第四章α 今はまだ幼き風(桐√舞√共用)

第25話‪α‬ 見えざる力


 前回変にたたき起こされたのが少し恐怖になっていたのか、達海は夜遅くに寝たにもかかわらずきっぱり7時に目が覚めた。


 そのまま食堂に足を運ぶと、かんかんとフライパンを鳴らして料理をしている舞がいた。自分と同じくらいに寝たはずなのに、ここまできっちり朝に起きれるあたり、毎日規則正しい生活をしているのだろう。



 舞は呆けている達海に気づき、口先だけであいさつをした。


「おはようございます藍瀬さん。昨日遅くに寝た割には早いですね」


「それはこっちのセリフなんだけど...。白嶺は起きて何分くらい経ったの?」


「30分です。基本起きる時間は固定されてるので別に不便はないですよ。朝食はあと10分くらいでできるので座って適当に待っててください」



 そう促されて達海は自分に与えられた席に座る。テレビでもつけようかと思ったが、舞の邪魔にならないようにとつけないで置いた。



 それから少しして一品出来上がったのかフライパンの音がやんだ。それと同時に何か思い出したように舞が口を開く。



「そういえば、来週には再開するようですね」


「ん?」


「白学です」


「ああ」



 たった数日離れていただけだったのに、達海はいつの間にか学校に行かない生活が染みついている気でいた。けれど、もう学校にいけないのは事実だが。



「体育館だけですからね、被害が出たのは。そこだけ使えないだけで、あとは問題ないそうです」


「いやうん...そうなんだけど...。けが人も出てるわけだし、もうちょっと慎重になると思ったんだけど」


「白学には結構能力者が存在しますからね。それをあぶりだすためには、早期に学校を復活させるのがベストでしょう」


「なるほど、俺たちみたいに学校にいけない人がいるわけだからか」


「そうです。もっとも、弱い能力者だとか、組織の人間でない能力者は学校に行く人もいると思いますが」


「学校に行くのも操作されてるんだな」




 達海が遠くを見ながらそう言うと、舞は似合わない悲しげな顔を一瞬浮かべた。



「私たちが、そうでしたから」


「え?」


「さっ、できましたよ。並べるの手伝ってください」


「いいけど、桐、起こさなくていいのか?」


「心配いりませんよ。だって」



 舞が何かを言おうとしたとき、食堂のドアが開き、眠たげに目をこすりながら少しぼさついた髪の桐が入ってきた。



「桐ちゃんは、私の料理が出来上がるころに必ず起きるので」


「おはよ~...舞~」


「寝起きは弱いんだな...」



 ぽわぽわとした雰囲気を出す桐にかわいさを覚えたのか、達海は少しにやにやしながら桐を見ていた。しかしそれは、しっかり舞の目に留まる。



「...藍瀬さん、気持ち悪いですよ」


「...はっ! 悪い悪い」


「というわけで手伝ってください。桐ちゃんは髪整えて」


「はーい...」



 桐はふらふらと歩きながら洗面所の方へと向かった。

 一連の流れを見て何かを思ったのか、気が付けば達海は口を開いていた。


「なんか...お母さんみたいだな、白嶺は」


「ただの桐ちゃんの親友ですよ。というか、本当に早くしてください。キッチン狭いんですから」



 舞をこれ以上不満にさせるわけにはいかず、雑念だらけではあるがようやく達海は舞の手伝いを始めた。



 全てが並び終わったあたりで顔を洗ってきた桐が合流する。そうして昨日と同じように三人で食卓を囲った。



「「「いただきます」」」


 そう言うなり目の前の料理に手を付けていく。口に運ばれる料理はやはりおいしいといえるものだった。



 そんな中で、また何かを思い出したのか、舞は手を止めて話を切り出した。


「そういえば藍瀬さん、来週から学校が始まるって言いましたよね?」


「あ? うん、さっきね。それが?」


「聞いた話なんですが、白飾祭も延期はするものの開催するそうです」



 舞のその発言に動きを止めたのは桐だった。

 もちろん白飾祭となると気になることも多く、達海は舞に話の続きを求めた。



「延期って...どれくらい?」


「一週間です。来週の土曜に開催するそうですよ」


「できるのか...? メイン担当校うちだったんだぞ?」


「合同委員会でほかの高校の生徒会に委任したそうです。やる理由は...、まあ、白学が再開するのと同じ理由かもしれません」



 達海はそこにもどかしさを感じた。

 楽しい祭りでさえ、人生で一度しかない高校生活さえ、この世界では道具なのだ。

 裏世界にもとより存在しなかった達海にとって、それはつらいことに思えた。



「とはいえ、私たちが出歩けるほど今は余裕がないかもしれません。関係ない話ですね」


「まあ、そうなるよな」


 もとよりそう割り切っていた達海にとってさほど気になるものではなかった。

 しかし、舞でも達海でもないところから聞こえたため息を、達海は聞き逃さなかった。





---




 舞に師事をお願いして、初めての夜になった。

 


