第5話 初めての夜
なんて野郎だあいつは!
女を期待させておいてなんだ!その間抜けた提案は!
ムカついた。単純にそれだけ。
「ただいま」
誰もいない家に帰宅する。
私の両親は仕事で家にいることが少ない。
オヤジは外資系大企業の役員、母さんは医者兼研究者をしている。だからたまに帰ってきても、すぐにまたどこかへ出かけてしまう。
私的にはそっちの方が気が楽でいいんだけどな。
冷蔵庫から昨日買ったチーズケーキと缶コーヒーを出して、ソファに腰掛ける。
「ったく、なんなんだよアイツ」
ああ、思い出しただけでもムカつく。
こんなムカムカした時には寝るのが1番だ。
おやつ食べて昼寝でもしよう。
◯
何が原因かわからないのだが、あかねが怒って先に帰ってしまったので、俺は深追いせずにゆったり帰宅している。
しかし、考えれば考えるほど解らない。
なぜあかねはあんなに怒ったんだろうか?
見当違いでなければ、俺の提案が気に入らなかったという事なんだろうけど。
余計なお世話だったという事か?それなら計画は中止するべきか。
「はぁ……お腹空いたな……」
時計を見ると、もう午後8時半だ。
晩飯どうするか……料理の作り方はまだ教わってないし、あの様子じゃいつ教えてくれるか見当もつかない。
今日は外で食べるか。
マンションを出て、近くにあるコンビニに入る。
レストランで食べるのもいいんだが、なんとなく面倒くさかった。あと、あのファミなんとかっていう店のなんとかチキンが旨そうで食べてみたいと思っていたのだ。
コンビニに入る。
軽快な入店音が店内に響く。
日本のコンビニに入るのはこれが初めてだな。ミリネシアのコンビニには入ったことがあるけど、それとあまり変わらないな。
商品棚からチョコクロと鮭のおにぎりを手に取って、レジに並ぶ。
「二番目の方どうぞー」
並んでいた方とは違う別のレジに誘導された。
商品を置いて財布を―――
「いらっしゃいませ…………蒼神!?」
なんと、レジにいた店員さんはあかねだった。
「な、なんでここに居るんだよ!」
「なんでって……夜ご飯食べるためだけど」
それより、バイトしてたのか。しかも家からこんなすぐの場所だなんて。もしかしたらあかねの家もここら辺なのかな。
「お前これから暇か?」
これから?特にこの後予定があったりとかは何もないな。することも何もない。
「まぁ……暇だな」
「じ、じゃあさ。一緒に晩御飯食べないか?話したい事があるんだ」
話したい事?もしかして今日学校で言いかけた事かな?
「いいよ。じゃあ駐車場で待ってる」
〇
午後8時50分
コンビニのバイトが終了した。
タイムカードを差し込んで、蒼神が待っている表の駐車場に出る。
今日の私の晩御飯は、まかないと言えばいいのかわからないが、店長から持って行っていいと言われたファ〇チキ、ざるそば、鮭のおにぎり、そして野菜ジュースだ。
母が見たら『不健康だ!』と一喝されそうなメニューだが、これでも店長がタダで持って行っていいと言った商品から最大限健康に配慮したつもりだ。
「ごめん待たせた」
「ああ、気にしないでいいよ」
蒼神は駐車スペースの車止めに座り込んでいた。
このコンビニは車でくる人があまりいないので、駐車場に座り込んでいてもたいした問題は無いが、人通りは多いので、できれば移動したい。
「どこか移動しない?」
とは言ってみたものの、どこかいい場所はあるのかと聞かれればそれは無いと答えるほかない。
いや、でも私の家なら行けるか。親も今日は帰ってくる予定ないし……って、さすがにそれは問題があるか。女子高生が実質一人で暮らしている所に男子高生を呼ぶのはね……ね?
「ここら辺でいい所あるの?」
「いや……ない」
深く考えても何もいい案は思いつかない。
チラッっと蒼神の方を見ると、蒼神もどうやらロケーションを考えているようで、
「あっ」
何か思いついたらしい。
「どこかいい場所あるのか?」
「俺の家とかどう?」
「……」
……?
あ、蒼神の家!?
「ちょうど俺一人暮らしだから」
ひ、一人暮らし!?
あ、いや、落ち着け。さすがに勘繰りすぎたかもな。
いくら男子高生だと言っても、こいつは蒼神春斗だ。大丈夫、どういう展開になってもそういう夜の関係とかになったりするわけないそうにきまってるああぁぁぁぁあ!
