第26話‪α‬ 安らぎの夢


 達海が詳しく説明を聞いたところ、それは見えざる能力と呼ばれるものの部類ということが判明した。



「ゾーン、もとい極限の集中状態は誰でもできる、というものではありません。人間、本気になれば集中することは出来ますが、それにはもちろん限界があります。そういうことを考えると、藍瀬さんのそれは見えざる能力といえるものでしょう」


「そうなのか...?」


「はい。しかし、見えざる能力と通常の能力は違います。例えば、ゾーン、というのは一流のスポーツ選手が言葉として使うじゃないですか。別に彼らは嘘を言ってるわけではないです。実際、彼らも藍瀬さんと同じように極限の集中状態に入ってるわけですので」


「えっと...つまり?」


「見えざる能力は、コアによって与えられる能力とは違うってことです。それが証拠に、見えざる能力であるゾーンを発動することができる人間はいますが、彼らはコアによって与えられた能力は使用できないので」



 つまり、舞の説明は能力者でなくても使える能力があり、それが俗に見えざる能力と呼ばれるものだということだった。それは白飾外の人間も発動することが出来るものであるということも。



「他に見えざる能力は数種類存在するとされてますが、ゾーン以外はさほど発見されてないそうです。それに、ゾーンに至っては自分で入ることが出来ても、出ることが出来ないと聞くので、一概にいいとは言えませんね」


「それは...うん」


 達海は苦笑いを浮かべて頷くしかなかった。

 実際、現状がそう呼べる状態なのだから。




 舞は、大きく息をついて、まっすぐ達海を見つめた。

 

「...分かりました。当面の間は、これを磨けるようにしましょう。このゾーンというもの、磨けば相当役に立ちます」


「分かった。...けどどうやって?」


「そこは私が考えます。一応、師匠という立場なので」


「よろしく頼む」



 明確な目標を得て、この日の特訓は終了した。





---



 そこからは達海は特訓に特訓を重ねた。

 夜は一切を舞に任せ、自分は出来る範囲で体力づくり。数日間で効果が出るわけがないと分かっているトレーニングでも、目指す目標があればいくらでも頑張れた。



『桐を守る』


 今はまだ未熟でも、いつかはそれを証明するために、達海はひたすらに前を向いた。



 そうして、気が付けば白飾祭が明後日になるくらいにまで時が進んでいた。

 


 朝七時に目が覚める。規則正しい生活が行われているこの家にいることで、達海の生活リズムも大幅に向上していた。


 体を起こしてみると、節々が痛む。日々体に無理をしながらトレーニングや特訓をしていたため、筋肉痛でない日などなかった。


 しかし、戦闘で傷を負う方がその何十倍もいたいことを知っている達海は、文句の一つもこぼさないでいた。

 

 自分の信念で選んだ道なのだから、覚悟を決めろ、ただ愚直にそう思って。



 

 食堂に行くと、今日は少し早くに準備が終わっていたのか、舞が先に席についていた。桐はまだ起きる様子がない。



「おはようございます」


「おはよう。...桐は?」


「昨日の任務がかなり激務だったようで、今日は休養日です」


「そっか、だから舞も途中で切り上げたのか」



 昨日、桐は一日単独で任務にあたっていた。そのため、達海は昨日中桐と会うことがなかった。

 しかし、特訓の途中で舞が早期に切り上げてしまったため、おかしいとは思っていたのだが。



「組織は、ちゃんと休みを与えてくれるんだな」


「本当は許されないはずなんですけどね。...私や桐は、特別なんです」


 舞は例にもなく、遠くを見つめて小さく微笑んだ。まるで何かを思い出すかのように。

 それが気になって達海はすぐさま返事を返す。


「特別?」


「説明するとですね...」


 

