第23話‪α‬ 嘶く風、駆ける雷


「これが...俺の?」


「ほお~...重力操作か。まさか俺以外にもいるとはな」


「え? そうなんすか」


「おう。俺の能力は【重力操作A】【2種A型】だな。重力操作Aだから、お前さんのとは少しタイプが違うな」



 改めて自分の能力を知り、達海はもどかしい気持ちに見舞われた。

 B型。

 それが果たして強いのか弱いのか。そんな力で桐の力になれるのだろうか。



「...なーに思いつめたような顔してんだ」


 思いつめた達海の顔を察してか、戌亥は達海の肩をポンとたたいた。



「この組織には能力のないやつもたくさんいる。そんな中でお前は選ばれた人間なんだ。誇りを持て」


「...はい。...そうだ、戌亥さんの重力操作って、俺のと一緒なんですか?」


「いや、A型とB型だから内容が違うな」


「じゃあ、A型ってどんなものなんですか?」



 達海がそう問うと、戌亥は手を払い、達海に下がれと指示した。



「ここでもできる能力だから見せてやる。...見とけ」



 戌亥のその言葉を境に場が静まり返る。たちまち戌亥は気をためたかと思うと体が浮き始めた。漫画で言う部空術みたいなものだろうか。


「...これは?」


「自分の重力が働いてる方向を逆にできたりするんだ。...といっても、今は割合で言うと上に6、下に4のバランスで重力を働かせている。だからこういう風に宙に浮いた状態になるんだ」


「確かに俺のとは違いますね」


「重力そのものの量を増やしたり減らしたりする能力と、重力の向きを操作する能力。確かに違うな」


「他にも重力操作の能力者とかいたりするんですか?」


「確認は出来てない。...が、いないとは言えないな」



 しかし、今この能力を持っている人間は自分だけなんだと思うと、達海は少し自信を持つことが出来た。

 そんな中で、戌亥の持っていた携帯端末が元気良くなった。



「戌亥さん」


「分かってる。ちょっと待ってろ」


 戌亥は自分の携帯端末に耳を当てた。



「俺だ。...何? 本当か? ...分かった。対処に当たらせる」


 話が進むにつれ、だんだんと顔色を変える戌亥に達海は不安を覚えた。そして戌亥が通話を終わると同時に達海は声を掛ける。



「何か、あったんですか?」


「...外に桐と舞が待機してるはずだ。ちょっと呼んで来い」


 先ほどから様子が一転した戌亥に何も問うことが出来ないまま、達海はドアを開けた。桐と舞は律儀にそこで待っていた。



「あれ、先輩どうしましたか?」


「戌亥さんが二人を呼んで来いって...。何か、あるみたいだけど...」


「...分かりました。桐ちゃん、準備を」


「うん」



 二人は呼び出された意味をある程度把握しているのか、すこしダルけていた雰囲気が一気に変わるくらい気を引き締めた。


 部屋に戻ると、戌亥はいつの間にか席に戻っていた。浮かべている真剣な顔から、事の重大さを達海もようやく感じ取った。



「...今までこういう事態はなかったが...桐、舞、仕事だ」


「こんな日中に...ですか?」


「だからこんな事態はなかったと言ってるんだ。...奴ら、動きがだいぶ荒くなってきたぞ?」


「というと?」


「場所こそいつもと変わりない路地裏エリアだが...、うちのグループのメンバーがガルディアのメンバーと交戦状態に入った。...というよりかは奇襲。もう何人かはやられた。...出向けるか?」


