飛べない鳥はただのカカポ

@awljbrw10215

第1章 飛べない鳥

第1羽 飛べない鳥はただのカカポ

 「暇だ」


 俺は、スタミナの切れたゲーム画面を半目で見ながらつぶやく。

 

 稲山高校に通う高校二年生のこの男は若狭修人わかさしゅうと。勉強は、やれと言われたら多少はやる派。

 学校の寮に住んでおり、そのおかげで学校のテストでは常に二十番以内をキープしているが全国的に見たら普通といったところだろう。顔は標準。角度によってはごく稀にイケメンになる。中学は男子校で出会いなどあるはずがなく、高校一年生の時に県外の高校に転校して寮に入った。


 転校初日の朝、副校長先生に言われた、『うちの学校は共学だからきっと出会いもあるんじゃないかな』という言葉を胸に教室に入り絶望。

 クラスの生徒四十人中、女子生徒わずか五人。しかも、そのうち三人は彼氏持ち。残る二人のうち、一人はみんなから『お母さん』と呼ばれている柔道部所属の女子。もう一人は、常に水晶らしきものを持っている占い大好きオカルト女子。占いは意外と当たるらしい。

 寮なので自由に外出はできず、携帯が使える時間も限られている。

 そんなわけで、今まで、彼女などいたことのないごく普通な男。





 長期休みに入って今日でちょうど一ヶ月。

 高校の寮で生活をしている俺は、まわりに友達などいない地元に帰省していた。高校の方針により、春、秋、冬の休みの日数が減り、夏休みが三ヶ月になったのだ。

 最初こそ、長すぎる夏休みにテンションぶち上げだった俺だが、さすがにやる事が無くなってきた。

 この一ヶ月ろくに運動もしていない。もちろん学校からはえげつない量の課題が出ている。ただでさえ荷物の多い帰省だというのに重すぎる課題にブチ切れ、初日に半分を古紙回収にだしたけど。


 「くっ……俺の貴重な青春がこのくそみたいな時間に費やされているとは……」

 

 ベッドに寝ころがりながらスマホ片手に俺は嘆く。


 自分のことは自分が一番よく分かっている。どうせ残りの休みも同じことの繰り返し。昼頃に起きて、朝食か昼食か分からないご飯を食べ、スマホを片時も離さずくそみたいな時間を過ごし、夜ご飯を食べ、風呂に入り、電気を消した真っ暗な部屋の中でスマホをいじり、これでもかというほど自分の目にブラック労働させてから、体力の限界を感じて死んだように眠りにつく。

 こんな生活続けてたら目が過労でつぶれてしまいそうだ。何とかしなくては。


 そう感じながらもいつものごとく、だらだらとスマホをいじっていると、掲示板のとある文字が目に入った。


 『夜の散歩サイコーwww』


 「夜の散歩……」


 なぜだかわからないが、夜の散歩という言葉に惹かれた俺は、スマホの画面をスクロールして内容を詳しく見てみる。


 その掲示板には、夜散歩の楽しみ方や、おすすめの場所、それに『めちゃくちゃかわいい幽霊に出会った』なんていう体験談なんかも書いてあった。

 けっこう夜散歩人口は多いらしく、今日の夜散歩の感想だったり、明日はどこに行こうか、などと掲示板内で頻繁にやり取りがなされている。

 確かに夜は謎にテンションが上がる。深夜テンションという言葉があるくらいだから、俺以外の大半の人もそうなのだろう。


 さらに画面をスクロールして、詳しく見てみる。

 

 なるほど、夜散歩には色々な楽しみ方があるみたいだ。

 既に閉まった店が並ぶ商店街を歩いて回ったり、あえてよく通る道を散歩することで、いつもの町並みが、普段と変わった見え方をするらしい。昼には味わえない、夜限定の楽しみ方だ。

 

 幸い、我が家には門限というものは決められていない。というか、俺は生まれてこの方、遊びの用事で日をまたいで家に帰ったことはない。

 なぜかって? 

