第29話α 再開、終焉
土曜になった。
結局、白飾祭に行くことを許可されて以降、桐はずっと落ち着きのない様子でいた。相当楽しみなのだろう。
先日舞に桐の過去を聞いた達海は、そんな桐の様子が何とも言えない状態でいた。
感情に衣のない子供のような姿。
その子供らしさ、幼さが時に怖くなる。
また大切なものを失ったとき、桐はどうなるのだろうか。
しかしそんな心配は、浮かれ気分の桐を見ればかき消された。
夜になる。
もともと、夜だけ行こうと決めていたので、三人は日中は外に出ないでいた。
そうした準備をもって、満を持して、達海、舞、桐は煌びやかな夜の白飾へと繰り出した。
...といいたかったものの。
「舞~!! 浴衣がうまく着れないよ~!!!」
「...はぁ、こうなると思ってました」
夜の六時半。三人はまだ家の中にいた。
浴衣など着る文化がない街なだけに、桐はやはり浴衣を着るのに苦戦していた。隔てた壁越しに泣きごとが聞こえる。
そもそもこんな秋に浴衣など、と思われるが流石は技術都市白飾。秋であろうと気温をあげることは容易にできるのだ。
そのため、秋に開催される白飾祭は浴衣で回れるのである。
ちなみに達海はというと、五時ごろに部屋に張られていた「見たら殺す」という脅迫文の前に何も言えないでいた。
ただ窓の外から、祭りの行われるであろう方角を見つめる。
「...日常、か」
数日前というほんの一昔前は、よく口にしていた言葉だった。
ただその存在を愚直に欲しがって、もがいていたのに、今この毎日になじんで以降は、口にすることはなかった。
それは、達海に現れた覚悟の変化だろうか。
少なくとも、昔みたいに泣き言を言うことは無くなっていた。
きっと、未練は完全には断ち切れていない。
陽菜や弥一に面と向かってあってしまったとき、自分がどう立ち振る舞えばいいかも、きっと分からない。
それでも今は瞳に移す。
覚悟の強さだけ。
「...ま、これでいいでしょう。ほら、早く行きますよ桐ちゃん」
「ゴーゴー!」
準備が終わったのか、元気よく扉があく音がした。そのまま玄関へとテトテト歩く音が一つ。
その音を達海が聞いてると、今度は自分の部屋のドアが開いた。
「お邪魔しますね」
「あれ、行かねえの?」
「一分くらいです。それくらいは桐ちゃんも待ってくれますから」
そう言って、浴衣姿の舞は達海が先ほどまで仰向けに転がっていたベッドに座った。異性のベッドに座るというその行為に、ためらいはないんだろうかと思ったがどうせ数分の話だし、気にするだけ野暮だと達海は黙っていた。
「まあいいけど...、何しに来たの?」
「雑談です」
「そりゃまた」
「...桐ちゃん、すごく楽しそうですね」
「ずっと楽しみにしてたんだろ? あんな反応、当然するに決まってる。あのままにしておいてやりたいよな」
「そうですね。......せめて今日くらい、桐ちゃんの障害にならない一日で合ってほしいです」
舞はかなわない願望を願うように、うつ向いて小さく口にした。
弱気になる舞は見たくない。そう思った達海はすぐに声を掛けた。
「...そういう一日にするんだろ? 俺と、舞とで」
「...保護者みたいなことを言うんですね。嫌われますよ?」
「こうでもしないとお前の気も晴れないだろ? ほら、行こうぜ。桐がそろそろ何か言うだろうし」
「二人とも、早く行きましょうよ!」
玄関から待ちくたびれたような桐の声が響く。
頃合いのようだ。
「じゃ、行きますか」
「そうですね」
そうして達海と舞は立ち上がり、桐と三人で、ドアの外の世界へと飛び出した。
---
街灯が一層輝き、道は多くの通行人でにぎわう。
夏でもないのに、とんでもない人数が街の大通りを行きかっていた。
駅前の大通りだけでなく、少し小さな道まで。人と屋台で埋め尽くされる、それが白飾祭だ。
達海らも、今日はその一人。
「桐ちゃん、はぐれないように手をつないでおきましょうか」
「うん、お願い。ほら、先輩も」
「え? あ、ああ」
桐を真ん中にして左に舞、右に達海が並ぶように手をつなぐ。こうすれば誰もはぐれることはない。
桐は軽いフットワークでずんずんと進みだした。
まるで、子供みたいだ。
...本当に、子供みたいだ。
「あ、先輩、舞、あそこ寄りましょう!」
「はいはい、分かりましたからそうはしゃがない」
「りんご飴、ねぇ...。定番だ」
桐が寄りたいと言った屋台に片っ端から寄って、その願いを叶える。
だんだんと飛んでいくお金も、どんどん塞がっていく繋いでいない方の手も、桐の幸せそうな顔の前では何ともなかった。
「そういえば藍瀬さん、この祭りはパレードとかあるんですか?」
「あるにはあるけど日中だな。夜はこうやって道が塞がるから、そんなことをする余裕がないんだろう。...ああ、でも、花火は上がるぞ。それも結構な量だったかな」
「...白飾にそんな文化ありましたっけ?」
「実際、技術的に余裕でできる話だしな。あとはきっかけさえあればできる。ま、その触媒が出来たんだろう。こうやって盛大に告知するということは」
「はあ、なるほど...」
「じゃあ、あとで三人で一緒に見ましょう。いいですよね? 先輩、舞」
「もちろん」
「構わないぞ」
終始子供のようにはしゃぐ桐の雰囲気にのまれてか、はたまたそこにのみ注意を向けていたからか、完全に達海は油断していた。