 その言葉の途中で、寝起きの桐が扉を開けた。

 しかし、その表情が普段より曇っていることは達海でもすぐに気づけた。



「...うぅ」


「桐ちゃん、まだ寝てていいんですよ? 昨日あれだけの仕事だったわけですし」


「...うん...」



 まるで生気が抜けたような返事のみ桐の口から零れる。本当に眠たいだけなのか、不安になるくらいに。


 昔の達海にとっての桐は、もっと、しっかりもののイメージしかなかった。

 けれど、今一つ屋根の下で暮らしていて、だんだんとそのイメージが現実と大きくかけ離れていることに、達海は気づいた。



 そのせいで、何も言えない。何を言っていいのか分からなかったのだ。

 ただ食卓の上に用意された食事が二人分だったことで、達海は、桐がこうなることを舞が予想していたのだと気づいた。


 気づいただけだった。




「...寝る? 桐ちゃん」


「......寝る」



 舞は立ち上がって、桐の背中に手を当てて、桐と一緒に桐の部屋に歩き出した。

 そのままドアが開けられて、閉められて数十秒。一人で舞が戻ってきた。



「...桐、だいぶ疲れてそうだったな」


「...はい。まあ、あれにはいろいろと訳があるんですが」


「訳?」


「本人がいるのでこの場で言うのは控えておきます。...けど、いつかは絶対に言わなければならないと思っていたので、ちゃんと伝えます」



 達海はそんな舞の声を聴きながら、どこか昔の舞の姿を思い返していた。


 まだ自分が学生だった頃。

 舞が、こんなにやさしさのある子だと思えていただろうか?


 そんなことを、達海はただただ思っていた。

 けれどそれは思うだけで口にしない。

 そうすることが、きっと舞が一番嫌いなことだろうから。



「分かった。...じゃあ、その時で頼む」


「ところで藍瀬さん、体の方は大丈夫ですか?」


「え? 体?」


「はい。そろそろ夜にやることの内容を変えようと思いまして。それで、本調子が出ないとなるとさすがに困るので」


「なるほど...。まあ、ちょっとばかり筋肉痛が残ってるだけで、動くには支障がないと思う」


「異常ありです。筋肉痛でも、あればコンディション不良に変わりないですよ」


「うっ...」


 舞はめっ、と言わんばかりに鋭い目で達海を睨んだ。

 何かを伝えようとしているその目の前に達海はなすすべなく言葉を失う。



「...そもそも、私たちが常日頃から規則正しい生活を心がけているのは、ベストコンディションで挑むためです。私や桐ちゃんは戦闘することでしか貢献できない人間です。そんな人間が戦闘で役に立たなかったら、何の意味があるんですか? という話です」


「確かに...」


「そして、そんな私や桐ちゃんのもとに藍瀬さんはいるんです。そうである以上は、それを守ってもらわないと困ります」


「なるほど。...悪かった」


「いえ、それほどでもないです」


 普段なら「ほんとですよ」と不満げな顔をする舞なだけに、この態度には正直驚いた。



「とりあえず今日は夜までは変に体を動かさないでください。...ただ」


「ただ?」


「戌亥さんから、今日はあなたも来るように、と伝達がされているので、ついてきてもらいます。いいですか?」


「いいも悪いもないけど...俺と舞だけ?」


「そうです。先ほども言いましたが桐ちゃんは本日休養日なので。それともなんですか? 私とじゃ不満ですか?」


「ここまできてそれはない」



 達海は強く否定を言い放った。

 自分に厳しい態度をとる舞ではあったが、それと同時に自分が一番舞にお世話になっていることをちゃんと達海は認識していた。


 そんな人に向かって失礼な態度はとれない。



「じゃあ、何が気になったんですか?」


「いや、舞に休養日はないのかなって...」



 ここに滞在するようになって一週間弱。桐は今日休養日であるが、舞が休んでいるところを達海は見たことがなかった。

 

 そのうえで自分が申し込んだ無茶な特訓にまで付き合ってもらっているわけだから、達海はいよいよそこが気になって仕方がなかった。



「...私のことはどうでもいいです」


「けど」


「心配しなくても、戌亥さんはちゃんと図っててくれてますよ。私の信頼する上司なんですから」



 そう言って、今度こそ舞は分かりやすく笑った。

 初めて、達海の前で偽りない笑顔を見せた。



 ...ひょっとしたら偽りはあったかもしれない。

 心配がる達海に迷惑を掛けないようにと笑っているだけかもしれない。



 けれど、今達海の目の前にある笑顔は、嘘と呼ぶには程遠いものだった。




「分かった。じゃあ、今日はそのつもりで動く」


「そうしてください」



 その後二人は何も話すことなく、目の前にある料理をいただいた。







 ~Side ???~


「まずい! ぶつかる!!」


 その声を最後に、金属やガラスがガシャーンと砕ける音が耳をこだまする。

 私はそれに、いたたまれなくなって声を上げる。


 いつのころの話だったかは、もうはっきりとは覚えていない。



 夜遅くになると、必ずこの夢を見るようになる。

 いつかは全く覚えてないのに、確かに私の身にあった過去の話の夢。


 そうして気が付けば、また一人になっている。

 それが夢であることが分かってるからいいものの、もし一人であることが現実になってしまったら、私はどうなってしまうのだろう。


 それが怖い。果てしなく怖い。


 そんな恐怖と戦いながら、私は今日も眠りにつく。







 せめてこの眠りが安らかなものであるように祈りながら。








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