 なんとなく親に申し訳無さを感じるからだ。夜の十一時を過ぎた辺りから、俺の中の良心が『そろそろ帰った方がいいぞ』と囁いてくるのだ。

 決してマザコンな訳ではない。ただ、両親に無駄な心配をかけさせない、これこそが息子の最大の役割だと思っているだけだ。


 ――――しかし、この事実を知ってしまった今、動かずにはいられない。

 もしかしたら、この退屈な日々を変えてくれるきっかけになるかもしれない。俺もかわいい幽霊に出会えるかもしれない。

 それに俺ももう高二だし、少しぐらい羽目を外しても罰は当たらないだろう。

 

 こうして、十七年間勝手に守り続けてきた自分の中での誓いを一瞬にして破棄した俺は、すぐに夜散歩のための準備に取り掛かった。

 

 我が家はマンションの二階に位置しており、自分の部屋には外の廊下と繋がる窓があるが、鉄格子がはめられていてとても通れそうにない。まずはあれをどうにかしなくては。


 自分の部屋の窓を開け、鉄格子をよく調べる。

 四つの角にそれぞれネジが付いているだけか、ドライバーで外してみよう。

 

 リビングからドライバーを持ってきてネジを回すと――――――簡単に外すことが出来た。

 玄関に置いてある靴を自分の部屋に持っていき、万が一見つかって親に怪しまれないように新聞で包んで机の下に隠す。

 

 「……準備時間十五分」

 

 意気込んで用意し始めた割りに、あっけなく準備が終わってしまった。

 まあこんなもんか、と自分を納得させ再びベッドに寝転がり、特にやる事も無いのにスマホをいじって夜が来るのを待つ。



 *   *   *



 「そろそろいきますか!」

 

 時刻は深夜一時十五分


 すでにテンションはハイになっていた。

 ゆっくりと窓を開け、昼間に緩めておいた鉄格子のネジを外し、音が鳴らないよう細心の注意を払って外に出た。外に出た途端、冷たく心地よい風に全身が覆われる。

 ゆっくりと窓を閉め、一階に降りてエントランスから外に出る。


 人がいない、車もはしっていない。

 まるでこの世界に自分一人しかいないみたいだ。少し怖い感じがまたたまらない。

 なんとも言えない高揚感を感じて、俺は思わず頬が緩む。

 

 とりあえず、昼に見た掲示板でおすすめされていた河川敷の方へ行ってみよう。

 夜の河川敷は虫の鳴き声や川に反射する光が幻想的で美しいらしく、夜散歩界隈では人気のスポットらしい。

 それに、もしかしたら俺と同じように夜散歩をしている仲間と出会うことができるかもしれない。

 地元に友達がいないが故に、実家に帰ってきてからは家族以外の人と一言もしゃべっていない。さすがにそろそろ表情筋が死滅しそうだ。


 久々に家族以外の人と会話ができるかもという期待を胸に、人気の無い道路を歩いて河川敷へと向かう。家から市内を流れる川へは、五分もすれば着くことが出来る。

 

 俺は一応東京に住んではいるが、東京の中でも西側の所。いわゆる『東京の田舎』と言われる場所なので、市内の人口はそこまで多くない。そのせいか、いくら歩いても人に会う気配すらしない。



 ――――結局誰にも会うことなく、河川敷に着いてしまった。

 

 一応、『こんな夜中に何してるの?』と聞かれた時用に言い訳も考えてあったんだけどな……。


 すこし拍子抜けしたが、夜散歩はここからが本番だ。 

 気を取り直して、川のすぐ側の茂みに腰を下ろして夜の雰囲気を堪能する。

 目に写る物は、街灯とそれを反射する川面に写る光だけ。

 風で揺れる草と川の水の音、それに、軽やかな虫の鳴き声だけがだけが聞こえてくる。

 

