第1話『麻生家』

 ゾソールから少し歩くと閑静な住宅街に。雰囲気が俺とサクラの住む自宅の周辺に似ている。小旅行気分から家の近所を歩いている気分になってきた。

 ちなみに、一紗の家は萩窪駅から歩いて10分。ゾソールからだと7、8分のところにあるらしい。


「一紗先輩のご自宅……どんな感じか楽しみですね」

「そうだね、杏奈ちゃん。電車の中で、一紗ちゃんの家がどんな感じなのかって話題になったんだよ」

「そうだったんだ。あたしも一紗の家がどんな感じか楽しみだな」

「みんな、私の家に来るのは初めてだものね。2階建ての一軒家よ。大輝君のご自宅や杏奈さんのご自宅に雰囲気が似ているわ」


 俺の家と雰囲気が似ているのか。それなら、普段と変わらない感じで試験対策の勉強ができそうかな。


「そういえば、一紗。今日は土曜日だけど、ご家族は家にいるのか?」

「ええ。両親も妹の二乃もいるわ。みんな、大輝君達と会えるのを楽しみにしてる」

「そうなんだ」


 ご家族が全員いるのか。以前、一紗のタブレットに入っている映像を見て、妹の二乃ちゃんは快活な子だと知っている。ただ、御両親はどんな方達なんだろう。一紗似か。それとも二乃ちゃん似か。

 あと、一紗は俺が告白を振った女性の一人。そのことで御両親から何か言われる可能性はありそうだ。覚悟しておこう。


「ところで、提案なのだけれど。もし、みんなさえよければ、妹の二乃も勉強会に参加していいかしら? 二乃の通う中学も来週に中間試験があるし、普段から分からないところを私に訊くから。それに、訊ける人が何人もいれば、あの子も安心できると思うの。特に大輝君や文香さん、杏奈さんは私より理系科目が得意だし……」


 後半になるに従って、一紗の声が段々と小さくなっていったけど、何とか聞き取ることができた。そして、一紗は苦笑い。

 二乃ちゃん、普段は勉強で分からないところを一紗に教えてもらうのか。疑問点をちゃんと質問して、解決するのは偉いな。質問できる高校生が何人もいたら、二乃ちゃんにとって心強いだろう。

 あと……一紗は理系科目がかなり苦手だからな。中学生の内容でも、質問に答えるのに不安があるのだろう。

 ちなみに、小泉さんと羽柴は赤点の可能性があるくらいに理系科目が苦手だ。俺とサクラはみんなで課題をやったり、試験勉強をしたりする中で理系科目を教えることがある。杏奈も勉強会のときに「中学時代、理系科目は平均点は取れていた」と話してくれたことがあったな。だから、一紗は俺とサクラ、杏奈が自分よりも得意だと言ったのだろう。


「俺は別に一緒に勉強してもかまわないよ」

「私もいいよ。あと、ダイちゃんに比べたら理系科目は得意じゃないけど、中学生の内容なら、一通り答えられそうかな」


 優しい笑みを浮かべながらそう言うサクラ。頼れるお姉さんって感じがする。


「俺も別にかまわないぜ」

「あたしも。むしろ、一紗の家で勉強するんだから、二乃ちゃんも一緒がいいな。みんなで勉強した方が楽しいと思う!」

「ですね、青葉先輩。あたしは3月まで中学生でしたし、受験もあったので、二乃ちゃんの力になれるかと」


 羽柴と小泉さん、杏奈も賛成か。

 あと、杏奈は3月まで中学生で、試験に合格して四鷹高校に入学したんだもんな。この6人の中で、最も杏奈ちゃんの力になれるのは杏奈かもしれない。


「みんな、ありがとう。では、二乃も加えて7人で勉強しましょう」


 嬉しそうな笑みを見せながらそう言う一紗。そんな彼女に俺を含めてみんな頷いた。

 サクラ達と色々と話していたから、ゾソールを出発してもう数分は経っている。一紗の話だと、そろそろ彼女の家に到着するはずだ。


「ねえ、ダイちゃん。あそこの家、周りの家よりもかなり大きくない?」


 小さな声でそう言い、サクラは近くにある家に指さす。そこは1階が淡いブラウンで2階がベージュというツートンカラーの外観が特徴的な家だ。落ち着いた雰囲気で高級感がある。周辺にある家と見比べてみると――。


