第28話β 終わらない悪夢


 達海は、目の前に転がる死体を見つめて、そして今度は震えの止まらない自分の右腕を見た。

 

 血はついていなかった。

 けれども、先ほど感じた感触、音がまとわりついて離れない。


 自分が、人を殺してしまったのだ。


(...俺、なんてこと...)



 そして放心状態になりかけたとき、どこか張りつめた空気が切れるのを感じた。

 それは、どちらかというと能力...。


(会長!)



 その名前が頭によぎった瞬間、時間が止まった。



...



 脳が止まる感覚から覚めるや否や、達海はすぐに後ろを振り返った。

 そこには零がいると分かっていたから。



「会長!!」


 振り返った先で、零は立っていた。

 そして、遠くにいたはずの男は胸を銃弾で貫かれ、倒れていた。当然、生きてなどいない。


「...」


 達海は目を伏せて、うつむいた。

 その瞬間、目の前で、ドサッという音が立った。


 先ほどまで平然として立っていた零が、突如として倒れたのだ。

 

「え...、か、会長!!」


「...」


 返事がないことで、達海は一層焦りを覚えた。

 死んではいない。それは分かっている。


 けれど、目の前の零は、明らかに大丈夫と言える状態ではなかった。


 達海は零に駆け寄り、自分の痛みはそっちのけでその体を抱き上げた。

 零は眠ってはないみたいで、薄目で達海の方を見つめ、何度目かの弱音を吐いた。



「悪いわね...。結局、あなたがいなかったから危なかった...」


「ほんと...なんで最初から俺を呼ばなかったんですか...! 私のために働けって言ったの、会長じゃないですか!」


「...変に、あなたには依存できなかったのよ。...私、プライドの強い女だからね...」



 零は力なく笑う。

 それは、気が落胆しているだけではなかった。


 単純な体の衰弱。


 それが、目の前の零に顕著に現れていた。おそらく、能力の使い過ぎか、何かというところだと、達海はすぐに予想が付いた。



「...会長、最初に能力使ったの、何分前ですか」


「...そうね、20分くらい前、かしら...」


「なら...あと40分くらいですか?」


「さあ...どうかしらね?」


 零は分からない、と言わんばかりに首を振った。

 しかしそれは、達海が先日零から聞いた説明と食い違っていた。


 この前言ってることが正しいのならば、初動から60分後に睡眠が来るはずである。

 しかし、どうして分からない、のだろうか。



「分からないって...どういうことですか?」


「...私の身体自体の問題よ。...使用回数が多いとね、こうやって負荷がかかるの」


「...会長、何回能力を使ったんですか?」



 聞いてて、達海は恐ろしく感じた。

 もし、とんでもない量時間停止をしてしまったのなら...。


 果たして、零はちゃんと目を覚ましてくれるのだろうか?


 もし、このまま眠ったまま、起きなかったら...。



 そんな心配をする達海をよそに、零は正直な数字を答えた。



「回数だけなら...7」


「時間は!?」


「覚えてないわ...。そんなの、気にする時間なんて、ない」



 言えば、それは当然ではあった。

 獅童の報告から、零は相当追い込まれていた。


 そんな中で、能力を使用する毎に時間など確認などできるはずがない。



「...馬鹿っ。ほんと...なんで俺を...!」


「言ったじゃない...。私はあなたを死なせないって...」


「それで会長が死んだら元も子もないんですよ! そんな計らい...優しさじゃない! もっと効率的に使ってくださいよ! 俺は...それでいいんですから...」


 言って、達海は悔しくて泣きそうだった。

 零はきっと、達海が傷つかないようにと計らって護衛につけなかった。


 それを分かっていて、達海はなお悔しかった。

 大切にするのと、動かさないでおくのとは関係ない。


 本心を言えば、達海はずっと零を守っていれればと、そう思っていた。

 それほどまでに、達海は零のことを好きになっていたのだ。



「...いやよ」


「なんで!」


「もう...失いたくないもの...」



 気が付けば、零は泣いていた。

 その姿を想像できなかった達海からすれば、その光景はショックともいえた。



「私は...強くない。...分かってるわよ...そんなこと...。けど...それでも...私にだって...思いはあるの。...なんで、許してくれないの...」


「...」


 頭に血がのぼって、零の行動を頭ごなしに否定していた達海は黙るしかなかった。

 その涙の前に、言葉の前に、同じように攻め立てることは出来なかった。



 かといって、その涙を認めることは出来なかった。

 それに従ってしまうことは、達海と零との距離を遠ざけることに他ならなかったのだ。


 真に、信頼関係を築くのであれば、先ほどみたいに、背中を常に預け合える中でなければならない。達海はそう思っていた。


 だからこそ、達海は零に信頼されたかった。

 大切にはされたい。けれど、もっと間近で零を守っていたい。



(...なんだよ。結局、俺のせいじゃん)


