第45話α(1) 最後の拳


「上出来じゃねえか。達海」



 達海の目の前に現れた男のその姿を、達海は知っていた。

 歓喜でもなく、落胆でもなく、その名をただ口にする。



「戌亥さん!!!」



 戌亥は、黒谷の足先をつかんで、そのまま払った。

 自身も間合いを図るため、数歩後ろへ下がる。



 達海は、これから行われるであろう戦いの邪魔にならないよう、戌亥のさらに後方に下がった。



「...全く、こんなぼろぼろになりやがって」


「すいません...」


「上出来だ」


「...え?」



 戌亥は、顔だけ達海の側へ向けて、ニッと微笑んだ。



「聞いてたぜ? さっきの。お前の戦う覚悟、見させてもらった。...上出来だよ」


「はぁ...」


「...ただ、理想は理想で終わらせるな。最後までやり遂げろ。...それが、俺たちの生き方だ」


「はい!」



 戌亥からの言葉で、達海は自然と元気が湧いてきた。



 不思議な話だ。

 体はもうほとんどぼろぼろだというのに、ただ一つの言葉だけで何度でも立ち上がれるのだから。


「...桐は、生きてるな」


「ええ。生きてます」


 その目で確認すらしていないが、達海は桐が生きていると答えた。

 愛する人を信じずして、戦うことは出来ないのだから。



「んじゃ、桐を連れて例の座標へ向かえ。こいつは、俺が相手をする」


「分かりました」



 そう言って達海は桐のいるであろう方向を向く。その時、がれきがガラッと音を立てて動いた。桐が動いたのだ。



「行けっ!!!」


「はい!」



 達海は、自分の体の苦痛など忘れて、一直線に走り出した。

 それを見た黒谷が、当然のごとく止めに入る。



「行かせるか!」


「!」


「邪魔するな!」



 二人の間に戌亥が割って入り、黒谷の動きを封じる。

 その間に達海は、がれきの中から桐の体を引っ張り出した。



「桐!」


「...ぷはっ! ...死ぬかと思いました」



 どうやら外傷が問題ではなく、呼吸困難が響いていたらしい。

 しかし、改めて見てみるが、桐も明らかな外傷を負っていた。



 何より、右足が通常では向かない方向へ向いている。

 完全に、折れていた。



「立てるか?」


「...いえ、ちょっと無理そうです」


「分かった。じゃあしっかりつかんどけよ!」



 達海はそのまま桐を自分の背中へ乗せた。おんぶの状態を作る。


「うわっ!?」


「行くぞ、走るから気をつけろ!」



 達海は、桐が自分の体をがっちりと持ったのを確認して、全力で走り出した。

 目標となる座標までは、もう、そう距離がない。



 それくらいの距離なれば、体重付与はいらなかった。


(なんて、俺が桐の重さを感じたいだけなんだろうけどな)



 そんな他愛ないことを思って、達海は走る。ただ懸命に走り続けた。



 黒谷は追ってきていなかった。というよりは、戌亥に完全に邪魔をされていた。

 遠ざかる達海と桐の背中を見つつ、戌亥は大声で叫んだ。



「桐! 達海! お前らの手で決めてこい!!」


「「はい!!」」



 二人の返事は戌亥に届いたのだろうか。

 それは、戌亥本人以外誰も知らない。






 けれど、戌亥は確かに笑った。そうしてもう一度黒谷を見る。



「...さて、二人きりだな」


「ここまでされたのだ。...容赦はしない」




 おそらく人類最強同士の戦いが、達海らのいないここに始まった。




---




 二人は数々の戦いを経て、ようやく例の座標にたどり着いた。

 そこで目にした光景に、二人は息をのむ。



「この街に...こんなところが?」


「こんなの情報には...」



 目の前には、街の景観に似合わないほどの祭殿のようなものが立っていた。

 そのあまりの不自然さに、達海らは言葉を失う。



 けれど、感傷に浸っている暇など、どこにもなかった。

 向こう側でいう最終防衛ラインまで達したのだ。当然、敵もいる。


 そう思って、二人は慎重に歩いた。



  

 しかし、そうしていると達海はすぐにおかしな点に気づいた。

 


 誰もいない。



 敵も、味方も、ただのだれ一人もいないのだ。

 ここには、桐と、達海としかいない。


 いわば、二人きりの空間だった。



「どういう...ことだ?」


「もう戦いが終わったとか...そういうのじゃないですよね」



 のっかっている達海の背中から、桐が答える。



「だろうな。...推測だけど、おそらくまだコアは壊れていない。この先に、なんかプレッシャーを感じるんだ」


「プレッシャー...? 感じませんけど...」



 そう言いかけて、桐はあることに気づいた。



「まさか先輩...コア、分かるんですか?」


「実物は見たことないけど...なんとなく、どこにあるかわかる気がしてたんだ」



 達海は、今目の前にある建物の近辺を歩いているとき、きまって頭痛を起こしていたのだ。

 それが何なのか、当時の達海は知らなかったが、今ならはっきりと答えれる。




 達海は、コアを微力ながら認識出来ていたのだ。




「...まあ、そうならそうで、進みましょう」


「ああ」



 二人は建物の中へと足を踏み入れる。




 そうして入った建物の中には、死体が山のように転がっていた。

 その死体は、敵味方問わず。


 ここでようやく、外に誰もいない理由が分かった。


 

 防衛ラインが、中まで下げられていた、ただそれだけの話だったのだ。



「...遅すぎたか?」


「いえ、まだお互い数名生きてます。...まだ、遅くないです。進みましょう」


 

