第26話β 小さな綻び


 眠ってしまった零をそのままにしておくわけにもいかず、達海は零を抱きかかえると祭殿の中に入り、一番近い長椅子に横にさせた。

 その空いたスペースに自身も座り、息を一つついてあらためて零の言ったことを確認してみた。


 能力は、時間停止。

 しかし、それは特別無条件でできるわけでもなく、無制限にできるわけでもない。

 デメリットこそ本人の口からははっきりと聞かされなかったが、目の前の現状が全てを物語っている。

 

 能力使用後の、強制睡眠。


 それがデメリットであることを、達海は確認した。



「...確かに、デメリット以外の何でもないよな、これ...」


 能力を使ってしまったが最後、必ず眠りが訪れる。

 である以上、零は能力を使用すると、睡眠に陥ってしまうことを念頭に行動しなければならない。

 

 果たして、それが便利な能力なのだろうか。



 しかし、それは赤の他人である達海が判断することではない。

 達海はただ零がいつ目を覚ましてもいいように、じっとその様子を見ていた。


 恐ろしいほどに静かで、でも安らかに眠っている零のその寝顔は、達海を少し幸せにさせた。


 笑ってはいけない場面だというのは知っている。

 けれど、達海にとってその様子は、あまりにもかわいいものだった。


(ずっと、会長だからって、荘厳なイメージを持ってたんだな、俺...)


 生徒会での業務中は、ぐうたらな一面をよく見せていた零だった。

 しかし、結局人間は取り繕った表面上より、根っからの人間性の方が最終的に浮かんでくるのだ。


 だからこそ、達海は零のその根から真面目な在り方に視点を置いていた。


 けれども、目の前の零にそんな様子はない。眠ってしまえば、普通の女の子となんら遜色ない。


 能力者であろうと、組織の者であろうと、人間であることには変わりない。

 それが知れて、達海は心なしか嬉しかったというわけだった。


 そんな中、達海の端末がバイブレーションを起こした。

 この時間に連絡、というところで、達海は一人しか思いつかなかった。だからこそ、ためらうことなくその連絡を取る。



「獅童?」


『ああ。いや、仕事じゃないんだ。お前の今日の業務は零の付き添いだってことは周知してるからな』


「じゃあ、どういった要件で?」


『さっき、零が戦闘してたろ?』


「...まあ、言えばそうなる」


 それも一瞬。殆ど一方的な殺人に過ぎなかったけれども。



(...というより、俺はいつから人の死に慣れてしまったんだ...?)


 ふと、そんなことが達海の脳裏をよぎったが、それを遮るように獅童が言葉を発した。


『その時、零は能力を使ったか?』


「...みたいだな。あれって...結局何なんだ?」


『零から聞かされてないか?』


「一応どういう能力かは聞いた...けど、具体的なところは教えてもらう前に眠ってしまったわけなんだけど」


『はてさて、何秒止めたのか...』


「?」


 獅童の独り言の意味について、零の能力をはっきりと分かっていない達海は分からなかった。しかし、そんなことはお構いなしに獅童は続ける。



『いや、こっちの話だ。それより、お前今何をしてる?』


「一応、会長の様子を見てる。...祭殿の中にいるから、危険じゃないとは思うけど...」


『零が眠ってから、どれくらい経った?』


「まだ10分も経ってない。...で、それが?」


 獅童は数秒黙り込んで、そして何かを決めたのか話し出した。


『藍瀬、とりあえずお前も祭殿周辺の警備にあたってくれ。零はその様子だとあと一時間は起きないぞ』


「了解。確認だけど、今日は敵の襲撃とかの情報は入ってない?」


『祭壇付近は特別何も反応はない。それでも、前にお前が発見したような事例はあるから、油断はしないように』


「了解。じゃあ、切るぞ」



 達海の側から連絡を切り、改めて零の方を見た。

 先ほど同様眠ったまま、いまだ起きる気配はない。獅童の言った通りなのだろう。


 達海は一度バチンと頬を叩いて任務にあたる覚悟を決め、眠ったままの零に行ってきますとだけ告げて祭壇から外に出た。



---




 幸いなことに、達海が任務にあたっている間、祭殿周りにはなんの動きも見られなかった。

 そうして一時間が過ぎたころだろうか、達海はふと零のことを思い出した。


(...一応、様子を見る位なら)


