一人廊下に取り残されて、達海は物思いにふけることにした。


 今、零のみに何が起きているのか、達海は知らない。知りたいとも思っている。

 けれど、それ以上に、まずは零と、世界を守ること。これが大事だと達海はようやく気付いた。


 だから、夜中に戦いにも出る。当然、それで怪我もするだろう。

 しかし、それが零を悲しませることであっても、達海はやめないことを決めた。


 ただ傍に寄り添い、慰めることだけが恋愛じゃない。

 守るための力、ともに生きるための力。



(俺の手に流れる血は、それを叶えるための道具だ)


 ならば、迷いはいらない、と、達海はこぶしを握った。

 こうして、真の意味で達海は人を殺す覚悟を得た。





「...俺は守るよ。守りたい全てを」


 たとえそれが、間違いであっても。

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