 いいなぁ、この特別な感じ。物語の主人公って感じがする。


 誰もが一度は想像したことがあるであろう、突然学校に襲来した敵を自分一人で撃退する妄想。

 あれたまに、誰かにこの恥ずかしい妄想をを読み取られているんじゃないかって不安になるんだよね。

 で、なんか恥ずかしくなって一人で悶え苦しむ。

 学校ではありがちなこのシチュエーション。だが今は俺一人。思う存分妄想にふけることができる

 

 俺は、一時の主人公気分が味わいながら虫の声に耳を傾け、川を眺める。


 美しい……。


 ………………。


 …………だが、そう思っていたのも最初の内だけで、十五分もしたらなんの変化も起きない川の景色に飽きてしまった。

 時計を見ると、時刻は一時四十五分。家を出てからまだ三十分しか経っていない。我ながら自分の飽きの早さに驚いた。


 案外、すぐに飽きるもんだな。俺の性分に合ってないのかな? というか、俺虫きらいだしな。最初から夜に一人で外出している自分に酔っていただけなのかもな。


 もう帰ろう。

 そう思い、尻についた草を払って立ち上がり、帰路につく。


 結局、数分間川を眺めるだけ終わってしまった。

 他の所に行ってみよう、なんて気も起こらなかった。なんだかもうどうでもよくなっていた。


 いつになったら俺の表情筋を使う日が来るのだろうか…………。


 そんなことを考えながら、家へと向かう道路に出て曲がり角を右に曲がった。

 すると、行く先の道の右手に奇妙な形の建物が目に入った。


 それは鳥籠のような形をしていてた。オウムとかインコなんかを飼う時に使う、よくある形の鳥籠。その鳥籠をそのまま大きくしたような感じだ。

 俺は通りすがり様に、ふとその建物の表札に目を向けた。


 「西村……………………あっ!」


 西村という名字に、小学生の頃の記憶がよみがえる。


 そういえば昔、地元に大量の鳥を飼っているおばさんがいたことを思い出した。

 地元の子供達からは『鳥おばさん』と呼ばれて不気味がられてたな。

 懐かしいな。小五の時、同じクラスの奴が、『鳥おばさんが空飛んでるの見た!』って言ってたな。あの嘘つき野郎は今どうしているだろうか。


 俺は、懐かしい思い出に浸りながら建物の中に目をやる。

 引っ越したのだろうか? 所々窓ガラスが割れていて、今はもう人が住んでいる気配はない。

 俺は、少し不気味なその建物の前を駆け足で通り過ぎようとすると。

 

 「ん?」


 音がした、音がするのだ。聞き間違いかと思い耳を澄ますと、やはりする。もう誰もいないはずの建物の中から音がするのだ。結構怖い。


 俺は、恐怖を感じながらも足音に気を付け、恐る恐る建物に近づく。

 足を止め耳を澄ますと、羽ばたくような音が聞こえる。


 いや、鳥生き残ってますけど……。

 そう思い、俺は窓から建物の中を覗いた。


 ――――そこには色々な意味で衝撃的な光景が広がっていた。

 

 「……………………鳥?」


 部屋の中で、大きめの緑色の鳥らしきものが紐で何かしているのである。

 オウムに近い形状をしているな。くちばしや足だけでなく、羽も使ってる。器用な動きだ。鳥の羽ってあんな使い方したっけな?

 

 「……ん? んな!?」

 

 よくよく見るとそれはあやとりだった。


 あやとりだと? 真夜中に鳥が一人…………じゃなくて、一羽で? そんなばかな。

 大体、なんで近代産業が発達したこのご時世にあやとりなのだ。

 そんなの今時、どっかの毎回テストゼロ点な眼鏡かけた男しかやってないぞ。


 俺は心の中でつっこまずにはいられなかった。


 なぜあやとりなのだ…………しかも鳥が。サーカスの芸かなにかだろうか? 

 …………いやそれはないな、地味すぎる。お金を払ってあやとりをする鳥を見たいと思う人なんていないだろ。じゃあ、あれは一体なんなんだ?


