第22話‪α‬ 壁


 家事が一通り終わると、達海は桐と舞に連れられてソティラスの配下にある施設に連れていかれた。

 自動ドアのその先は、簡単に言えばホテルのフロントのようだった。


 思っていたのと違う光景に、思わず達海の口から言葉がこぼれた。



「...意外、だな」


「何がですか?」


「いやこう...もうちょっと秘密結社っぽい雰囲気な建物なのかなって」


「そんなことするわけないじゃないですか。日中からそんな建物があったら、怪しまれまくりですよ。なんで、こういう風に日中は普通の会社のように働いている人も多くいます。これは相手側も一緒ですね」


「なるほど。...んじゃあ、この建物は表向き何なんだ?」


「コミュニティーセンター、といったところでしょうか。そういう多目的で使えるものは目を付けられにくいので」



 舞の説明を受け、改めてあたりを見回してみると、なかなかしっくりと来た。なるほど、これならバレにくいだろうなと。



「...まあ、それでもこれからは非常時になるかもしれないので、日中から始める連中が出るかもしれません。気を付けておきましょう」


「まあ、そういうわけなので、先輩。手続きお願いします」


「分かった」



 桐にそう促され、達海は受付に立っている女性に声を掛けた。



「あのーすいません」


「はい? どのようなご用件で」


(いや、どういえばいいか俺も知らないんだけど...)


 桐に促されるまま突っ込むだけ突っ込んだので、達海は完全に困って桐の方を向きなおした。


 桐はあっ、と何かを思い出したように口を開けた。どうやら何を伝えればいいか言うのを忘れていたらしい。


 そんな桐に呆れ、視点を動かすと、舞の姿が目に映った。舞はやれやれといった表情で、ゆっくり口を動かした。



(い・ぬ・い)


 その口パクはしっかり達海に伝わった。


(なるほど。...名前を出せば何か変わるだろうって)


「あのー...」


「すいません。戌亥さん? に面会願いたいんですけど」


「...!」


 その名前が出たことにより、受付嬢は明らかに態度を変えた。

 そのまま達海に確認を取る。



「...新規の方ですか?」


「はい」


「能力はお持ちでしょうか?」


「一応は」


「分かりました。では向かって右側の通路にお進みください。そちらにいますので」



 受付嬢は手を差し出してあちらですと達海に伝えた。

 その場所が分かったあたりで、達海は一度桐と舞が立っている場所まで戻った。



「桐...」


「うぅ...説明不足でした。一般の建物を装ってる以上、初見じゃ聞けないの、失念してました」


 桐は申し訳なさそうにぺこぺこしている。それをカバーするように舞は前に出た。


「まあ、終わったならすべてよしです。それじゃ藍瀬さん、桐ちゃん、行きましょうか」


「うん」


「了解」



 舞に先導され、先ほど受付嬢に指示された部屋に行く。

 たどり着いたのは、何の変哲もなさそうな事務所のようなドアだった。


「ここ?」


「ここです。行きますよ」


 舞がドアを開けると、中には一人の男性が椅子に深く腰掛け、今朝の朝刊を退屈そうに読んでいた。



「戌亥さん、来ましたよ」


「おーう、桐と舞と...。ああ、お前は」


初対面のはずなのに、戌亥は明らかに達海を知っているような雰囲気だった。堅苦しそうな雰囲気だった分、無駄な力が達海に働いていたが、それが一気に崩れた。



「藍瀬達海、だったかな?」


「...知ってるんですか?」


 達海は思わずそう聞き返してしまった。しかし、そんなもの気にしないとばかりに戌亥は笑った。



「お前の名前は会議で幾度か上がってたからな」


「先輩、有名人なんですか?」


「さぁ...?」


 達海本人の知る由ではなかった。



「近日能力を持ち始める人間が増えていることが前回の議題で上がってなぁ。そのうちの一人がお前だったわけだ」


「はぁ...」


「さて...お前がここに来たということは、桐や舞を通してソティラスに入ることを決めたってことだな?」


 戌亥は先ほどまでの笑いを体の内に引っ込め、笑っていない目で達海に問った。

 達海は迷うことなくはっきりと口にする。



「はい、そうです」


「...ふむ。説明は聞いたか?」


「はい。一応は」


「分かった。...君の対処は後々考えよう。...それと桐、舞。大事な話があるぞ」



 こっちが本題と言わんばかりに、戌亥は桐と舞に書類を手渡した。



「なんですか? これ」


「昨日の報告書だ」


「白学でのテロ事件についてですか?」


「いや、それじゃない。まあ、読んでみろ」


 その指示を受けて桐と舞は書類にじっくりと目を通し始めた。その間に戌亥は達海の方を向きなおす。


「...さて、いろいろ聞きたいことがあるからな。この話が終わってもお前はまだ残ってろ」


「はぁ...。分かりました。というより、何も分からない状態で帰るわけにもいかないので」


 そんな話をしていると、舞のものとは思えない驚きの声が上がった。



「え...!? これって...」


「鍵師が...?」


 桐も全部読み終わったらしく、舞と同様驚いて声を出した。


「...まぁ、見てもらった通りだ。...コアの所在が分かったことと、鍵師の抹殺に成功した」


「...つまり、用意が整った、ということですか?」


「あぁ。ここからは全面戦争になるだろう。おそらく、昼夜問わず向こうはこちらを狙ってくるだろうな」



 戌亥は表情一つ変えずに続けた。



「といっても俺たちのやることは変わらない。コアの魔力破壊は俺達にはできない作業だからな。俺たちの仕事は、それの邪魔をする人間の削除だ。それに、守備につく人間も増えるだろうからな。ここからが勝負、といったところだな」


