第28話‪α‬ 拭えない過去、進む今日


 舞は据えた目のまま続けた。


「私のことはさほど重要じゃないので構いませんが、少なくとも一緒にいる以上、藍瀬さんに桐ちゃんがどういう人間かというのを知ってもらわないといけません」


「それは過去のことでって意味か?」


「それもあります。...まず、先輩は今、桐ちゃんがどういう人間だと思ってますか? 率直に答えてほしいです」



 舞のその切実な願いに、達海は言葉に詰まりながら答える。



「白学に入学してきたときから、桐のことはなんとなく気になってたんだ。その時は、ただ単に「かわいいな」って思ったのもある。けれど実際知り合って、仲が深くなって思ったことは増えた」


「例えば?」


「無邪気で、まっすぐで、どこまでも純粋で、そう思っていた。けど、悪く言い換えれば少し幼さを感じるというか...。一つ学年が違うのもあって、そんなものなのかなって思ってたけど、明らかに度が過ぎてる気がした」


「だから、守りたいと?」


「能力者としては強い気はするし、実際そうだから自分に桐を守るだけの力はないなとは思ってる。...けど、そういった幼さを感じたから、守りたいと思ったのかな。それはたぶん、目に見える力じゃなくて、心の底の話になると思うけど」


「...なるほど、それが先輩の桐ちゃんへの認識なのですね」



 舞は感情を表に出さないまま胸に手を当て、一度息を吐いた。

 そうしてもう一度達海の方を向く。先ほどより信の籠った瞳で。




「じゃあ、最後に質問です。...先輩は、桐ちゃんのこと、好きですか?」


「す、はぁ!?」


「...」



 急に恋愛面な話が出てきて思わず達海は驚くが、舞のその瞳ははぐらかしを許容するほどやさしくはなかった。

 

 本気、なのだ。


 それが分かった達海は一言一言をはっきりと口にした。



「好き、だよ」


「本当にですか?」


「じゃなきゃ、今この道を選んでないし、ここまで続けてこれてない」



 確かに、ほかの女子との交流もなかったわけではなかった。

 けれど、その中で自分の気を引いたのは桐だったのだ。


 そこに付き合いの長さや深さなんて関係ない。

 好きの気持ちに、深い説明などいらない。



 藍瀬 達海は、風音 桐が好きなのだ。

 好きになったのだ。




 その言葉の重さを理解したのか舞は表情を柔らかくして、少しばかり微笑んだ。

 しかしそれも一瞬。すぐさま表情を引き締めた。



「...分かりました。先輩が桐ちゃんを好きな気持ちが本当であるということを信じて、桐ちゃんの過去をお話しします」


「...お願いします」


「...桐ちゃんは、三歳のころ、家族ぐるみで大きな交通事故に巻き込ました。車は跡形もなく壊れ、あふれ出るオイルには血が混ざってた、そのくらいには酷い事故です」


「それで、両親が亡くなったのか?」


「はい。その時、桐ちゃんの両親、および妹は亡くなりました。体が原型をとどめてないくらいにひどい状態だったそうです」



 その説明を聞くだけで、相当大きかった事故なのだろうと達海は容易に予想できた。

 しかし、それと同時に疑問も生まれる。



「...待って。そんなに酷い事故なら、なんで桐は大きな外傷もないまま生きているんだ?」


「そこが、一番の肝です。...当時、まだソティラスというグループが大きくなかったころ、戌亥さんは表向きは警察の交通課に属していました。そうして、陰ながら能力を発生してながら、それを隠して仕事にあたっていた戌亥さんは、その事故現場の対応に向かわされました。そうしてそこで戌亥さんが見たのは、無傷のまま外に放り出され、大きな声で泣いている女の子だったそうです」


「それが...桐?」


「はい。そして、その時、現場には肌が切れそうなほど強い風が吹いていたそうです」


「つまりそれが、能力の予兆だったというわけか?」


「そうです」




 その話は達海の創造を遥かに超えるほどにむごく、悲しい話だった。

 その時から能力の予兆があった桐は、気が付けば殺人の道具になっていたのだから。



 運命を決められるべくして決められたのだ。



 そういった予想が出来つつも、達海は確認のために聞いてみた。



「それから桐はどうなったんだ?」


「一応警察の方に預けられましたが、戌亥さんが最終的には引き取りました。自分自身も警察をやめて」


「その時から戌亥さんはソティラス一筋なのか?」


「そうです。これにより、戌亥さんと桐ちゃんは完全にソティラスの人間になったというわけです。...正直、しんどい話ですよね。家族が事故で死んで、悲しむ暇もなく自分が殺人者になる素質があるからと、鍛えられるわけなんですから」


「...」



 その時ばかりは舞の瞳も奥底まで悲しさの感情が光っていた。


「そうして桐ちゃんはちゃんと能力を解析されて、ソティラスの特別措置枠として育たされました。生きる意味は、ただ目的の完遂のために能力者を殺すだけ。私よりも先に特別措置枠になった桐ちゃんは、多くの能力者を殺してきました」


「...そうか」


 許せない、とは言えなかった。

 今ここで桐の生きてきた道を憐れんで、否定したら、達海自身が戦う意味も、桐が戦ってきた意味もなくなる。


 だからこそ達海はぐっと言葉を飲み込んだ。

 そうすると代わりに別の思いが浮かんできた。



(もし、今から変われるとするならば、桐は...何がしたいんだろうか)