「「問題ありません」」


 マニュアルのように、桐と舞は声をそろえてそう言い放った。


「よし、行ってくれ。場所は二人の端末に送っておく」


「分かりました」



 そういって舞は先にドアの向こうへ飛び出していった。

 ついていくように桐も走り出そうとするが、何かに気が付いたのか、呆気に取られている達海の方を向いた。


「先輩は...」


「...俺も、行かせてくれますか?」


 気が付けば、達海は戌亥にそう口にしていた。

 戌亥は眉間にしわを寄せ、難しい顔を浮かべる。



「...相手は、能力者だぞ?」


「分かってます」


「命を張る覚悟はあるのか?」


「あります」


「...なら、俺に止める理由はない。存分にふるってこい」


 それっきり、戌亥は何も言わなくなった。


「じゃあ先輩、行きますよ!」



 そうして桐とともに達海も舞の待つ場所へ走り出した。





---




 全速力で走って、人が歩いていない道を選びながら目標の路地裏を目指す。

 桐が能力を使用しているのか、後ろから背中を押すような風が吹いている。


 舞は追いついてきた達海に気づくなり、怒鳴るように言い放った。



「なんで来たんですか!」


「自分だってもうソティラスの一員だ!」


「戦闘経験もうぶな人間が...!」


「あるにはある...!」


「あるんですか!?」


 そう驚いていたのは達海の左前を走っていた桐だった。


「そいつは能力者じゃなかったけど...明らかに組織の一員だった」


「武器は何か持ってたんですか?」


「日本刀を」


「...向こうの人間ですね。うちの組織に刀使いはあまりいないので」


 少しは頭も冷えたのか、舞の声音は落ち着いていた。

 そして先頭を走っていた舞は目標の場所より少し手前で足を止めた。併せて



「...はぁ。なんで来たんですか本当に」


「いやだから...」


「数人のチンピラレベルの人間なら、私や桐ちゃんで始末できます」


「邪魔だって言いたいのか?」


「戦闘経験がある以上、はっきりとはそう言いませんが、私たちはあなたが心配なんですよ、藍瀬さん」


 見ると、桐も舞も困ったような顔をしていた。



「藍瀬さんは、人を殺したことがないでしょう?」


「...見たことはあるけど、したことは...ない」


「なら、尚更です。私や桐ちゃんは、もうこの道ずっと生きてきているのでそういったことに躊躇いはありません。...けれど、あなたは違う。もし目の前に瀕死のガルディアの構成員がいたら、あなたは迷わずその心臓をつぶせますか?」


「それは...」



 分からない。


 完全にできない、とは思えなかった。

 おそらく、少なくとも自分の中には非常な血も流れている。達海はそう思ったが口にするのはやめておいた。




「...けど、今ここに来た以上、戦ってもらうしかありません。極力私や桐ちゃんでカバーしますが、相手人数はおそらく8から数人減って6。何人か先輩の方に抜けるかもしれません。その時は自分で対処してください。それで死ぬのなら、それまでです」



