亡き明日のアルカディア

入賀ルイ

プロローグ

プロローグ


 俺には、藍瀬あいぜ 達海たつみには、何も無い。

 聞こえは悪いが普通の人間だ。


 ほとんどにおいて、特別誰かに好かれることなく、かと言って誰かに嫌われるようなことも無く、そんな空気のような日々を、達海は過ごしている。


 それで構わないと思っていた。

 はっきり言って、この生活は心地よいからだ。


 他人に不満を持つことなく、自分が環境の一部なんだと、そう思って生きれば、怖いものなど何も無いのだ。

そうすれば誰かを敵にすることもない。ほんの少しの友人と、話しなれた幼馴染がいる。それだけで十分なのだ。



 それに、この街、白飾しらかざりには、なんでも揃っている。


 あらゆるものは電化され、何も無い場所に空間投影も可能。明らかに世界文明から離れた街、それが白飾だ。


 この街は世界からも一目おかれ、近代都市だなんて呼ばれているが、その割には移り住む人も少ない。都市機関がそれを制限していると耳にするがおそらく間違いは無いだろう。


 そんな訳で人口が密集することもなく、程よい環境で不便なく暮らしていける。そんな街が暮らしやすくないはずなんて無いのだ。





 ただ一つ、少し気がかりなことがあるとすれば。

 ...この街には、黒いうわさがある。




『知らない間に、昨日まで生きていた誰かが消えていることがある』




 それが真実かどうかなんて誰も分からない。仮に真実だったとして、それは何が原因なのかも分からない。


 それをいいことに、白飾ではさまざまな考察が流れている。




 「人が消えるこの現象が、殺害だったとしたら?」


 何も無い状態から消えるなんてことは基本考えにくい。どこかに神隠しにあうか、はたまた別のものか。

 それが無いと仮定したら、知らない間に殺され、知らない間に存在を街から抹消される、という行動が行われているという結論になる。


 それを立証しようとした人がいた。



 そして、そうした人は、みな消えた。



 前日まで書き綴られていたメッセージが、次の日以降更新されず、やがて削除されていく。


 なので、この説の信憑性は高いが、リスクの高さゆえに完全に証明しようとする人間はいない。




 「殺害ではなく、この世界ではない場所に空間転移されているのでは?」


 これも無い話ではない。白飾にはなんでも存在する。不可能なことを探すほうが難しいくらいの街だ。であれば、空間転移の技術も持っていて不思議ではないだろう。

 しかし残念ながら、空間転移の技術はないと、白飾の行政機関から公表されてしまって以降は、レスが途絶えている。




 けれど、根本の問題は、なんのために、誰がそれをしているのか、はっきりと分からないことなのだ。

 だから人は口をそろえて言うのだ。



「白飾の夜は注意しろ」と。



 実際、この街に残業はないし、夜に出歩く必要性もない。

 なので、この言い伝えには従順に従っている。



 ...が、うわさのことが気になってもいるのが現状だ。



 そんなこんなで毎日を送る。

 実が無いかもしれないが、楽しいと思える日常だ。




 しかし唐突にこの日常が崩れ、いつか変わってしまうのなら...。




 そのときは、どんな道を選ぶのだろうか。何が答えとなり、何が間違いとなるのだろうか。

 それを選ぶ勇気が、俺にはあるのだろうか。






 ...誰かを敵に回す勇気が。



 





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