 そう思って、達海は頭痛のするほう、祭殿の中へ入った。

 先ほどの椅子のところまで行ってみると、零はちょうど起きたのか、目をこすりながら体を起こしていた。


「おはようございます、会長」


「...おはよう。...それで、私はどれくらい眠ってたかしら?」


「一時間くらいですね」


「......6秒、ね。分かったわ。...外に動きは?」


「今日は特別動きはなさそうです。祭殿周りに誰も近づいてない感じかと」


「...そう。まあ、先日襲撃に失敗してるのが響いてるのでしょうね」


 零は目覚めるなり仕事の話だった。さっきまで本当に安らかに眠っていたのだろうかと疑ってしまうほどには、切り返しが早い。


 そんな中、達海は敵襲がないということをいいことに、零にもう一度取ってみることにした。



「会長」


「何かしら」


「会長の能力のデメリットって...結局何なんですか?」


「...物好きなのね」


「知る義務がありますので」


「義務、ねぇ...」


 零は目線を少し下に落としながら、呟いた。果たしてそこまで知られたくないのか、はたまた達海にまだそれ相応の信頼がないのか。


 それでも、押しに負けたのか、零は少しとまりどまり答えた。



「見ての通り、私の能力は、使用して一時間後に、強制的な睡眠が訪れるわ。逆らうことは出来ない」


「強制睡眠...ですか」


「そ。...私の能力ね、一見便利に見えるけど、扱いがすごく難しいの。発動させるには隙が生まれるし、発動させた後のコントロールも難しい。集中が切れてしまえば強制的に能力が遮断されるの。...それだけじゃない。時間を止めれる一回の長さにも限界があるし、私の能力下でも、相手の能力は発動したまま。時間と動きを止めても、状態までは止められないの」


「かなり繊細なんですね」


「その上にさっき言った強制睡眠よ。これはね、はじめてつかったタイミングから強制睡眠に落とされる一時間の間に、使用した秒数に×10した分数眠らされるの。つまり、6秒時間を止めただけで1時間は眠らされるわ」


「それって...不便じゃないですか?」


 思わず達海は本音が出てしまった。慌てて取り消そうとするが、零は怒ることなく、むしろ諦めきったように呟いた。



「...そうね、不便だわ。だから、一般に混じってきちんと戦闘訓練を受けて、能力抜きで戦わなければいけない。...けど、私は、それも無理なの」


「...そうなん、ですか?」


「私はね...昔、小さいころ、一度死にかけてるの。その時の後遺症でね、長時間の運動や単発的な激しい運動があまりできないの。やってしまえば、内臓器官が壊れて、最悪死んでしまうわ」


「そうですか...」



 零の口から零れるのは、あまりに残酷な現実だった。

 自分自身が抱えている悩みの種。それは、達海が思うより遥かに多かった。

 

 しかし、零はそれを背負って戦っているというわけだ。

 こういう立場になってしまった以上、弱みは見せられないと。


 それでも...



「それでも、限界ってものが、あるんじゃないですか?」


「限界...。そうね、あるわ」



 零はなおも悲し気な瞳を浮かべたまま続ける。



「私、今はこういう立場だからね...。好かれないのよ、人に。年配の人間たちからは、特にね。だから、頼るべきところが少ない。そんな中でここまで生きてきたんだもの。ここまでくれば、というのはあるけれども、思えばしんどいことだらけね。...それでも、逃げたくはない、って、私の心の底から声がするの。だからね...藍瀬君」


 零は、顔を上げて達海に目を合わせ、悲し気な瞳のまま笑った。



「私、どうすればいいか分からないの」


「っ...」



 その笑顔の前に、達海は言葉を失った。

 これまでのように、軽々しい慰めの言葉を並べてもよかったかもしれない。


 けれど、目の前の悟りきった零の笑顔の前では、そんなものは無意味だと話す前から達海は気づいた。

 だからこそ、言葉が出ない。


 達海には、零にアドバイスをすることも、零を支える言葉を言うこともできない。言ってしまっても、軽々しいそれは何の意味も持ちえない。



(それでも...俺は)


(この人のために...なんとかしたい)


 達海は、それでも零のための人間になりたかった。

 だから、不器用でも本心を伝える。



「...それでも、俺は、会長のこと、好きですよ」


「...はい?」


「俺って、なかなか変わった生き物なんですよ。...だから、駒でもいい。誰かに頼られたいんですよ。会長が誰かにすがりたいと思ってるように、俺も会長に好かれ、そして会長にすがりたいんですよ。...あなたのためなら、俺はどこまでも付いて行きますよ」


 少しばかりおどけていうものの、達海のその言葉に嘘偽りはなかった。



 結局のところ、達海は零が好きになっていた、それだけな話だった。

 達海は、弱く、自分の無力を知っていながら、それでもと抗い、ひたむきに世界を守ろうとする零に惹かれていたのだ。


 それが恋じゃなくても、達海は構わなかった。

 ただ、好きと思っている零のために戦いたい。それで達海はよかった。



「...面白いのね、藍瀬君」


「悪いですか?」


「結構。...ありがと。少し気が楽になったわ。さ、仕事に戻るわよ。あなたの聞きたかったことは話したでしょう?」


「ええ、まあ...」


 零はそれまでとは色の違う目をして立ち上がると、そのまま達海の横を過ぎて、外に向かおうとする。


 その最中、ふとした瞬間に零は達海に肩を置き、耳打ちするように告げた。







「さっきの言葉が本当なら、私のために戦って頂戴。...代わりに、私もあなたを死なせない」


 その一言が、達海はどこか嬉しかった。


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