第2話『一紗の部屋』

 一紗が言っていたように、家の中の雰囲気は俺の家や杏奈の家に似ているかな。ここの方が広いけど。

 一紗の案内で、俺達は一紗の部屋がある2階に向かう。

 女子の家だからだろうか。それとも、今はサクラや一紗など女子が周りにたくさんいるからだろうか。とてもいい匂いがする。

 2階に上がると、すぐ近くに扉が。その扉にはクリーム色の四角いネームプレートが掛けられている。そのプレートには青くてかっこいいフォントで『Kazusa』の文字が。


「この扉の向こうが一紗の部屋なんだな」

「そうよ。……緊張するわ。大好きな大輝君が初めて自分の部屋に入るから」

「そっか」


 一紗が緊張しい様子になるのは珍しい。だから、とても可愛らしく見える。

 一紗の部屋はどんな雰囲気だろう? ネームプレートから想起される落ち着いた感じか。それとも、結構可愛らしい感じか。後者もあり得そうだなぁ。楽しみだ。


「ここが私の部屋よ」


 そう言い、一紗は部屋の扉を開ける。


『おおっ……』


 第一印象はこの部屋がとても広いこと。そのことに俺は思わず声が漏れてしまう。サクラ達もみんな声を漏らしているけど、きっと同じ理由だろう。

 今まで行った友人の部屋の中でも一番広い。パッと見た感じ、サクラや俺の部屋の倍はあると思われる。

 部屋の中を見渡すと……綺麗で落ち着いた雰囲気だ。ベッドのシーツや掛け布団、絨毯、クッションの色が寒色系のものが多いからだろうか。男子の部屋っぽく感じるけど、ベッドの上に猫やうさぎのぬいぐるみが何個もあったり、勉強机の側に猫の写真カレンダーがかけられていたりするなど、可愛らしい要素も。

 あと、部屋の大きさに合わせてか、テレビもかなり大きい。俺の家のリビングにあるテレビよりも大きいかも。あのテレビでバトル系やアクション系の作品を見たらかなりの迫力がありそうだ。

 また、本好きで文芸部に入っているだけあって、部屋の中にある本棚は凄く大きい。本棚の大半に文庫本や単行本、漫画などがたくさん入っている。羽柴は本棚の方に視線を向けて「すげー」と呟いていた。

 部屋の真ん中には、2つのローテーブルがくっつけられており、その周りにはクッションが何個も置かれている。おそらく、一紗と二乃ちゃんが勉強会のために準備をしてくれたのだろう。


「大輝君に部屋の中をじっくり見られると、何だか恥ずかしい気分になってくるわ。素肌を晒しているようで」


 はにかんだ様子で言う一紗。

 自分のプライベートな空間に入られ、じっくりと見られる。それはありのままの自分を見られている気分になるのかも。素肌を晒しているようだ、という言葉選びは一紗らしい。


「もちろん、見られるのが嫌なわけではないわ」

「それなら良かった。とても素敵な部屋だな、一紗」


 俺が素直に感想を言うと、サクラ達は「そうだね」と同意の言葉を言う。そのことで、一紗は嬉しそうな笑みを見せる。


「ありがとう、みんな」

「落ち着いた雰囲気だから、集中して勉強できそうだ。これだけ広ければ、7人で勉強するのも問題なさそうだな」

「ええ。みんな、適当な場所に座って。私、アイスティーを持ってくるわ」

「なあ、麻生。俺、本棚に興味があるんだけど、見てもいいか?」

「羽柴君ならそう言うと思っていたわ。もちろんいいわよ。もし、気になる本があったら見てもかまわないわ」

「サンキュー」


 羽柴は一紗にお礼を言うと、興味津々な様子で本棚の方へと直行していった。羽柴は俺以上に漫画やアニメ、ラノベが好きだからな。一般文芸や文豪の本もちょくちょく読むし。俺も羽柴なら「本棚を見たい」と言うと思っていた。


「みんなも本棚を見ていいわ。じゃあ、私はアイスティーを持ってくるわね」


 そう言うと、一紗は部屋を後にした。


「本当に広い部屋だよね、ダイちゃん」

「そうだなぁ。こんなに広いと、今まで俺の家に来たときに狭いって感じていたんじゃないかって考えるほどだ。しかも、ゴールデンウィークに泊まりに来たときは、サクラの部屋で杏奈と和奏姉さんと4人で寝たんだよな」