 階段を下り、どんどん地下へと進んでいく。

 そのたびに、達海は変な頭痛を覚えた。


 ここにコアがあるので、間違いないみたいだった。




「先輩...大丈夫ですか?」


「え?」



 急に桐が心配そうに声を上げたため、達海は足を止めた。

 その瞬間、かなりの激痛が達海の全身を巡った。



「~~~~!!」


「ほら! 無茶ですって! もう体が...」




 

 そうして、達海は初めて気づく。

 舞にもらったあの鎮痛剤には、完全な副作用があった。



 それは、使用すればするほど、神経が研ぎ澄まされること。

 言い換えれば、敏感になることだった。


 それは、良い点も悪い点も同時に存在する。


 神経が繊細になることによって、敵の認知や、五感がだんだんと向上する。

 しかし、それと同時に、痛覚も格段に跳ね上がるのだ。


 そのせいで、現に達海は苦しんでいるのだ。



 そうして狂い始めた神経。それが投薬のたびにどんどん変異していく。

 達海の体は、その数割がもはや人間を超えていた。




「...悪い。いったん下すぞ」


「はい」



 近くにあった、大きめのがれきに達海は桐を下す。

 そうし終わった瞬間、達海は天を仰ぐように大の字に倒れた。


 達海の視界には、明かりを失った電灯が映る。



「はぁ...疲れた。少し休憩でもするか」


 達海は、冗談交じりに桐に告げる。

 しかし、桐は怒らなかった。



「そうですね。...少しくらいなら」


 そう言って、桐は動かせる方の足をぶらぶらと動かした。



「ね、先輩。...なんかこれって、終末、って感じがしません?」


「実際そうだからなー...げほっ!」


 何かに詰まって、達海は重めの咳をした。



「先輩?」


「いや...大丈夫だ」



 きっと、変に埃が胸の中に入ったのだろう。それが機能低下している肺を刺激したのだ、達海はそう思った。


 実際は、達海の呼吸器官が殆どやられているだけなのだが。



「なぁ、桐。...まだ戦えるか?」


 達海は瞑目して、独り言のように呟いた。


「戦わなければいけない...とは思いますが、率直なところを言うなら、もう、一人では戦えませんね。足も治らなないですし」


 

 達海が裂傷を受け、例の薬を飲んだ時、あれが最後の薬となっていたのだった。

 だからもう、それに頼って急速な回復は不可能だった。


 つまり、達海の折れた骨、それによって壊れかけの臓器、桐の折れた右足は、もう治らない。少なくとも、世界が終わるか、死ぬまでは。



「だよなぁ...。俺も、もう結構内臓がいかれてるしな」


「...諦めますか?」


「何を」



 達海はニヤリと笑った。それを分かっているようで、桐もまた笑う。



「死ぬまで戦うんだろ? 今度はちゃんと、自分の意志で」


「そうですね。私だけの、私のための戦いです」



 この数週間で、きっと桐は成長した。

 そんな桐の成長を間近で見れたことが、達海は嬉しく思えた。


 だからこそ、思う。


 やはり、桐が好きであると。



「...二人で、戦おう」


「はい。...あとそれと、おんぶはもう大丈夫です」


「え、そうなの?」


 達海は素で質問した。



「それがいいんだったらいいですけど...、けど、さっきの通り、あれ、先輩に結構負担かけてるんです。それじゃ、効率が悪いかなって」


「じゃあ、どうすんの? 歩けるわけじゃなさそうだし...」


「なんで、まあ、肩でも貸してください」


「了解」



 大の字に寝ころんでいた達海は、負傷部分に気を付けつつ起き上がった。そのまま桐の隣に座る。



「...そろそろ行くか」


「はい」



 お願いされた通り、桐は達海に肩を借りて立ち上がる。

 そのまま二人三脚のように、一歩、また一歩と歩幅をそろえて歩く。



 そうして二人は、ある扉の前にたどり着いた。

 達海は、その頭痛の具合から、その先がコアであることを理解した。



 しかし、二人の目の前には門番なるものが立っていた。

 傷だらけになりながら、しかして近くに死体の山を築きながら。



 何かを感じた桐が、達海の服をくいっと引っ張る。

 達海はそれを受けて足を止め、桐を近くに放した。


 そうして、達海は改めて目の前の門番と向き合う。



「...よう」


「藍瀬か」


 目の前には、傷だらけのまま立ちふさがる獅童がいた。



「へっ、傷だらけじゃないか」


「それはお互い様だろ」



 二人は、笑った。

 もちろん、目は笑っていない。



「...藍瀬...お前がここに来るということは」


「...会長なら、俺が殺した」


「そうか」




 獅童は少し俯いて、一つ息を吐いて、全く違う面構えで達海を見た。

 怒り、闘志、憎悪、全てを含んだ、戦うという意志が、その表情に現れている。



「...なら、もう言葉はいらないな」


「恨むなよ。俺も大切な人を、お前らに殺されてるんだ」


「そうだな...なら」


「だから...言葉はいらねえよな」





 一歩、一歩。

 達海と獅童は、その距離を詰める。



 そして、その残り距離がほんのわずかになった時。




 全ての音が止まる。

 場には勢いのない心臓の事だけ。


 その鼓動がそろったとき、二人は地面を蹴った。




「獅童ぉ!!!」


「藍瀬ぇ!!!」





 そのまま互いの思いを秘めたこぶしは、まっすぐに相手に目掛けて振られた。

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