 結局のところ、達海は家から出ることはほとんどなかった。

 というのも、舞からの指示だったのだ。



~過去~


「というわけで、日中でも基本家から出ないでおいてください。ただ、買い物とかそのような日常に必要なものを買いに行くときなどは力を借りるようになりますが、それ以外は」


「分かってる。...ただ、家でトレーニングとかはしてもいいよな?」


「筋トレなどなら。ずっと家でゴロゴロされても困りますので、むしろそちらの方がありがたいです。けれど、それで夜に疲れを残してしまうと本末転倒。度はわきまえてください」


「ああ」



~現在~



 今日は、達海は日中一度買い物に行っただけで、あとは外に出ることがなかった。

 家で基本の体力づくりをしていたくらいなので、体力も有り余ってる。



 夕食を取り、軽くシャワーを浴びて、体の準備をしておく。

 桐がいつ寝るか分からない達海は、部屋で気長に待とうかなと思っていたが、意外と早くに舞が達海の部屋のドアを開けた。



「それじゃ、行きますよ」


「え、まだ9時...」


「仕事が言い渡されてない日の桐ちゃんはこの時間にはもう寝ますよ。さっき眠ってるのは確認しました」


「そうか...。了解。行こう」



 舞と達海は夜の白飾に繰り出す。

 一人ではたまらなく不安に感じていた9時以降の白飾は、舞と一緒にいる今では怖さを感じなかった。




「...ここですかね」


 そういって舞に連れられた先は、どこにでもありそうな公園だった。路地からも少し離れてる分、少し奇妙に思えた。



「ここ、日中結構人がいるような公園...だよな? いいのか? こんなところで戦闘訓練なんかして」


「...いつ、だれが、戦闘を教えると言いました?」


「え?」


 舞は目を細めて達海に向かった。



「...いいですか、藍瀬さん。あなたに今足りないものは戦闘経験でもなんでもありません。基礎体力です。能力を耐えきれるだけの力が、まだあなたにはありません」


「...なる、ほど」


「だからまあ、今日から数日間は藍瀬さんが死ぬぎりぎりまでランニングです」


「なる...ほど?」


「ほら、走ってください。この公園をぐるぐると」


「...了解」



 師匠である舞の言葉には逆らえず、達海は一歩、また一歩と足を繰り出し、ランニングを始めた。



(...基礎体力、か。確かに能力に耐えきれるほどの体力がないから、ああやって意識を失うわけだし)


 懲罰みたいにずっとぐるぐるランニングさせられる達海だったが、特別悪い気分はしてなかった。


(...むしろ、能力の体重移動を鍛えるにはちょうどいいか)



 体育の時に能力を使ったときみたいに後ろから前、後ろから前と力を入れる。

 神経を研ぎ澄まして...前だけ見据えて。




 そうして5分くらい走ったあたりで、いつものごとく周りから一切の音が消えた。


(...ゾーン。もう何回目か分からないな。...けど、発動条件はだんだんわかってきた気がする)



 おそらくゾーンは、自分の集中が極限まで高まった時。

 能力を使おうと思えば思うほど集中は強くなるのだから、能力を使っている最中はゾーンに入りやすい。


 けれど、ゾーンに入ったとして、出るときはいつも過ぎたあたりだということを、達海は忘れていなかった。



 初めてゾーンに入った時は、規定より多く走りすぎて気づいた。

 二回目は、変に意識が混ざって怪我をした。

 そして先日は、体にかかった能力負担含めて気を失った。



 これを、自分で扱えるようにならない限りは、戦いなんてもってのほかだ。



(けど今は走るだけ...もっと無心に、能力を回すことが当たり前になるくらいには...)



 何も音が聞こえない状態でただただ走る。舞も何も言わないでいたのか、ただただ無音の公園にトットッと足音だけが響き渡った。




 そのまま走り続けてどれくらい経っただろうか。

 さすがのゾーンもだんだんと薄れてくる。かわりに体が激しい倦怠感を覚え始めた。その体のだるさで達海は現実に引き戻される。



(くそっ...体がだるい...、どうにかして負担軽減を...)



 まずは体を軽くしようと体重を意識した瞬間、足がもつれた。

 それまでは体重を変えずに移動だけを意識していたのだが、別な場所に意識を移した瞬間、それが一気に途切れたのだ。


 思いっきり顔面からアスファルトにぶつかる。


「って...」


 鼻を抑えながら立ち上がろうとするとするが、ひざの疲労があまりにも大きかったのか、足はプルプル震えていた。


 それに気づいたのか、舞がすたすたと歩いてくる。



「1時間半」


「え?」


「藍瀬さんが走っていた時間です。藍瀬さんは1時間半、ずっと走り続けていたわけです」


「そんな間...ずっと?」


「はい。というかそもそも、このランニングは、藍瀬さんの限界を知るために走ってもらったのもあります」


「...うん、うん?」



 舞は見慣れてないものを見る目で達海を見た。



「それで、いろいろと分かったのですが...」


「何が?」








「藍瀬さんの言っているそのゾーン、それは多分、見えざる能力です」



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