 そこで、はじめて達海は落ち着いた。自分にも非があることに初めて気づく。

 互いの思惑が進みすぎるあまり、互いのことを認識しようとしなかった。


 達海のそれは、一方的な押し付けに他ならなかった。

 自分で言っておきながら、矛盾をはらんでいたのだ。



「...ごめんね、藍瀬君。...こんな私じゃ、迷惑だよね」


 零はこれまで以上に弱気になり、伏し目がちになって謝った。

 その言葉が、達海の胸に突き刺さる。



(なんで...こんなに悲しいんだよ)


 さきほどまで感じていた悔しさ、苛立ち、それ以前の複雑な感情はどこかに消え去り、今の達海には零に対する悲しみしか残っていなかった。


 これまで築いていた達海の零に対するイメージが、一気に崩れていくようで...。



「...迷惑だなんて」


「分かってるわ...。あなたはそうであると言わない。...優しいからね。けど...優しいだけじゃ...生きれないのよ」


「...それでも俺は...」


 だからと言って、優しさは捨てたくなかった。

 非情な人間には、なり切れない。なりたくなかった。



「...帰りましょう。こんな戦場で、話す話じゃありませんよ。...もっと、近い距離で、ちゃんと顔を見れる状態で、会長と分かり合いたいんです。...だから」


「...帰る、ね。...ねえ藍瀬君、私の居場所って、本当にあそこなのかな?」


「...それ以上言うなら、そろそろ本気で怒りますよ。...少なくとも、あそこには会長の帰りを待ってる人がいるんです。その人たちを否定して...どうするんですか」


 

 達海は、瞬時に獅童や黒谷の顔を思い浮かべた。

 少なくとも、二人は零のことを邪魔ものなどとは思っていない。達海はそう信じた。

 だからこそ、胸を張って今のようなセリフを言えたというわけだ。



 零はまた目を閉じて、一つ息をついた。


「...そうね。そうよね...。じゃなきゃ私、ここまで生きてないもの...」


「分かったなら、ほら、さっさと行きますよ。背中、乗れますか?」


 達海は零をおぶろうとする。が、零はもう動かなくなっていた。


「...その、ごめんなさい。...体が、動かないわ」


「分かりました。じゃあ、ちょっと待ってくださいね」



 優しく諭すように達海は零に言って、どうにかして自分の背中に零の身体を乗せた。達海自身が受けた傷の痛みなど、とうに忘れていた。


 背中に乗る零の身体は、恐ろしいほどに軽かった。一応、達海が能力が生きているかどうかを確認したが、達海自身の能力はこの場において働いていなかった。


 つまり、この軽さは、零の体自身の問題だった。



「会長、軽いですね」


「...」


「会長?」


 首を動かして零の様子を確認する。零は、すでに眠りについていた。


 その呼吸は、恐ろしいほどに深かった。

 おそらく、ここから深い、深い眠りが始まるのだろう。目を覚ますのがいつか分からないほどに。



「...絶対、起きてくださいよ。俺はまだ、会長に聞きたいことが山ほどあるんですから...。だから」




 今は、生きて帰ろう。

 そう思って、達海はずんずんと歩き出した。





---




~side ???~


 初めは慣れなかった。急に、強制的に眠りに落とされる感覚。

 2、3回目で、ようやくそれが能力による弊害だと気づいた。


 慣れたのは、5回目くらいだった。


 能力の詳細を知ったのは、それからさらに結構後の話になる。



 そうして、私はリスクとメリットを知った。これが、つい2、3年前の話。

 

 正直、この能力を便利だと思ったことは一度もない。

 ただ、止まった空間で相手を殺すだけの能力。


 それが仕事だったから、ためらいはなかったけど。


 本当は、人殺しなんてしたくない。




 普通の生き方、というものを、してみたかった。

 けど、周りが私に求める生き方は、そんな優しいモノじゃない。


 人を殺せ。

 人を殺すように命じろ。


 私は、それに従うしかなかった。

 それが、私を救ってくれた世界のために、私ができることだから。


 けど、それでもやっぱり、血は流したくないし、流してほしくない。

 平和的解決なんて甘ったれた話がないことは分かっていても、私はそうあってほしいと願う。



 そんな考えと裏腹に、いつからか私は、効率を口にして生きるようになっていた。

 ...でも、やっぱり私情というのは相当強いみたいで。



 私、また間違えちゃった。

 藍瀬君に、心から怒られた。


 ...それでも、もう大切なものを失いたくなかったの。

 


 ...私、どうすればいいの?




 だんだんと睡眠欲が増してくる。一時間と立たずに来ているそれは、明らかにオーバーワークの証拠だった。


 また、眠りが始まろうとしてる。

 今度は、きっと長い。



 長い、長い、悪夢の時間が始まる。

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