 あえて舞は厳しく達海に言い放った。一歩間違えれば死に至る世界なのだから。

 達海は神妙な顔で頷いた。



「それじゃ、行きますよ...!」



 舞と桐が先に駆け出す。それを追うように達海も付いて行った。

 さらに走ると目の前に数人の立ち上がってる人間が見えた。


 その周りには...もうすでに亡くなっているであろう人間の死体が。



 しかしこんな光景を何度か見ていた達海は立ちすくむことはなかった。そのまま地に足をついて、目の前の光景をしっかり自分の目に焼き付ける。



 目の前のガルディアらしき人間の集団は、桐と舞を見るなり動揺を見せた。



「ふ、風神雷神だと!?」


「おい逃げるな! この人数だ! 数人がかりで押せば...!」



「...行くよ、舞」


「...うん」


 目の前でうろたえる人間を気にもせず、桐は腰に帯同させていた大型のナイフを抜き出し、そのまま敵の群れにとびかかった。


「来たぞ! 迎撃しろ...!?」


 一人の男が近くに転がっていた刀を持ち、能力をつけようと目を閉じて何かを念じていた。が、なぜか全く反応がない。男もようやく異変に気付いた。



「な...、体が...しびれて...」



男は全く動かなくなり、両の腕で持っていた刀を地面に返した。



「...」


 気が付けば、舞が敵に向かって手を出していた。光の反射で達海の目に映ったのは、まっすぐ放出されたプラズマだった。舞はどうやら電気系統の能力らしい。



「...ふんっ!」


「ぐぁ!!」



 瞬く間に、舞によって硬直させられていた男が桐のナイフで胸元を深く切り裂かれる。鮮やかな鮮血を体から吹き出し、男は前のめりに倒れ、それっきり動かなくなった。

 ...おそらく、死んだのだろう。



「くそっ! なんでよりにもよってこいつらが!」


 別の男は帯同させていたホルスターからリボルバー式の拳銃を抜きだす。何もその他のモーションがない限りおそらく能力はないのだろう。


「死にやがれ!」


 動揺のままにその引き金を引く。流石はプロといったところか、手元は多少ぶれていたものの、その弾の行く先は確実に舞を捉えていた。


「舞!!」


 しかし、達海の心配はただの杞憂だったようで、たちまちその弾丸は舞を避けていった。


「なっ!?」


 完全にとらえたと思っていたはずの弾丸が外れたことに焦ったのか、急いで男は2発目、3発目を放つ。しかしこれも奇麗に、舞を避けるように通過していった。



「くそっ! なんで当たらないんだ!!」


「...はぁ、あなた、相手の事風神雷神とかなんか言ってるなら、その能力くらい予測したらどうですか?」


 男との遊びに付き合いきれなくなったのか、舞はダッシュで男との距離を詰めた。


「ひぃっ!? 当たれ! 当たれぇえ!!」


 男は完全に冷静さをなくし、残りの全弾を打ち尽くす。舞は今度はその弾丸を確実に避けて男の至近距離まで近づいた。



「...では」


 そのまま男の胸に手を当てる。たちまち強い電気ショックの光の後に男は倒れた。


 その間に桐がまた一人切り裂いており、残りは3人ほどになっていた。


「どうする!? 引くか!?」


「馬鹿野郎! 引いてもどうにもなんないんだよ!」


「じゃあどうするんだよ!」


「かくなる上は...!」



 一人の男が残りの二人にアイコンタクトを取る。それで何をしたいのか察した二人は、特高覚悟で桐と舞にそれぞれ突っ込んだ。


「桐ちゃん!」


「...!」


 二人が相手二人の前に立ちふさがる。その間に指示を出した男がたちまち達海のもとへ詰め寄ってきた。



(狙いは...俺か!)



 達海は自分に敵が来たのだと身構えた。男は声を挙げながら突っ込んでくる。


「先輩!!!」


「風神雷神倒せないんならよぉ! せめてお荷物の一人くらい殺すのがベストだろ!!」


「...!!」


 男は思い切り大地を蹴り、空へ飛びあがる。高く浮いた男の体は明らかに人間離れしていた。



(能力はなんだ...!? まずは...しっかり)


(...!!)


 達海に考える暇さえ与えまいと、男は全力で飛び蹴りを放った。

 よけることはできないと悟った達海は、足と手にしっかり力をこめ、その蹴りを両腕で受け止めた。


「...っ!!?」


 全力で重力を体にかけたにも関わらず、達海の体は少しばかり後ろへ飛ばされた。

 渾身の蹴りを受け止めた両腕は感覚を失っていた。痛くないのが幸いだろうか。


「っ! ...うぉぉ!!」


 仕返しにと達海は右足で蹴りを放つ。しかし、その攻撃があまりに鈍かったのか、男にまんまと躱される。


「へっ! そんな攻撃で!」


「くっ!」


 

 気が付けば、お互いの動きは完全に膠着状態にあった。相手が攻撃をしては、最大重力で達海はその攻撃を受け止め、時に躱し、達海が攻撃しては、相手は躱し、時にくらいながらも平装を装っていた。全くと言っていいほどキリがない。



 しかし、達海はその間、常に勝つビジョンを模索していた。

 

 そうするうちに、周りの音が消え、視界が澄んできた。

 この感覚には、覚えがある。



(ゾーン...!)


 正直達海にとってそれはありがたかった。

 念を擦り合わすように、思考を研ぎ澄ます。



(男の能力は...おそらく跳躍)


(一瞬俺と似たようなことをした分同じ能力かもと焦ったが...)


(...もし跳躍なら、つかめば!)



 勝つビジョンが整った矢先、男は一番最初に攻撃したときほどに高く跳躍をした。

 それが、絶好のチャンスだった。



「...ここ!」


 達海は、桐に抱き上げられた時ほどに体重を軽くし、空に飛びあがった。それを呼んでいなかったのか、男は驚きの声を上げる。


「なっ!?」


「もらった!」


 達海は空中で男の体を抱きしめた。そのまま自分の重力を最大にまで引き上げ、男の体が下になるように地面に体をぶつける。

 いわゆるドロップというやつだ。



「...カハッ!!」


 男は心臓を強く打ったのか、そのままピクリとも動くことはなかった。

 しかし、達海にダメージがないわけではなかった。




(...くそっ、体が...)


 集中が切れた瞬間、極限まで体が疲れを覚え始める。

 それは体だけでなく、意識にも及び始める。






 たちまち達海の意識は遠く消え去った。

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