第10話 ボーダーラインの向こう側
50歳ほどの見た目の店主は、その後、
店内を改めて覗いてみるが、客の一人いないことに三人は戸惑っていた。
もしかして、休みだったのではないか、と。
「すいません、ひょっとして、今日休業日でした...?」
「ん? あぁ、客がいないからかね。安心したまえ、先ほどまで休憩時間だったまでだ。ちょうどあけて一号の客が、君たちというわけさ」
「ならよかったです」
「さ、入りたまえ。店先で立ち話をしにきたわけじゃないのだろう?」
黒谷に促されて、三人はテーブル席のほうへ座った。
そして、陽菜がじっくりとメニュー表を凝視している中、達海は店内をぐるっと見回していた。
(えらくお洒落だな...。店長のセンスがいいのだろうか)
そんな達海の様子が気になったのか、黒谷は声をかけた。
「こういう店、初めてかね?」
「え? あ、俺すか? ...そういうわけじゃないですけど、なかなかお洒落な店だなって」
アンティーク調にできたものに囲まれて心が落ち着くといったところだろうか。
達海はいつになく穏やかな気持ちでいれている気がしていた。
「はっは、気に入って貰えたなら何よりだよ。...ところで、注文は決まったかな?」
「んー...よく分からないので、店長おすすめのコーヒーお願いします。二人は?」
「あ、俺もそれでお願いします」
「私もそれで...。あと、ホットサンドお願いします」
「かしこまりました」
黒谷は執事のような丁寧な礼をして、カウンターのほうへ下がっていった。
三人の空間に戻ったところで弥一が嬉しげに口を開く。
「ラッキーなタイミングで来たな」
「まあ、いようといまいとそんな変わりないけどね。変に気兼ねすることなく居れるってのは確かにありがたいかな」
「ところで陽菜、さっきずっとメニュー表眺めてたけど、よかったのか、あわせたように注文して?」
「あはは...コーヒーの銘柄、そんなによく分からなかったから、今回は流しちゃった。ま、それでもいいんだけどね」
陽菜は、こうみえて天然が混じっている人間である。
しっかり物のようで何かしでかし、真面目そうで思ったより馬鹿で。
そのギャップに惹かれる人間が、学校に数名いるのだが、本人は全く気づいていない。そういうところも鈍感なのだ。
「お待たせ、店主おすすめはこいつだよ。あとホットサンド」
他の客がいない分スピーディーに終わったのか、黒谷は湯気立つコーヒー3つとホットサンドを運んできた。
「ありがとうございます。...これ、銘柄とかはあるんですか?」
「んん? そうだな、ないことはないが...私特製のブレンドだ。いくらか混ざっている」
やはり喫茶店のオーナーとしての意地があるのか、黒谷はそう語った。
まあ、ものは聞くより飲むものだと、各々はコーヒーに口をつけた。
「...おぉ」
「これ...美味しいですね」
実は猫舌な達海がふーふー冷ましているうちに先に飲んでみた弥一、陽菜が高評価な感想を上げる。ようやくある程度さめた達海も一口飲んでみた。
「...ふ、深い」
その一言で十分だった。
苦み、渋み、そしてその奥にある深さが直接伝わってくる。
これまで達海が飲んできたコーヒーよりも格段に美味しかった。
「お気に召していただけて何より。...さて、私も暇になった。お話でもどうかな?」
黒谷は近くの席から椅子を引っ張り出して、三人のテーブルの近くに座る。
ただ黙々と味わうのも面白くないと、達海はその提案に乗ることにした。
「黒谷さんは、この道何年くらいなんですか?」
「数年前までは別なところで働いていたからね、この道3年くらいだ」
「3年でこんな味出せるんですか?」
「はっは、よく同業に言われるよ。成長が早いって」
黒谷は嬉しそうに笑った。
だんだんと話が盛り上がるにつれ、いつの間にか二人も入ってきた。
「ホットサンドも美味しいですね。料理とか普段やってたんですか? 私、そういうのちょっと苦手で...」
苦笑いしながら陽菜が質問を投げかける。
「この職種に就く前から自炊はやっていたからね。それなりのものは作れる感じだよ。...まあ、料理の一つや二つで、男は女を決めないよ」
「そうなのか? 弥一」
「俺はそんなもんだと思うけどなぁ...」
(弥一のことだから、食べられれば万事OKみたいな雰囲気ありそうだけどな...)
そんなことを思ってると、黒谷はじーっと三人の制服を見て尋ねた。
「...ところで、君たち、その制服は白学かね?」
「えぇ、そうですけど...」
「懐かしいもんだなぁ...。私も白学の生徒でね」
「へー、そうなんですか」
「ああ。あのころはここまで白飾も発展していなくてね」
「そうなんですか?」
その話に達海は思わず食いついた。
発展する前の白飾。
そこは、どんな街なんだろうか。
「どんな街だったんですか? 白飾って」
「そうだな...」
黒谷がどこから話そうかと悩んでいると、ドアの開く音が達海の耳を打った。どうやら別のお客が入ってきたらしい。
「...すまない、この話はまた今度にでも」
「そうですね、また来るとき、お願いします」
三人の手元にあったコーヒーはいつの間にかなくなっていた。ホットサンドももうなくなっている。
「...それじゃ、帰ろっか。結構時間も経ったし」
「そうするか。達海、行こうぜ」
「了解」
三人は席を立ち、しっかり割り勘で勘定をして、アガートラムを後にした。
(白飾の昔...。...というかそうだ。なんで白飾はいきなり発展したんだ?)