無理だ……あいつとそういう関係になるという選択肢しか見えない……
「どうする?」
「行く!」
「お、おう。そうか」
〇
蒼神についていって、マンションの一室に入った。
「おじゃまします」
蒼神が先に行ってしまったので、玄関にカギをかけて後を追う。
千里中央駅から数分の位置のある高層タワマンの17階1702号室が蒼神の住んでいる部屋らしい。
あれ、気のせいかな。私も同じ感じのタワマンに住んでるんだけど。
あれ、気のせいかな。さっき向かいの部屋に栖原って書いてあった気がするんだけど。
あれ、気のせいかな。この部屋の構造が私の部屋と鏡合わせなんだけど。
うん、気のせいじゃねぇわ。
「えええぇぇぇぇぇぇええああああああぁぁぁぁぁあああああああああぁぁあ!!!!」
おっと、しまった。つい心が乱れすぎて文字数稼ぎに……
「私の部屋の向かいじゃねぇか!!!」
「え?気づいてなかったのか?」
「え?気づいてたのか?」
「まぁ、そりゃな。だってこのフロアって二部屋しかないし、なんならこっちに引っ越してきたときにご挨拶したんだけど」
え?そうだったっけ?
記憶を遡らせてみる。
うーん…………わからん。
「……覚えてない」
あ、でも、なんか覚えてる気もする。確かあの時は珍しく親がいたから、それの対応はオヤジがやったんだったな。
「そうなんだ。俺は挨拶に行ったときにチラッと見えたあかね覚えてるよ」
「……」
愛が重い!
そ、そんな……一瞬見えた私の事をずっと覚えてたなんて……
ああ!ダメだダメだ!話を逸らしたい!
「その、飯食おうぜ!な!」
「ん、ああそうだな」
〇
なんだってあんなにあかねはビックリしてたんだろうな。
俺は結構記憶力良い方だからチラッと見ただけでもある程度は覚えてるってだけなんだけども。
ま、そんな事はどうでもいい。俺は早くこのファ〇チキとやらを食べたいのだ。
赤文字でファ〇チキと書いてある黄色と白のストライプ柄の紙袋を、真ん中ら辺にある点線にそって開ける。
もう結構冷えてしまっているが、それでも『僕はおいしいよ!』と言ってくるようなオーラを感じないこともない。
「「いただきます」」
二人でいただきますを言ってから晩御飯を食べる。
「それにしても、本当に何もないな」
今、この家のリビング及び俺の部屋はガラガラ、家具などはほとんどない状態だ。テレビもないし机もない。座布団は一枚だけあるので、それはあかねに使ってもらっている。
「まぁな。だいたいのものはこっちの揃えた方が安上がりだから」
「ふーん。でも鹿児島から来たんだろ?そんな大がかりか?」
しまった。海外への引っ越しの場合は現地調達の方が安上がりなんだけど、俺は鹿児島から来てるって事にしてたんだ。くそう自分の設定を忘れてしまっていた。
「いや、そうじゃなくて……元々鹿児島でも自分の部屋はさっぱりしてたからなんだ」
「あー、そーゆう事。一人で引っ越してきたんだもんな」
「そうそう」
ふぅ……何とか上手い言い訳が言えたようだな。
「でもこのマンション一人で住むには高いんじゃないか?もしかして……相当なお金持ちなんじゃないか!?」
「俺が買った訳じゃないから値段の事はわからないんだけど……元々親がこの部屋で賃貸経営してたらしいんだ」
これは間違いではない。実際に俺の兄さんが住んでいたわけだからな。
「あー……そう言えば、確かに前にも誰か住んでた気がするな。確か大学生の」
「へーそうなんだ」
それ、ワイの兄さんです。教えないけど。
〇
「話戻るけど、家具とかは買わないのか?言っちゃ悪いかもだけど、不便じゃないか?」
「そうだね。まぁ週末あたりに買いに行く予定なんだ」
「あっそ」
週末か……確か土日にはバイトのシフト入れてなかったよな。もしかしたら私も行けるかも。
「でも、ちゃんとベッドはあるよ」
飲んでいた野菜ジュースを吹いた。
「ウ、エッホ……ゴホッゴホッ!」
「ど、どうした!」
や、やっぱり、私とヤル気だったんだ……!せめて、せめてシャワーは浴びさせてくれ!
「いや、大丈夫……」
くそう、どうやら逃げ場はないようだ。リビングのドアは開いているが、玄関にはカギがかかっている。こいつの目を見てみろ。今にも私に飛び掛かってきそうな盛った獣の目をしている……!
ええい!こうなったらどうにでもなれ!どうとでもしてしまえ!私をもみくちゃにするでもなんでも、受け止めてやる!
「じゃ、今日はお開きにするか」
「は」
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