「そうだよ。でも、今までの一紗ちゃんを思い返すと、狭そうだ言ったり、不満そうにしていたりしたことはなかったよ」

「お泊まり会のときも、一紗先輩は不満そうな感じは全然なかったですね。むしろ、あたしと一緒にお風呂に入ったり、布団で寝たりして凄く楽しそうでした」


 思い返せば、俺の家にいるときの一紗は楽しそうにしていることが多かったな。もちろん、ゴールデンウィークのお泊まり会のときも。俺の家にいるからか、興奮しているときもあるくらいだ。


「そうか」


 きっと、一紗は俺達と一緒なら、どこでも楽しく過ごせる人だろう。邪推をしてしまったことを申し訳なく思う。


「おっ、小泉もその漫画を読むのか」

「うん。1巻を買って読んだら面白くて。それから最新巻まで読み続けてる」

「へえ、そうなのか。面白いよな」


 本棚の近くで羽柴と小泉さんの話が盛り上がっている。どうやら、お互いに好きな漫画が本棚に入っていたようだ。2人を見ていると微笑ましい。あと、本や漫画が好きだと、本棚の前はコミュニケーションの場になりやすいと思っている。


「俺達も本棚を見るか」

「そうだね、ダイちゃん」

「見ましょうか。あたしも気になりますし」


 俺とサクラは隣り合って置かれているクッションの上に、自分達の荷物を置く。そして、杏奈と3人で本棚の方へと向かう。


「目の前で見ると、たくさんの本に圧倒されますね」

「そうだね、杏奈ちゃん」

「本好きなのは分かっていたけど、これほどとは」


 本棚をざっと見てみると……恋愛系の漫画や小説、ライトノベルが多いな。その中にはボーイズラブやガールズラブ、ティーンズラブレーベルの作品もある。一紗は『朝生美紗』というペンネームで、恋愛系中心に投稿サイトで小説を公開しているほどだからな。

 恋愛系以外にも日常系、歴史系、青春スポーツ系などの作品もある。あとは、一般文芸や純文学、往年の国内外の文豪の小説もあって。さすがは文学姫。

 漫画や小説だけでなく、イラスト集や猫の写真集などもある。


「文香や速水君の部屋の本棚にもある漫画やラノベが結構あるよ」

「あるよなぁ。俺と速水にボーイズラブ作品の朗読をさせるほどだし、そういった作品が多いかと思っていたから意外だぜ」

「確かに、ラブコメや日常系中心に俺が読んだことのある作品が多いね」


 それを知ると、一紗により親しみを持てる。

 今一度、本棚を見ていくと……恋愛の描写が激しい漫画がいくつもある。何だか一紗らしい。


「みんな、アイスティー持ってきたわ……あら、みんな本棚を見ているのね」

「お姉ちゃんの本棚凄く大きいもん。たくさん本が入っているし」


 そんな声が聞こえたので扉の方を見ると、一紗と二乃ちゃんが部屋に入ってきていた。一紗はマグカップを乗せたお盆を、二乃ちゃんは勉強道具を持っている。こうして2人一緒にいるところを見ると、とても美人な姉妹だと思う。

 二乃ちゃんはテーブルに勉強道具を置くと、俺達のところまでやってくる。


「凄いですよね、この本棚」

「さすがは一紗って感じの本棚だ。ここには色々な本があるけど、二乃ちゃんも読んでいたりするのかな。俺には姉がいるんだけど、姉が実家にいた頃は漫画やラノベの貸し借りをしていたからさ」

「あたしも漫画やラノベを借りますね。あたしはファンタジーの漫画を買いますから、それをお姉ちゃんに貸すこともあります」

「そうなんだね」


 兄弟や姉妹がいると、本の貸し借りをすることは結構あるのかもしれない。


「二乃ちゃん。大人っぽいなぁ……」


 そう呟く杏奈は二乃ちゃんのことをじっと見つめている。杏奈の側にいるサクラは、今の杏奈の言葉に「うんうん」と頷いている。

 パッと見た感じ、二乃ちゃんの背丈は杏奈よりも数センチほど高い。紺色のノースリーブの縦ニットという服装や、服の上からでも分かるほどの大きな胸。姉の一紗に似た美人な顔立ちだから、杏奈が大人っぽいと言うのも分かる。