「確かに、あの家はかなり大きいな。周りの家の1.5倍から2倍くらいありそうだ」

「だよね~」


 凄いなぁ、とサクラは呟いている。サクラのその呟きに俺は首肯する。きっと、あの家に住んでいる人はかなりの収入があるんだろうなぁ。

 俺も大人になったら、いつかはマイホームを建てて、サクラ達家族と一緒に暮らす未来があるのだろうか。もし、そうなったら幸せになれる一つの形だろう。


「ここが私の家よ」


 そう言い、一紗は立ち止まった。右手で指したその家は……サクラと小声で話していた例の大きな家だった。それが分かって、サクラと俺は「えっ」と声が漏れる。


「マジか、凄いな」

「そうだね、ダイちゃん。ここが一紗ちゃんの家なんだ……」

「おぉ、デカいな!」

「立派な家だね!」

「ブラウンとベージュのツートンカラーの外観が素敵です!」


 サクラ達は目を輝かせて一紗の家を見ている。これから行く友人の家がこんなに立派だったら、今のような反応になっちゃうよな。俺の目もきっと彼女達と同じ感じなのだろう。

 自宅について褒められたからだろうか。一紗は嬉しそうな笑みを見せる。


「そう言ってくれて嬉しいわ。では、家に入りましょう。あと、青葉さん。自転車は家の敷地内に置いてくれるかしら」

「はーい」


 一紗が先導する形で、俺達は麻生家の敷地内に入る。

 家の門も立派だったし、庭も俺の家よりも広い。芝生を見ると、普段から手入れされているのが分かる。そんな綺麗な庭の端に、小泉さんは自転車を停めた。

 一紗は玄関をゆっくりと開けて、


「ただいまー」


 と大きめな声で言った。そんな彼女の声は普段よりも少し幼い印象を受ける。

 俺達は一紗の家の中へ。大きな家なだけあって、玄関も広々とした空間。とても綺麗で落ち着いた雰囲気だ。


「おかえり~、一紗」

「一紗、おかえり」

「おかえりなさい、お姉ちゃん」


 玄関の開ける音や一紗の声が聞こえたのだろう。近くにある扉が開き、長袖のワイシャツ姿のメガネの男性とブラウス姿の女性が姿を現す。そして、オレンジ色のカチューシャを頭に付けたノースリーブの紺色の縦ニット姿の少女……二乃ちゃんが階段を降りてきた。

 おそらく、ワイシャツ姿の男性がお父様で、ブラウス姿の女性がお母様だろう。男性は紳士的な雰囲気で、女性は落ち着いた雰囲気でとても若々しい。あと、一紗以上の2つの大きなものをお持ちで。


「お父さん、お母さん、二乃。四鷹高校の友人を連れてきたわ」

「ああ。初めまして。一紗の父の大介だいすけといいます。一紗がいつもお世話になっています」

「母の純子じゅんこです、初めまして」

「妹の二乃です! 中学1年生です! お姉ちゃんから写真を見せてもらったことがありますけど、本当に美男美女ばかりですね……!」


 一紗の御両親は落ち着いた口調で、二乃ちゃんは元気に自己紹介。そんな御両親と二乃ちゃんに俺達は軽く頭を下げる。

 一紗の落ち着いたところや大人っぽさは御両親譲りなのかも。あと、二乃ちゃんのちょっと興奮気味な様子は、テンションが上がったときの一紗と重なる部分がある。姉妹だな……と思わせてくれる。

 御両親と二乃ちゃんが自己紹介してくれたのだから、こちらも自己紹介しないと。


「初めまして。一紗の友人でクラスメイトの速水大輝といいます」

「桜井文香です。初めまして。一紗さんから聞いているかもしれませんが、親の仕事の都合で、今は彼の家に一緒に住んでいます。彼と付き合っています」

「初めまして、羽柴拓海です」

「初めまして、小泉青葉です」

「小鳥遊杏奈です、初めまして。あたしは1年生ですが、大輝先輩繋がりで一紗先輩と仲良くさせてもらっています」


 俺に続いて、サクラ達も自己紹介をする。

 全員の自己紹介が終わると、一紗の両親と二乃ちゃんは微笑みながら俺達を見てくる。


「みなさんよろしくね。二乃の言う通り、本当に美男美女ね。類は友を呼ぶってこういうことを言うのかしら」

「そうかもしれないな、母さん。一紗はとても美人で可愛い娘だから。……あと、速水君」

「は、はいっ!」


 一紗のお父様……大介さんに名前を言われるとは思わなかったので、思わず変な声が出てしまった。そのことに、杏奈と羽柴、小泉さんがクスッと笑った。

 大介さんに微笑みながら見つめられているけど、これから何を言われるんだ? 緊張してきたぞ。

 あと、自分の額に汗が浮かんでいるのは晴天の中歩いたから? それとも冷や汗?