 桐に完全に意思がないはずでないと達海は信じているからこそ、そんな疑問が生まれてくる。

 けれど、それを本人に聞くには、きっとまだ早い。


 今度こそ達海は私情の全てを胸の奥に沈めこんだ。




「これが桐ちゃんの過去のお話です。一応当事者である戌亥さんから聞いた話なので、嘘偽りはないと思いますよ」


「それは分かるんだが...やっぱりその、桐が精神的に幼いのは、そうやって育てられてきたからか?」


「そう、ですね...。というよりかは、愛を知らないというのがあると思います。本来親から伝えられるべくして伝えられる感情、それが順序バラバラで自分の中で入ってきたりしてるわけですから。幼子を特別措置枠にする理由は、おそらくそこです」


「というと?」


「感情をはっきりと理解できない子供であれば、思想を刷り込むことは容易。いわば洗脳に近い状態にすることが出来るんです」


「同じ特別措置枠のお前がそれを言うのか?」


「だから私も、あまり人のこと言えないんですけどね」


 

 あははと小さく舞が笑う。そのしぐさに達海は小さな疑問を浮かべた。



「...同じ特別措置枠って割には、舞は感情をうまく表現できてるよな」


「...私、ですか?」



 舞は予想してなかったのかきょとんとする。その姿は達海にとって意外というしかなかった。



「私も桐ちゃんと似たようなケースで六歳の時に親を亡くしましたが、そのころには多少の感情を理解できていたので。なので、桐ちゃんとは少し違うかもしれませんね」


「それだけなのか?」


「...別に、私のことはどうでもいいじゃないですか」




 舞は少し怒ってそっぽを向いた。少し深入りしすぎたみたいだ。

 けれど、今の一瞬で舞に何が足りないのかを達海は理解できたのだった。



 桐は自分の感情をコントロールする力が弱かったりするが、舞は自分に注目を向けられることが苦手のようだった。


(確かに今思えば、舞はいつも桐の隣にいる、くらいの認識でしかなかったからな)



 きっとそれは、主役には向いていないということと似たようなものだ。

 けれどその「自分が主役にならない精神」があるからこそ、計画に使えたのかもしれない。


 


「...話がそれたので戻します。結論を言うと、これらの過去によって桐ちゃんが形成されているということです。精神的な幼さは、十分な教育を受けれなかったから。OKですか?」


「なんとなく理解は出来た」


「それと、ですが。桐ちゃんが夜に早く寝てしまう話をしましたね」


「ああ、あったなその話」


「あれも、事故が原因と言われています」


「というと?」


「当時三歳だった桐ちゃんにとって、その事故現場は相当むごいものだったはずです。だからこそ、体のどこかがそれを覚え、フラッシュバックを発生させるみたいです」


「なるほど...」



 つまり、桐が求めているのは安らかな眠り、だということらしい。

 夜が遅くなって一人になると、体のどこかが覚えている事故の記憶が桐を苦しめる。

 それに苦しめられないように、桐は早く眠るのだ。


 何もない明日を願って。



 達海は今日の話を自分に置き換えて考えてみた。


 もし自分が同じ立場だったら、どうなっていただろう?

 桐のように強く生き抜くことが出来ただろうか?

 ずっと一人で、内なる記憶と戦いながら。



 無理だ。

 とてもじゃないが、一人だと乗り越えれる気がしない。



 だから、誰かにいてほしいと思う。



 そう思ったとき、達海は気づいた。

 桐にとってのその誰かが、舞だということを。



(だから...いつ何時も桐は舞の傍から離れなかったのか。自分にとって失えない大切な人だから。自分を支えてくれる大切な人だから)



 

 達海は、最初の質問を舞に質問し返してみた。



「なぁ、舞は...桐の事どう思ってるんだ?」


「...また私の話ですか」


「お願い、聞かせてほしい」



 舞はくどいと言わんばかりに呆れた顔をしていたが、断ったところで無駄だろうとあきらめた。



「桐ちゃんとは、もう10年弱の付き合いです。流石に完全なる他人とは言えません。ただの仕事仲間と聞かれたら、それも違います。まあ、もどかしいのではっきりと口にします。私は桐ちゃんのことが好きです。大好きです。藍瀬さんより昔から、藍瀬さんよりももっと桐ちゃんの事守りたいと思ってます。それで文句ないですか?」


「ああ、ありがとう」



(そうだよな...。そこまでの思いがなきゃ、舞もここまで桐に尽くさないだろうし)



「というかそもそも、私にとって藍瀬さんは、桐ちゃんをはぐらかす害虫でしかなかったんですよ?」



「......は?」


 舞は普段の厳しい目を達海に向けた。この視線はもうかなり親近感があるが、それでも達海は少し驚いた。



「今でこそこちら側の人間になったのでいいですが、日常生活のあなたを見ていると結構イライラしてたのは本当です。桐ちゃんに悪影響与えるものかといつも目をつけてましたし」


「は、はは...」



 



 結局、舞の桐への愛は相当なものだと達海は苦笑いを浮かべるほかなかった。







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