達海の頭には、さっきの話で聞けなかったことから伸びた先の疑問がぐるぐるしていた。
考えれば考えるほど謎が深まる街、それが、白飾だった。
---
店を発って5分したころくらいだろうか。
携帯の着信音が、突如鳴り出した。
その持ち主である陽菜が電話を取り出す。
「はい。...え、あ、はい。......はい、分かりました。向かいます」
時間にして30秒ほど。当の本人以外は黙ったまま、その電話が終わるのを待った。
そして電話を終えたのか、陽菜は携帯をしまい、申し訳なさそうに笑った。
「ごめんね、ちょっと行かなきゃいけないところができちゃった」
「そうか。分かった。んじゃあ、陽菜ちゃんはここで分かれる感じ?」
「うん、そうなる。じゃあ、また明日」
そう告げて、少し早足で陽菜はその場から去っていった。
少し気まずそうに達海と弥一は顔を見合わせた。
「...ま、俺らももうそんな長いこといるわけじゃないけどな。家近いし」
「そうだな。...とりあえず、帰るか」
それ以降は言葉もなく、二人はただ黙々と帰路を歩いた。
しかし、路地裏から大通りに繋がる道で、ふとした瞬間、弥一は足を止めた。
「おい、どうしたんだよ」
慌てて達海も足を止め、弥一が立ち止まっている後ろを振り向く。
その弥一の表情は、いつになく緊張感を帯びていた。
「...達海、引き返すぞ」
「は?」
(何を言ってるのか分からない。どうしたんだ...?)
「いいから! 行くぞ!」
そう叫んで、弥一は来た道を引き返すように全力で走り始めた。達海も弥一に追いつくようにで走った。
達海は能力で上手に加速し、達海は弥一の隣に追いつく。そのまま走りながら、達海は説明を求めた。
「おい! 急にどうしたんだよ!?」
「さっき、前方にいた男! あれは明らかに殺気を持った目だ! 多分狙いは俺たちだ!」
「はぁ? さっきから何言って...」
「一瞬振り返ってみろ!」
弥一に怒鳴られて達海が後ろを振り向くと、さっき達海と弥一が歩いてた道を対面で歩いていたフードつきのパーカーを着た男が追いかけてきていた。
手には大型ナイフよりも更に大きな刃物を持って。
達海は背筋を凍らす。
「どういうことだよ、あれ!?」
「どうもくそもねえよ! ...ああくそ! この先は行き止まりだ!」
路地裏の構図を達海より把握しているのか弥一はそう叫んで逃げるのを諦め、その場でクルっと振り返った。
「おい! 立ち止まってどうするんだよ!?」
「応戦するしかねえだろ!」
「応戦って...お前!?」
ふと、能力のことが頭を過ぎった。
(まさか、弥一は俺が能力者だって知って...!?)
(いや...そんな素振りはなかった!)
(じゃあ...もしかして)
達海の脳裏に、最悪のケースが浮かぶ。
もし、弥一自身が能力者だったら。
そしてそれは妄想から現実へと昇華する。
達海の目の前に立っていた弥一は、みるみる姿を変えていった。
人だったはずの弥一の手足は、明らかに獣と化していた。
その姿は、まるで虎のようだった。
「や、いち...?」
どうしようもなくなり、達海はその場で崩れ落ちる。
しかし、そんなことお構い無しにと、弥一は目の前の男に向かって突っ込んだ。
「お前も...能力者かよ!」
「...!」
爪立った弥一の右腕が、フード男めがけて先制攻撃といわんばかりに振られる。
フード男はとっさに後ろにステップをしたが、間に合わずに刃を持っている左腕に裂傷を負った。
「ぐっ...! 舐めるな!」
少しよろめいたが立て直したフード男は刃を力強く握りなおす。すると、その刃先からだんだんと刃全体が凍りだした。
「氷結...! そんくらい!」
「くたばれ!」
フード男が刃を斜めに振り落とそうとするのに対し、弥一はその男の手首を上手く掴んだ。
「なっ!?」
「その程度の能力...これまで何度も見てきた!」
弥一は獣化した腕で、力任せにフード男を後ろに放り投げた。フード男は勢いよく背中から地面についた。肺が圧迫されたのか、呼吸も絶え絶えになる。
「...眠ってろ」
そのまま残忍な表情を装った弥一はフード男の腕、足にそれなりに深い傷を入れるべく、腕を振るった。
フード男を無力化させるにはそれで十分だったみたいで、男がダウンしたのを確認した後、弥一は人の姿へと戻った。
「ふぅ...」
「あ...」
達海は、その光景を終始ただ呆然と眺めていることしか出来なかった。
何も出来ないうちに、その戦闘は終わった。
しかし、それを終えてなお、達海は震えが止まらなかった。
正気でいられる気がしなかった。
この前のような戦いが目の前で行われていたこと。
そして、それに参加していたのがかけがえのない自分の友人であったこと。
達海が正気で入られなくなるには、それだけで十分だった。
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