 まだ少し恐怖心は残っていたが、その異様な鳥を確かめるために、俺は静かに建物の中に足を踏み入れた。


 建物の中は月明かりで明るく、容易に歩くことが出来た。自分の影に気を付けながら遠回りして鳥の後方に移動し、物陰に隠れて鳥の様子を観察する。

 

 やはりあやとりをしていた。どこからどう見てもあやとりだった。しかも、高難易度の一人あやとりではないか!

 俺は確信した。奴はただの鳥ではないと。

 

 


 突然、その鳥が振り返った。

 

 しまった! あれほど気を付けていた影が鳥の視野に入ってしまったのだ。

 その鳥はじっとこらちを見つめ、動く気配がない。

 俺は、そのまま後ろに走って逃げようとも考えたがそうはいかなかった。

 体が動かないのである。まるで奴の目に体を拘束されているかのように。

 野生の本能を感じ、冷や汗が噴き出てくる。

 

 『熊に出会ったら、慌てず騒がず目線を逸らさずにゆっくりと後退しろ』


 昔見たサバイバル番組の隊長の言葉が脳裏をよぎる。


 目の前にいるのは熊なんて大層なものではない…………が、この状況、へたに動いたらやられる気がする。


 俺はそう考え、ゆっくりとその場から後退した。決して声を上げず、鳥から目を逸らさないように。

 

 怖い、怖すぎる。今すぐにでも走ってこの場から逃げ去りたい。

 …………だめだ、急に動いたらあの鳥に襲われるかもしれない。背中を見せたら終わりだ、落ち着け、ゆっくりだ。

 自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと後退していく。

 

 そして、ゆっくり、ゆっくりと後退していくうちに、奴の視界から外れる所まで来た。

 

 俺は、奴の視界から外れたと同時に、くるりと体を翻して走り出した。そこからはがむしゃらに家まで走った。

 ここ一ヶ月全く運動していなかったせいですぐに息が上がった。でも止まることはなかった。火事場の馬鹿力というやつが働いたのだと思う。

 大量の恐怖心と、少しの昨日までろくに運動をしていなかった自分への怒りを胸に俺は走り続けた。



 家に着いたと同時に、風の如く窓を閉め、鍵をかける。そしてカーテンを閉めたとこでやっと一息つくことができた。

 まだ冷や汗が止まらない。何だったんだろうかあの鳥は、いやそもそも鳥なのか? 何となくオウムに似ていたな。 

 俺は疑問を抱きながら汗だくの服を脱ぎ、新しい服に着替えてベッドに横になる。

 

 『オウム 大きい』

 『鳥 あやとり』

 『巨大鳥 器用』 


 いくら調べてもさっきの鳥と似たようなものは出てこなかった。

 そして疲れていたのだろう、俺はいつの間にか眠ってしまった。



 ――――夢を見た。


 昔飼っていたハムスターの夢だ。

 『ジェシー』と名付けたにもかかわらず、みんなから『ハムちゃん』と呼ばれていたあの可愛いジャンガリアンハムスター。

 ハムスターのゲージの独特な匂いが漂う。遠くでハムちゃんがこちらに手を振っている。


 ああ、幸せだ。

 

 俺はハムちゃんに駆け寄る。



*   *   *



 目を覚ました。明るすぎる。それに、まだハムちゃんの匂いがする。

 

 「ハムちゃん!」


 俺はそう叫んで飛び起きた。


 

 ――――俺は巨大な鳥の巣の上にいた。

 

 状況の理解できない俺は、ぼやけた視界で辺りを見回すと。

 

 …………横になにかいる……………………ハムちゃん?


 だんだんとはっきりとしてくる視野で、その隣にいるなにかを確認する。



 ――――側にいたのはハムちゃんではなかった。


 俺の横では、大きめの緑色のオウムらしき鳥が、ぐっすりと眠っていた。

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