「これまで以上に戦闘する回数が増える、ということですね」


「簡潔に言えばな。...まぁ、というわけだ。桐、舞、悪いがこれまで以上に働いてもらうぞ」


 そういう戌亥の目には、有無を言わさない圧が籠っていた。

 しかし、それが自分の使命だということは桐も舞も分かっていたみたいで、無言のまま頷いた。



「それじゃ、ちょっと出ててくれ。こいつと一対一で話がしたいんでな」


「分かりました。行こ? 舞」


 戌亥の指示を受け桐と舞の二人は退出する。部屋には戌亥とがちがちに固まった達海だけが残された。



「...さてと、お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」


「...どこからでもどうぞ」


「いい心構えだ。...それじゃ一つ。達海、お前は、なんでソティラスに入ろうと決めた?」


 面接で言う志望動機といったところか。達海は冷静になることに努めた。


「......色々あります。昨日、白学でテロ事件があったのは知っていますよね?」


「まぁな。そこで桐がお前に能力をさらしてしまったってのも。けど、お前の面ぁ、そんな嫌々入ったって顔じゃねえんだ。あるんだろ? もっと別な理由が」


「はい。...もともと能力を発生したのが数週間前。そこで、ある程度分かっていたんです。どれだけ頑張っても、発生する前の日常には帰れないと。それから、組織のことも知りました。どういう理念で動いているのか、何を目標にしてるのか」


「選ばない、って手もあったんじゃねえのか?」


「けれど、よくよく考えると、俺はそんなに何かを欲しがるような人間じゃないなって気づいたんです。これまでそうやって無欲のまま生きてきましたから。...でも、そんな空気みたいな人間が長生きしたところで、何が生まれるんだって失望したことがあったんです」


「それで?」


「もし、自分じゃない何かにそれを託せるなら、希望を託せるなら、その理念に賭けてみるのもありなんじゃないかって思ったんです。それが動機です」


「よくできました、な意見だな。面接なら一発合格だ。...が」



 戌亥は渋い顔で腕を組んだ。



「お前は桐や舞らとは違って、なるべくしてなった人間じゃない。...いくらか私情もあるだろう。そんな状態で入って、精神的に負荷はないのか?」


「それは...」



 達海は昨日のうちに、これまでいた場所と別れを告げた。

 けれど胸の中に後悔が残っていないわけではなく、無鉄砲にはいというにはあまりにも無理があった。



 それでも、誓ったことに変わりはないと踏みとどまる。

 少し震えながら口を動かした。



「ない訳ではないです。...けれど、覚悟はしてきました」


「...命を賭けることになるが、それでもか?」


「...もともと、俺は命の使い道をずっと考えてたんです。こんな取柄もないような人間に何ができるんだって、時に嘆いて、失望して生きてました。...けれど、それを見つけたんです」


「それは?」


「俺は大切と思った人を守りきるために命を費やしたいんです。...そう思わせてくれたのは、桐でした」


「なら、お前が桐を守ると?」


「力不足なのは分かります。笑われても仕方のないことだとも知ってます。...それでも、それが俺のやることなんだって、そう思ってます」



 達海は笑われるのではないかと目をつぶった。

 自分の言ったことに後悔はないものの、それでも恥ずかしさはあった。


 けれど、戌亥は笑い声の一つも上げなかった。

 代わりに神妙な顔で頷くばかりだ。


「あの...?」


「いや、分かった。もう十分だ。...それでは、こちらにサインをしてくれ」


 

 戌亥はおもむろに自分の机から1枚の紙を引っ張り出した。



「誓約書だ。一応説明は聞いてるだろ?」


「はい」


 達海はすらすらとペンを走らせ、誓約書に必要事項を書き上げていった。

 そうして最後の部分。


 達海は自分の親指をカリッと噛んで血を数摘紙に落とした。



「これで、いいですか?」


「ああ。後で本部に送らせてもらう。...さて、これでやるべきことは...」


「能力判定がどうこうって、白嶺が...」


「ああ、そうか。それじゃ、あそこにある機械に入ってくれ」



 戌亥は、部屋の隅に建てられている円形カプセルみたいなものを指さした。

 狭そうに思えたが、人一人はいるには十分な大きさだ。



「それで、これからどうするんですか?」


 カプセル内に入った達海が戌亥に質問する。



「自分の能力を使ってみてくれ。できるだろ? 最大限のことをやってみてくれ」


「はぁ...、分かりました」



 言われるがままに、達海は自分の能力を存分に振るった。

 体重を極限に軽くしてみたり、極限に重くしてみたり、握力を増強してみたり。



「...これは」


 なにやら外から戌亥の驚いた声が聞こえた。

 ある程度時間がたったので、と達海は戌亥に問いかける。


「あのー、どうですかね?」


「十分だ。出てきてもらっていいぞ」



 達海がカプセルから外に出ると、そこには数字とアルファベットで判定された自分の能力が記載されていた。



【重力操作B】【2種B型】




 それが、達海の能力だった。



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