だからこそ、目が合ってしまった。
数メートル先の、自分と親しみのある一人の男に。
「...どうしましたか? 藍瀬さん」
その様子が気になった舞は、桐に気づかれないように小声で達海に尋ねた。
「...悪い。舞、ちょっと桐を連れて歩いててくれ」
「は?」
「頼むから...!」
達海は、胸の奥からあふれ出る何かを抑えるので精いっぱいだった。それが声となり、舞にも伝わる。
舞は、一瞬だけ鋭い目つきで達海を睨んだが、そこに信頼があったのか、すぐに前を向いて答えた。
「...けじめくらい、ちゃんとつけてくださいよ」
「...ありがとう」
そうしてお祭り気分で完全に達海に気づいていない桐とつないでいた手を放し、その男に外れに来いとハンドシグナルを送った。
男はそれを確実にとらえたのか、近くにあった人通りのない路地へと入った。
路地内で、改めて達海はその男と対面する。
まっすぐに目を見つめて、逃げることなく。
「久しぶりだな...弥一」
「...よう」
そう答える弥一の声音は低かった。その声に達海は命の危険すら感じ、軽く身構えた。
(もし戦闘になっても...戦う覚悟は出来てる。...それが、弥一でも)
「...」
変に力を入れている達海を見つめたまま、弥一は無言のままでいた。が、糸が切れたように、平常のテンションで話出した。
「いやぁ、久しぶりだな、達海。お前のおふくろさんから旅に出てると聞かされた時には驚いたぞ。それで? 最近どうなんだ?」
「...」
「あれ、無視か?」
「...弥一。そういうのはよしてくれ。お前が今、そんな軽口を叩けるような状態じゃないくらい、当事者の俺ならわかる」
「...なーんだ。やっぱ俺、演技下手糞だな」
弥一ははぁとため息をついて、やれやれと首を振った。
そうしてもう一度合わされた瞳には、笑いなど一つも籠っていなかった。
「...お前、組織に入ったんだな」
「...想像してる通りだ。お前も色々と情報収集してたんだろ? 白飾の虎だっけ?」
「...へぇ、迷いは振り切ったか」
挑発のつもりか、弥一は薄ら笑いを浮かべる。
しかし、達海は動じなかった。
「...この道を進むと決めたときから、戦う覚悟は出来ていた。いつか、お前ともこうやって向き合うことにいなることも、覚悟してた。...俺はもう、引き返せない」
「...ああ、そう」
そう呟いたかと思うと、弥一は全力のスタートダッシュで獣化した爪を達海目掛けて振り出した。
「!!」
しかし、とっさではなく、達海はその攻撃をしっかりと目でとらえて、後ろへと避けた。
そのまま弥一を睨みながら、達海は強く言い放つ。
「...本気の殺気、だったな」
「それが分かって、ああも避けるのかよ。結構戦闘参加とかしたか?」
「いや...」
思えば、ここまで基礎体力や動体視力などの特訓のみ行っていた。
いつか、舞が言っていた。
---
「まず鍛えるべきは人間そのもの。能力はその次です。何故かわかりますか?」
「相手が無能力者の時にうまく戦えるために、とか?」
「正解です。自分に能力がある人は、その能力がゆえに無能力者相手に慢心する傾向があります。しかし、すべての人間が相手になる以上は基本となる力が必要です。鍛えて損はないですよ」
---
その意味が、やっと分かった気がする。
能力依存で戦闘する人間なんて、そうそういないのだ。
弥一の今の攻撃も、能力ありきではない。
「まあいい。今の一撃、動揺してる人間だったら完全に避けられなかった。が、お前は避けた。つまり、そういうことだ」
「避けない方がお前としてはありがたかったか?」
「いいや。避けてくれて助かったよ。じゃなきゃ俺は、親友を殺す羽目になってたからな」
そう言うと弥一は獣化した体を元に戻した。
どうやら戦闘の意志はもう無いらしい。
「...本当に、悪い。俺の進む道は、お前や陽菜、両親も裏切る道だ。それでも進みたい。非難なんて覚悟の上だ」
「...分かってるよ。それにな、そんな悪い気分でもないんだ」
「?」
言ってる意味が分からなかった達海は思わず首を傾げた。
「俺はずっと、お前が自分で決めた道を進んでほしいと思ってた。ほら、ずっとお前は自分を蔑んで、自分に自信のないまま、何気なく生きてただろ? だからさ、お前がこうして自分の意志をちゃんと持っていることがうれしんだよ。単に友人として」
「...でも、いいのか? 俺の進む道が達成されれば、この世界は、お前は」
「気にしねーよ。どうせ俺も、信念のない人間だ。...だから、お前に託す。俺はひっそり、その最後を見届けてやるよ」
「...ありがとう」
小さな声ではあるが、達海は心からそう呟いた。
信じていた友人からのその言葉で、どれだけの荷が取れたか。
自分がつっかえに感じていたものが、一気に外れた気がした。
「さ、もう行けよ。待ってるんだろ? お前をそうした人間が。だったらその人くらい、守って見せろ」
「...ああ!」
達海は一切の迷いを振り払って、再び人ごみの中へと混ざっていった。
残された弥一は一人、路地で空を見上げて、誰に言い聞かせるわけでもなく呟いた。
「これで、よかったんだよな...」
そうして、一度きり、一匹の虎が鳴く音が白飾に響いた。
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