「春休みのとき、犯人とぶつかった一紗を助け、そして犯人を捕まえてくれてありがとう。速水君が来ると知り、親としてお礼を言いたいと思っていて」

「そ、そうでしたか」


 何を言われるかと思ったら、春休みに一紗を助けたお礼だったのか。正直、ほっとしている。

 もしかして、俺に一紗のことでお礼を言いたいから、俺達に会うことを楽しみにしていたのかな。


「いえいえ。事の発端はサクラ……文香のバッグが盗まれたことでした。ですから、あのときは無我夢中だったといいますか。一紗のケガもなく、文香のバッグを取り返し、犯人を捕まえられて良かったです」


 あれが最高の結果だったのだと思う。

 あの出来事から1ヶ月半ほど経つのか。それ以降も一紗や杏奈に告白されたり、サクラに告白して付き合い始めたりするなど色々なことがあったから、もっと昔の出来事のように思える。

 大介さんは穏やかに微笑み、うんうんと頷いている。


「これまで、一紗から速水君の話はたくさん聞いていたよ。ただ、実際に会って話すと本当にいい青年だ」

「そうね、お父さん。一紗が大好きになって告白するのも納得だわ」

「そうだね、お母さん!」


 やっぱり、一紗はご家族に俺のことをたくさん話していたのか。食事のときとか、俺のことを楽しそうに語る一紗が容易に思い浮かぶ。

 春休みに一紗を助けたからか、麻生家では俺の評価がかなり高いな。


「もし、速水君が今も誰とも付き合っていなければ、私のプレゼン能力をフル活用して、一紗と付き合う方向へ持っていったんだがな」

「お母さんも一紗のために一肌脱いでいたわ。いえ、服を一枚脱いでいたかも」

「何を言っているんですか、純子さん」

「そうだよ、母さん。さすがに、服を脱ぐのは冗談だよな?」

「冗談よぉ。服を脱がずとも、母として一紗の魅力を伝えようと思っていたわぁ」


 うふふっ……と純子さんは楽しそうに笑っている。俺の方を見ると、純子さんは艶やかな笑顔になって。冗談だと言っているけど、もし俺が誰とも付き合っていなかったら、何か色仕掛けをしてきそうで怖い。一紗の母親だし。


「もちろん、桜井さんが速水君と付き合っているのを悪く言っているわけじゃない。一紗も2人のことを楽しく話している。それに、速水君にとっては8年、桜井さんにとっては10年の恋が実ったと聞いているからね。友人の親として応援しているよ」

「あ、ありがとうございます」


 サクラは笑顔でそうお礼を言うと、少し深めに頭を下げていた。俺もサクラに倣い、お礼を言って頭を下げた。

 娘を強く推そうと考えていた父親に、冗談でも厭らしいことを言う母親。この2人から一紗が産まれたのは納得かも。いや、必然かも。


「いつまでも玄関で話すのは何だから、2階にある私の部屋に案内するわ。二乃、この紙袋の中にかぼちゃタルトの入った箱があるの。それを冷蔵庫に入れてくれる?」

「うん、分かった!」


 二乃ちゃんが元気良く返事をすると、一紗はタルトの入った紙袋を二乃ちゃんに渡す。


「ありがとう。二乃の分も買ってきたからね。あと、二乃も一緒に試験勉強しましょう。大輝君達からは許可をもらっているわ。タルトはある程度勉強してから食べましょう」

「分かった。みなさん、よろしくお願いしますね!」


 二乃ちゃんは俺達に向かってしっかりと挨拶してくれる。本当に明るい笑顔が印象的な女の子だ。

 ようやく、俺達は麻生家の敷居を跨ぐのであった。

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