「二乃ちゃん、中1なんだよね?」

「そうですよ、杏奈さん」

「そっか。ゴールデンウィークのお泊まり会で、一紗先輩から二乃ちゃんの写真は見せてもらっていたの。ただ、実際に見ると本当に大人っぽいなぁって。あたしより背が高くて、胸が大きくて。実は高1……ってことはないよね?」

「前に一紗ちゃんのタブレットで、二乃ちゃんが映った動画を初めて見たとき、私も同じことを一紗ちゃんに確認したよ」


 そういえば、一紗とそんなやり取りがあったな。大人っぽい雰囲気があり、自分よりも胸が大きいのに中1だと話空って、力なく笑っていたっけ。

 二乃ちゃんは「ふふっ」と声に出して笑う。


「そうだったんですか。あたしは中1ですよ。入学直後は同級生の子から先輩だと間違われたことが何度もありました」

「そうだったんだ。二乃ちゃんは四鷹高校の制服を着て高校の中を歩いていても大丈夫そう……」

「それ分かるよ、杏奈ちゃん」


 二乃ちゃんは大人っぽい雰囲気があるから、サイズの合った四鷹高校の制服を着れば、在学中の生徒だと言っても通用しそうだ。

 もし、杏奈と二乃ちゃんを知らない人達が、四鷹高校の制服を着た2人を見たら……二乃ちゃんの方が先輩と考える人はいるかもしれない。


「確かに、二乃は四鷹高校の制服姿になったら、高校の生徒と言っても通用しそうね。杏奈さんは中学の制服姿になったら、私の母校に通っている生徒だと言っても通用しそう」

「……どういう意味で言っているんですか?」

「もちろん、杏奈さんがとっても可愛くて、制服が似合いそうだからよ」

「そういう理由ならいいですけど。まあ、あたしは3月まで中学生でしたしね」


 そう言うと、杏奈は楽しそうな様子で声に出して笑った。

 以前、一紗のタブレットで、彼女が玉子焼き作りに挑戦する動画を観たとき、制服姿の二乃ちゃんが映っていたな。確か、紺色のセーラー服だったはず。小柄で幼い雰囲気の顔立ちの杏奈が着たら……似合いそうだ。中学校にいても、高校1年生だとバレないかもしれない。


「そういえば、みんなこの本棚を見ていたわね。どうかしら?」

「俺が見てきた個人の部屋の中にある本棚で一番大きいよ。さっき羽柴や小泉さんと話したんだけど、サクラや俺の本棚にもある本が結構あるんだな」

「そうだね、ダイちゃん。特に恋愛系が多いね」

「ボーイズラブ作品もたくさんあるのが一紗先輩らしいです」

「それは言えてるかも、杏奈ちゃん」

「純文学や文豪の作品も結構あるのは、さすが文芸部だって思うぜ」

「ふふっ、みんなありがとう。恋愛系の作品は大好きだけど、国語の授業や部活を通じて純文学や文豪の作品にも興味を持ってね。もし、貸して欲しい本があったら遠慮なく言って。あと、テーブルにアイスティーを置いたから」


 一紗がそう言うのでテーブルの方を見ると、ローテーブルにはこの部屋にいる7人分のマグカップが置かれていた。

 俺達はローテーブルに戻り、それぞれクッションに座っていく。俺はサクラと隣同士に座る。

 ちなみに、全体の座り方は、俺から時計回りに羽柴、杏奈、二乃ちゃん、一紗、小泉さん、サクラ。テーブルを挟んだ向かい側に、杏奈と二乃ちゃん、一紗が3人で座っている。3人は特にキツそうには見えないので、勉強するのに支障はなさそうかな。

 みんな、自分の勉強道具をテーブルに出していく。ちなみに、俺は副教材の数学ⅡBの問題集とルーズリーフ、筆記用具を取り出す。


「それじゃ、みんなで試験対策の勉強会を始めましょう」


 この部屋の主である一紗のその言葉を合図に、勉強会が始まるのであった。

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